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小学四年生

 新しい春が来た。そして涼子は小学四年生。涼子が生まれてから、半年ほど後には十年にもなる。長いようで短い月日の流れ。



 今日は始業式。そう、今日から小学四年生が始まるのだ。しかし、同時にもうひとつあった。

 入学式である。この入学式には、涼子の弟、翔太の入学式でもあるのだ。

 母親の真知子は、朝から大忙しだ。翔太の入学式に行くため、普段通りの朝食を作って涼子が登校した後は、午前十時から始まる入学式のために服を出したり化粧をしたり。

 興奮気味の翔太は、ピカピカの新しい制服を着て、同じく新品のランドセルを背負って部屋の中を駆け回っている。嬉しくてしょうがない様子だ。

 そんな息子を見て、普段なら「静かにしなさい!」と叱るところだが、化粧に余念のない真知子は、それを放置していた。

 九時半に近所の奥様と一緒に入学式に行く予定だ。その奥様の長男が翔太と同年齢なのだ。その子と翔太は仲がいい。幼稚園時代から友達なのだ。

 翔太も友達と一緒に入学するのを楽しみにしている。



 涼子はいつも通りに通学路を通って、集団登校の集合場所へ行く。そこで友達の太田裕美を見つけ、声をかけた。

「おはよ、裕美!」

「あ! おはよ涼子。今日から四年生だよね」

「そうだね、今度も教室が一緒だったらいいのにね」

「そうだよね、ナナや典子もどうだろう」

 学年が繰り上がると、気になるのはやっぱり同じ教室、クラスメートがどうなるかだ。涼子たちの学年はA組とB組の二教室しかない(といっても、どの学年も同様だが)ので、別れてしまうのは少数だが、それでもやっぱり仲のいい生徒同士は同じ教室の方が嬉しいだろう。

 学校に行くと、A組かB組のどちらの教室になるかわかる。それを見るのは楽しみ反面、中のいい子と一緒になるか心配でもあった。


 涼子たちの教室——四年生の教室は一舎だった。一舎はこの由高小学校の校舎の中でもっとも古い校舎だった。二階建てで、それぞれにふたつ教室があり、一階は図書室と図工室、二階は四年生の教室だった。

 由高小の校舎は、一舎と二舎、それに昭和五十三年に完成した、鉄筋コンクリート建ての新校舎の三つある。

 一舎には四年生の教室。二舎は一階が一年生と二年生、二階が三年生と五年生。新校舎は六年生専用だった。

 どうして四年生だけ、もっとも古い一舎になっているのか謎ではあるが、もしかしたら新校舎ができる前の各学年の教室配置の関係上そういう形に収まったのかもしれないが。


 そして涼子は、四年B組になったようだ。慣れた二舎ではなく、別棟の一舎に向かう。三年生までの二舎とは建物が別なため、やはりちょっと寂しい印象がある。この校舎には四年生の約六十人ほどだけなのだ。

 一舎のボロさは図書室などでよく知っていたが、なるほど、やっぱり四年生教室も同様のオンボロだ、と改めて知らされた。

 自分の席の後ろには、昨年仲よくなっていた真壁理恵子がいる。その理恵子の後ろには、涼子の友達、村上菜々子もいる。仲のいい友達はみんな一緒のようだ。

 涼子は後ろにいる理恵子に声をかけた。

「ねえ、リエ。やっぱりボロいねえ」

「そうだね、一舎って一番古いから……」

 そんなふたりに奈々子が言った。

「床が穴だらけよ。なんで四年生は一舎なんだろうね?」

「なんでだろう?」

 三人は、教室の節穴だらけのくたびれた床板を見ながらつぶやいた。


 始業式の前、「朝の会」の時間がくると、担任教師がやってくる。

 四Bの担任は、吉岡勉だった。二十代後半の若い教師だが、いかにもなガリ勉苦学生風の容貌は、先生らしいといえばそうともいえるが、どうも冴えない感じは先生らしくないようにも感じられた。

 教室に入ってきた吉岡は、生徒たちの前で満面の笑みになると、

「みんなよろしく! 今日からこの四Bの担任になった吉岡です。この一年間、みんなで楽しく勉強し、楽しく遊ぼう!」

 と言い放ち、ガハハとでも表現したらいいだろうか、そういう豪快な笑いを放った。見た目はあまり豪快そうには見えないが。

 とても陽気な性格で、基本的にあまり怒らない優しい先生だ。

「この後、十時から入学式だ。もしかしたら、弟か妹が新一年生という人もいるだろう。みんな、新しい仲間を暖かく迎えてやろうじゃないか!」

 こういうフランクな性格の教師は、前年の斎藤もそうであったため、それほど珍しい印象はないが、男性教師はどの教師も生徒に対して上から目線の印象があったので、意外な感じはした。


 入学式は滞りなく終了した。翔太は今頃教室で、緊張した面持ちで先生の話を聞いているのだろう。

 そんなことを考えながら、涼子は吉岡の演説を聞いていた。

 今日は昼までで、いわゆる半ドンだ。十二時前には帰りの会も終わって帰路に着く。


 帰りの会が終わった後、奈々子たち友達が一緒に帰ろうと声をかけてきたが、涼子は断った。

「ごめん、今日は弟とお母さんと一緒に帰るんだ」

「あ、そうか。涼子の弟は今日入学したんだったね。うん、じゃあね。あとで典子の家であそぼ」

「うん、帰ったら行く! じゃあね、ばいびぃ」

「バァイ、涼子」

「バイビィ!」

 涼子は友達と別れて、翔太と真知子が待っていると言っていた、幼稚園の前(学校の敷地内に幼稚園がある)に向かった。


 入学式には桜が付き物。桜舞う校門前を初々しい生徒たちが歩いていく。そんな光景が目に浮かぶ。

 しかし、涼子たちの帰る方である幼稚園方面には桜が植えていないため、味気ない普段の光景だった。

 涼子はすぐに翔太と真知子を見つけて近づいた。

「お母さぁん、待った?」

「そんなに待ってないわよ。ほんの五、六分くらい前だったから」

 真知子は入念な厚化粧に、よそ行きの格好をしている。両手には色々と荷物を抱えていた。涼子は「私も持つよ」と言って、真知子からいくつか荷物を受け取った。

「お姉ちゃん、見て!」

 翔太が自慢げに自分の姿を見せびらかした。まさにピカピカの一年生だ。着ているというより着せられているような感じが、いかにも一年生といった風だった。

「やっぱりチビはチビだねえ。それ、もぉらった!」

 涼子はニヤニヤしながら翔太の被っていた学生帽を取って逃げた。

「あっ、お姉ちゃん返して!」

「嫌だよ、ここまでおいで!」

「こらっ! 涼子!」

 子供たちの後を追って、歩く真知子。成長していく子供達を見る目はとても穏やかだった。

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