及川涼子
「もうひとつ、聞きたいことがある。君はどうしてそんなに詳しいんだ?」
朝倉の問いに、加納はすぐには答えなかった。何か考えているようで、話すべきか迷っているのだろうか。
「……僕は以前、世界再生会議に協力していました」
「なに? どうしてだ」
朝倉は驚いた。まさか協力していたとは。
「ええ、僕は以前……時間遡行の技術に関して研究していました」
「時間遡行……タイムマシンでも開発するつもりだったのか」
「ははは、まあそういうことですね。子供の頃からの夢ですから。アメリカに行って、そこで数年働いた企業では、そういった技術を研究する部門がありましてね。日本に戻って独立してからも、しばらくはその研究を続けていました」
「なるほどな。——すると、それに資金を提供してくれるとでも言って近づいてきたのか?」
「そうですね。僕は大学時代に宮田を知っていましたから。彼から訪ねてきました」
加納は表情を変えず、淡々と話を続けた。
「僕も裕福ではないですし、パトロンなんていませんからね。宮田のことは知っていましたから、ちょっと心配ではありましたが……結局受けることにしました」
「それでどうなった?」
「順調でしたが、ひとつ技術的な問題がありました。そこで一旦壁ににぶつかったわけですが……それからしばらくして、ひとりの科学者がその問題を解決する技術を見つけました」
「だれだ?」
「及川涼子博士を知っていますか?」
「及川? 知らんな」
朝倉は、友人の杉本聡美の旧姓が及川だったと思い出したが、もちろん別人だし、それは言わなかった。
「でしょうね。この世界には存在しませんから」
「なんだそれは? からかっているのか」
朝倉が怪訝な顔をするが、しかし加納の表情は真剣だった。
「いえ、そうではありません。朝倉くん、もし今この世界が……本来とは違う、別の世界に変わっていたらどう思いますか?」
「なにを馬鹿な……まさか!」
加納の表情に冗談の色はない。真剣だ。
「そうです。及川博士の見つけた技術を活用して、彼らは時間遡行を行いました。そして——過去から違う未来へ向かうように修正を加えたのです。自分たちの都合のいいように。そして、今この世界があるのです」
加納は表情を変えずに続けた。
「この話は、今この世界での話ではありません。時間遡行を行う前の話です。この世界においては及川博士は別人……とまでは言わないでしょうが、縁のない社会で生きているでしょう」
朝倉は衝撃を受けた。
加納が言っているのは——要するに『世界再生会議』によって、過去から未来への筋道を変えられたと言っているのだ。そして今、本来とは別の未来へと進んでいるということなのだ。
タイムマシンで過去に戻る、本来起こるべきことを起こさない、またはその逆になるように行動すれば、それは起こり得るということか。
タイムパラドックスなんて言葉があるだろう。あれだって、過去に戻って何かすることで未来に矛盾が生じたり、変化があったりすることだ。
こんなSF小説みたいな話が現実にあり得るのか? 朝倉は頭が混乱しそうになった。
「にわかには信じられんが……そうだとしたら、具体的に何をどうしたというのだ?」
「ええ、それですが——」
「そのへんの事情は前に悟くんに教えてもらったけど、考えてみると、結構怖いね。なんでもやりたい放題なんじゃ……」
涼子は青い顔をして言った。
「そうだ。実際にやりたい放題された。だからこそ、我々のこの計画を実行しているのだ」
「そうだよね、でも本当、SF小説みたい……あっ、ごめん。続けて」
涼子は話の腰を折ったことを謝りつつ、続きを促した。
加納は話を続けた。
「僕はその話を聞こうと、博士に連絡を取ろうとしたのですが、取り次いでもらった方から、博士は「話せない」と、断りの話が返ってきました。やはり危険な技術につながるとの懸念から、慎重になっていたようです」
「なるほどな。まあ、そうだろう」
「それで、僕も一旦研究を別の方面へと切り替えました。まだやるべきことは多かったですから。タイムマシンとは別に、他にも色々と並行して開発したんです。……しかし」
「しかし?」
「宮田は諦めてはいなかったようです。それからまもなく、僕への資金提供はストップしました。話し合いをしたんですが、だめでしたね。僕はこれでタイムマシンの開発はやめざるを得なくなり……結局、起業して研究より商売を始めたんです」
「そうなのか。しかし、宮田が諦めていなかったということは……」
「そうです。宮田は危険な男です。彼は目的のためには手段を選びません。実はその頃、公安から目をつけられ始め、組織に危機が訪れていたようです。それを感じた幹部たちは、宮田の実力行動を黙認しました」
「宮田は何をやったんだ?」
「博士を拉致したのです」