世界再生会議とは
朝倉は国立科学技術研究所の所長として、政財界にも付き合いがあった。予算を獲得するために、あちこち奔走するも、なかなか厳しい。
そんな中、有益な噂を小耳に挟んだ。ある衆議院議員に陳情するといいという。
これは願ってもないことだと考え、早速会うことになった。
その議員、後藤晋一は三十二歳の時に初当選して、現在当選二回の若手議員だった。爽やかな風貌で、背も高く切れ者であることは事前に聞いていたが、確かにそれに間違いはないと感じた。
「どうも、朝倉所長。お噂は予々伺っております。いやぁ、すばらしいですね。さすがは日本の頭脳だ」
「いえ、それほどでは。ははは——いや、思った通りの方だ。将来有望な方は違いますな」
しばらく談笑するが、まったく隙を見せないところに有能な人物であろうことが窺えるが、見方を変えれば——狡猾で気を許せない、警戒すべき人物に思えた。
それから、予算の話を切り出すと、後藤の表情が変わった。そして一瞬、微笑した。
「……朝倉所長、任せてください。それで……後で会ってほしい人がいるのですが、どうですか?」
「ええ、構いません。どなたかわかりませんが、どうもありがとうございます」
「いえいえ、科技研は日本の将来を担っていますから。では、後でまたご連絡いたしますので、よろしくお願いします」
朝倉は後藤と別れた。
朝倉はこんなに簡単に聞いてもらえるとは思っていなかったので、内心意外だった。が、予算の方は問題なさそうで、これは大変な成果だった。
一週間ほど後、朝倉は後藤の言っていた人物と会った。
その人物は宮田と言った。どうも陰湿な印象で、あまり好ましい風ではない。
彼は、「世界再生会議」という団体で活動しているという。まったく聞いたことがない団体なので、どういう組織なのか聞くと、その名の通り、世界を再生させるための活動をしているという。この世界は、ありとあらゆるところが壊れているという。それを再生させるのだと。
少し胡散臭さを感じたが、かなり専門的な知識や、一般には知るはずもないことを知っていたり、どちらにせよ只者ではない人物だった。
どうしたものかと考えたが、結局のところ無碍にはできず、できる範囲で、と答えておいた。犯罪の匂いがするようなら、すぐに警察にいくつもりだった。
その後、莫大な予算が降りて、気をよくした朝倉だが——しかし、どうしてこれだけのカネを持ってこれたのか、不思議でしょうがなかった。
少し怖くなった朝倉は、友人の杉本聡美に相談をした。
涼子が待ったを入れた。
「ちょっとまった。ねえ、杉本って?」
「その頃には結婚していたんだよ。二〇一五年くらいだったかな」
悟が言った。続けて朝倉が言う。
「そうだ。今から三十年くらい後の未来だ。ちなみに彼女とは、大学が同じで目指す方向も同じだったから、よく知っていたし、親しかった」
「そうなんだ」
杉本聡美も優れた科学者だった。夫の杉本健太郎は、大手企業に務めるエリートだった。
彼女のオフィスがある横須賀の研究所を訪ねて行った朝倉は、久しぶりに会った友人としばらく談笑した。
そして、本題に入った。
「……世界再生会議、という団体を知っているか?」
「世界再生会議? ううん、聞いたことはないわ」
彼女は知らなかった。まあ当然か、と思った。自分もこれまで聞いたことはなかったのだ。彼女も知らなくても当然だろう。
結局得るものはなく、そのまま帰ることになった。
帰りの途中、東京駅である人物に出会った。
その男の名は、加納慎也と言った。
今度は加納の名前が出てきたので、涼子はふたたび声をあげた。
「加納くん!」
「そうだ。まあ、話を聞け」
「う、うん、わかった」
加納は少年時代と変わらない、細い垂れ目が、どこか温和で微笑んでいるような顔立ちの男だ。
朝倉とは大学で知り合い、それなりに付き合いの会った友人だった。加納は卒業後にアメリカに行ったこともあり、もう十年以上会っていない。
「もしかして……朝倉くんではないですか?」
「あ、ああ——君は、まさか加納か!」
「ええ、そうですとも。いやぁ、久しぶりです!」
「本当だ、何年ぶりだろうか——」
懐かしそうに話すふたり。彼らは駅を出て、夕食を共にすることになった。
「加納、君は今なにをしているんだ?」
「二年前まで通信技術の研究をやってたんだけどね。それもひと段落ついて、いろいろやりたいこともあって、辞めて今はベンチャーをやっているんです」
「へえ、そうなのか。事業はどうだ? 順調なのか?」
「ええ、最初は苦労したんですが、半年くらい前から軌道に乗ったようで、今はいいですよ」
「そうか、それはよかった」
ふたりはずいぶん長く話し込んだ。積もる話も多かったことだろう。料理も食べ終わり、ひと段落ついたが、まだ話は絶えない。
そんな時、ふと加納は——驚くようなことを口にした。
「朝倉くん……世界再生会議、という組織を知っていますか?」
「お前……知っているのか?」
「ええ。やはり知っていましたか……」
加納が言うには、この世界は「世界再生会議」という組織によって支配されているという。決して表には顔を出さず、常に社会の裏側でのみ活動している。政界財界ありとあらゆるところで暗躍し、影響を及ぼしている。
なんとも小説みたいな話だが、先日の件などを考えるに、荒唐無稽な話ではないように思えた。
「宮田に会ったのですか。——宮田は危険な男です」
「そうなのか?」
「ええ、彼は再生会議の中では中堅どころの地位にいますが、もっとも危険です。この世界が世界再生会議の思うがままになっているのも宮田の差し金です」
「なのにどうして宮田はトップに立てないんだ?」
「彼はいわゆる過激派なのです。しかし組織には長老とも言うべき穏健派が占めています。言うならば、宮田は危険だが、大きな手柄を立てたから強くは言えない。それで組織の中心には入れないが、好き勝手を黙認されている状態です」
次々と語られる話に、朝倉は声も出なかった。
そのうち、朝倉と加納の間に沈黙が流れた。なんとも言えぬ話であった。