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経緯

「涼子。それじゃ、これを持っていきなさい」

 真知子は、ビニール袋にお飾りを入れて、登校する娘に持たせた。これは、この正月に玄関に取り付けていた「お飾り」だ。藤崎家は門松などゴツいものは用意しないので、いつもお飾りだけである。

 涼子はそれを手提げ袋と一緒に持って、集団登校の集合場所に向かった。

 もう冬の寒さも慣れてきた……とは言えず、やっぱり寒いものは寒い。手には手袋を装着しているが、それでも指には霜焼けができる。

 しかし、実はこの冬、手袋を新調しているのだ。少しゴツいやつでかなり温かい。昨年十二月の初めごろに、前に使っていた手袋に穴があいたこともあって、新しいのを買ってもらったのだ。

 登校するのは寒いが、この新しい手袋で登校できるのは嬉しいのだ。


「涼子、おっはよ!」

 集合場所で、太田裕美が声をかけてきた。

「おはよ。……裕美のお飾り、大きいねえ」

 涼子は、同じくビニール袋にお飾りを入れて持っているのを見て言った。そのお飾りは涼子のより、五割増しくらい大きい。というか、涼子のは結構小さい。

「そうなのよね。大きすぎるんだよ。お父さん、見栄っ張りだから……」

 苦々しい顔をして言った。

「でも大きい方が立派でいいなあ。うちはいつも小さいし」

「別になんでもいいんじゃない? どうせ焼くんだし」

「まあそうなんだけど」

 今日は「とんど」だ。校庭で行う。


 「とんど」というのは、古くからあるこの時期の火祭りの行事で、「左義長」、「とんど焼き」などともいう。正月のお飾りや門松などや、書き初めなどをそれぞれ持ち寄り焼いてしまう。細かい内容は地域によって異なるが、どこでもお飾りや書き初めを集めて燃やすという部分は変わらないと思われる。

 由高小学校では、生徒がそれぞれ自宅からお飾りを持ってくるのと、書き初めを焼く。涼子も下手くそだが、頑張って書いた書き初めを、この「とんど」で焼くのだ。上達すると言われるが、今のところそのようなご利益は感じられないようだ。

 校庭の東側、トラックのない部分で、全校生徒が持ってきたお飾りの山を作りあげ、火をつけて燃やした。燃やすのは男性教師の役目で、生徒は周囲に引いた白線より内には入らせない。

 国富が他の男性教師と一緒にやっている。普段は怖い先生だが、臆することなくよく燃える炎と格闘している様は、男子には格好よく見えたようで、後で男子が「すごい」だの「さすが」だの言っていた。国富のかけているサングラスに写る炎の揺らめきは、余計に迫力を感じさせて、悪ぶった男子生徒に好評のようだ。

 風も強く、外は寒い。よく燃え盛っているが、涼子たち生徒は寒さに震えていた。左義長と書かれた旗が風に乗って暴れていた。



 この日の昼休み、横山佳代から自分たちの作戦会議に来ないかと誘われた。自分たちのというのは、未来を元に戻すために遡行してきた未来の公安の連中のことだ。

 なんでも、今年大きな因果が発生するらしく、それについて話し合うのだという。自分も未来の記憶が戻ったし、その因果がなんのことなのか、ちょっと気になったから参加することにした。



 集合場所は、佳代の家の近くにある公園だった。行ってみると、本当に勢ぞろいしていた。

 リーダーの朝倉隆之、中心人物のひとり及川悟、参謀の加納慎也の三人を中心に、涼子とも親しい横山佳代、矢野美由紀。男子では佐藤信正と岡崎謙一郎。この七人がメンバーとなっている。


 朝倉は本題に入る前に、涼子に声をかけた。

「おい藤崎、はじめに言っておく。せっかくだから——何か聞きたいことはあるか?」

「聞きたいこと?」

 唐突に聞かれたので迷ってしまった。ちょっと首をひねって、ふと前から気になっていたことを聞いてみた。

「ねえ、あんたたちって……チーム名とかないの?」

「なに? チーム名だと」

 今度は朝倉が面食らってしまったようだ。どうもこんな質問が来るとは思っていなかったらしい。

「うん。あの人たちって、世界再生会議とかいう大層な組織名じゃない。でも、そういうのないの?」

「うぅむ、そういえば……特に考えたことはないな。俺は公安第一課だが、朝倉たちは違う。公安とは関係ない外の人間だ」

 佐藤信正が言った。佐藤は公安警察だった。

「まあそういうことだ。特にそういった組織名はない。でも、それが何か問題でもあるのか」

「それはそうだけど。まあいいか。それじゃ名前はともかく……どういう集まりなの? 私は、あんたたちが、とういう経緯で集まったのか、その辺りの事情が全然わからないし」

「確かにな……まあいいだろう。これも知っておいた方がいいかもしれん」

 朝倉は、この事件にいたる出来事を話すことにした。



 彼らは、公安警察が捜査対象としている、極左組織「世界再生会議」の野望を打ち砕くために集まった。

 朝倉孝之が「世界再生会議」の存在を知り、偶然会った加納から詳細を聞いて行動を開始したと言う。それから及川聡美を仲間に引き入れたあたりから始まっていると言う。

 ふと、そこへ涼子が待ったをかけた。

「ちょっと待って。及川聡美ってもしかして……」

「そう、僕だよ。遡行前は、聡美と言ったんだ。涼子ちゃんはもう想像がついていると思うけど、遡行前、僕は女性だったんだ」

「やっぱり! でも……なんで? 私もだけど」

「それについてはまた後で話が出てくるだろう。今はことの始まりを説明しよう」

 悟はそう言って、朝倉に話に続きを促した。


 朝倉はどうして異変に気がついたかというと――仕事の関係で政治家と面会したが、その時にある人物を紹介されたという。

 その男が宮田だった。この世界における「世界再生会議」のリーダーと目される男だ。


「ねえ、朝倉くんって偉い人だったの? なんか政治家と会ったとか……」

 涼子が口を挟んだ。それに悟が答える。

「そうだよ。彼は国立科学技術研究所の所長だったんだ」

「所長! そんなすごい人だったわけ?」

「そうだね。国立科学技術研究所は、世界有数の研究所だからね。朝倉孝之博士といえば、国内トップクラスの科学者だよ。というより、涼子ちゃんは記憶が戻っているんだよね? 思い出してごらん」

「そ、そう言えば……偉いんだね、朝倉くんって」

 涼子は自身の記憶を弄った。涼子の記憶には二種類ある。このせいなのか、本来の涼子の記憶は、思い出そうとしないと思い出せないことも多い。ちょっと面倒な状態だった。

 それを聞いた他のメンバーは、一斉に朝倉を見てニヤニヤした。

「我らがリーダー朝倉博士。さっすがぁ!」

 横山佳代が揶揄うように言った。

「ふ、ふん……そんなことはどうでもいいだろう」

 そう言って朝倉はそっぽ向いたが、その顔は柄にもなく赤くなっていた。

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