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昭和六十年の冬

 年が明けて、三学期。平穏無事に何事もなく、涼子は未来に向かって歩いていく。


 一九八五年、昭和六十年である。初期の頃には、第二次世界大戦など凄まじい時代を経て、戦後復興に続く高度成長期という昭和中期。オイルショックの後に、このバブル期の昭和末期である。

 昭和も六十年という長い年月を経てきた。しかし我々は知っている。この激動の昭和も、あと四年で終わるということも。

 時代の節目も近い。しかし、庶民にはそんな時代の流れもあまり関係ないのかもしれない。涼子は今年も変わらず生きていくのだ。



「涼子、お風呂に入りなさい」

 真知子が言うが、その涼子が風呂場の方から出てきた。

「もう入ったぁ」

「あら、もう入ったの? 早かったのね」

 真知子は驚いた。いつもこのくらいの時間になって、自分が言ってようやく入ることが大半だからだ。言う前にすでに入っていたとは。

 涼子は少し興奮気味に言った。

「水曜スペシャル見るからね」

「水曜スペシャルねえ……」

 真知子の反応は渋い。あまり好ましいと思っていない様子だ。

 そして今度は翔太も風呂場から出てきた。姉弟で入っていたらしい。弟を一緒に風呂に入れてやるのはいいことだが、翔太も多分あの番組を見るためなんだろう。


 居間ではビールを飲みながらテレビを見ている敏行がいる。

「おぉい! ビールはもうないのか?」

 少し不機嫌な敏行は、ビールの消費量も早い。今テレビに映っている番組は、敏行の見たい番組ではない。涼子は、嬉しそうに新聞のテレビ欄を見ながら言った。

「今日はね、『川口浩の探検隊』があるんだよ」

「またあれか……しょうもない番組だな。大袈裟なことばっかりやってるし、子供騙しだ」

 敏行は憎たらしげに言った。見たい番組が子供に変えられて不満が噴出したようだ。

 翔太が興奮気味に敏行に言った。

「きょうは『きょだいかいちょうギャロン』だよ。ギャロンさがしにたんけんするんだから」

「やれやれ……何がギャロンだ。くだらん」

 しかし敏行の悪態も、翔太にはまったく届いていないようだ。何せテレビの向こうにはワクワクするような冒険が待っているのだ。


「川口浩探検隊」は、昭和五十一年から放送している「水曜スペシャル」内のロケシリーズだ。

 息も付かせぬマシンガンの如きナレーションが続き、要所では『ドォォンッ!』だとか、『ジャァァンッ!』と言う効果音が頻繁に鳴り響く。

 以来高い人気を維持し、「ゆけ!ゆけ!川口浩!!」というこの番組をネタにした曲などが登場するくらいであったが……この年、昭和六十年の秋に終了する。

 視聴率はよかったが、隊長である川口浩が癌を患い療養に入ったことなどもあって終了した。

 悲しいことに、川口浩はこの二年後の昭和六十二年に亡くなる。探検隊の復活を願う視聴者も多かっただろうが、残念だ。



『羽根に続き卵を発見! ギャロンはいる!!』

 衝撃的なナレーションに、もう子供たちはテレビに釘付けだ。


「ねえ、おねえちゃん! ギャロンってどんなのだろうね?」

「そりゃ巨大っていうんだから凄いよ。あんたのバルキリーくらいあるんじゃない?」

「バルキリー!」

 バルキリーというのは、「超時空要塞マクロス」に登場する可変型ロボットだ。近年もシリーズ新作が放送され、根強い人気があるのでご存知の方も多いと思われる。

 主人公たちが乗り込む「VFー1J バルキリー」は米軍戦闘機「Fー14(通称、トムキャット)」をモチーフにデザインされ、戦闘機のスタイルから人型ロボット形態、そして中間のガウォーク

形態の三パターンの形態に自在に変形できる。当時画期的なデザインだった。

 翔太は、番組のスポンサーであったタカトクトイスの玩具を所有していた。去年の正月にお年玉で買ったのである。

 このタカトクトイスの玩具は三形態の変形が可能で、プラスチックのボディの所々にダイキャストパーツで補強されており、非常に丈夫だった。よくできたおもちゃだったが、幼稚園児の扱いは雑で、すでにあちこちを破損していた。

 すでにちょっと飽きているところもあって、最近はこれで遊ぶことは減っているようだが、サイズも大きいこともあって、まだ子供部屋では存在感はある。


 翔太はまだ見ぬ原始怪鳥の姿を想像して、期待に胸を膨らませている。しかし涼子は、この番組がどういう番組かはよく知っている。どうせ大したことはないだろう、というのが涼子の考えだ。

 翔太は作中の実物を想像して、さぞかし巨大な鳥だろうと思っているが、涼子は翔太の所有している玩具の大きさ……言うならば、ハトかカラスかくらいのしょうもない鳥だろうと思っている。そもそも、「ギャロン」ってなんだよ。ウルトラマンの怪獣じゃあるまいし。

 だが涼子は、この「川口浩の探検隊」が好きだった。ヤラセなのはわかっているが、こういう勢いで押してくる昭和のロケ番組は、見ていて楽しかった。これ以外にも、やれUFOだとか、幽霊だとか、どれもウソくさい内容が満載の特番は多かったが、どれもワクワクして見ることができた。


 番組が終わり、子供たちはテレビのチャンネルを変えられる。

「子供はもう寝ろ。もう終わったろう」

 敏行は、別のチャンネルのニュースを見たいようで、子供をテレビの前から追い出そうとしている。翔太はまだテレビが見たいようで、グズグズ言って離れようとしない。涼子もまだテレビが見たい。

 しかし、敏行の機嫌が悪くなっているのを感じて、翔太を連れて子供部屋に行った。


 ほとんど無理に連れてこられた翔太は、子供部屋に入るなり不満を口にした。

「ねぇ、おねえちゃあん、テレビみたい!」

「馬鹿ねぇ、あのままだとお父さんが怒ってたよ」

 涼子は呆れ顔で言うと、玩具箱の上に置いてあった、翔太のバルキリーを手にとった。バトロイド形態(人型)だったので、それをファイター形態(戦闘機型)に変形させようとした。不器用な涼子がやると壊れる気がしたのか、それを見た翔太が慌てた様子で叫んだ。

「あ、おねえちゃんはさわっちゃだめっ!」

「なんでよ。いいじゃん。ギャロンが襲ってきた! 翔太はバカだからマズそうだ。でもしょうがないから食ってやる――あっはっはっは!」

 涼子は、玩具を取り返そうとする翔太を巧みにかわして、逆に玩具の足で翔太を突いた。

「やめて! ギャロンじゃないの! バルキリーはぼくのっ! かえして!」

「ブゥン、ギャロンは簡単には捕まらないのだ。イェーイ!」

 涼子は玩具を持ったまま、子供部屋を飛び出そうとした。が、そこで何かにぶつかった。見上げると母だった。

 今にも沸騰しそうな顔の真知子が、涼子を見下ろしている。

「涼子! 夜なんだから静かにしなさい!」

 しばらく小言を言われ、その間にバルキリーは翔太に持っていかれた。その後、ようやく解放されると、子供部屋で「川口浩の探検隊」の話を翔太とした。しょうもない話ばかりだが、やっぱり楽しい。

 そのうち話に熱中し、ドタバタやっていると、真知子が子供部屋にやってきて、遊んでいる子供たちを叱った。

「涼子、翔太! いつまで起きてるの! もう寝なさい!」

 子供たちは慌てて寝室に向かった。

 平穏な日常が過ぎていく。

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