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前の涼子、今の涼子

「——そうか。そうだったのか」

 悟は涼子から、ひと通りの話を聞かされてつぶやいた。思ったほど驚く様子はなく、涼子は意外に思った。

「あんまり驚かないんだね」

「うん、その可能性もないわけではなかったから」

 悟は公園のベンチに腰をかけて、感慨深く遠くを見ている。どんなことを考えているのだろう。涼子にはそれを読み取ることはできなかった。

「そうなんだ」

「うん。……でもそうしたら、どうしてそうなったんだろうか。要するに涼子ちゃんは、僕たちと同じように、意識ごと過去に遡行したことになる。設定はそうはしていないはずなんだけど」

「設定?」

「うん。さっき涼子ちゃんは——過去で目覚める前、意識が朦朧としている時に誰かに何かされていたと言ったよね。それが僕たちなんだ。僕たちは『過去に意識を飛ばす装置』を作ったんだ。そして、涼子ちゃんをベースに過去に戻るので、君に機器を取り付けて、その『遡行装置』を作動させたんだよ。涼子ちゃんが言うのは、このことなんだ」

「なるほど……そう言うことだったんだ」

 だいたい涼子の想像通りの出来事だったようだ。そうして涼子が生まれた時に戻って、そこから過去のやり直しを現在進行形で進めているわけだ。

「その時、君はなんの記憶も持たず、本来の形で生まれて、そのまま何も知らずに成長していくはずだったんだ。そして、それを妨害してくるであろう世界再生会議は、影で僕たちが阻止していく計画だったんだけどね。どんな機械も確実はあり得ない。入念に準備はしたのだけれど、どこか不備があったんだろう」

「なんで記憶をもたさないようにしたの?」

「こんなことを言うとあれだけど……結局のところ余計だからね。記憶がリセットされてしまえば、基本的には何もせずとも本来の人生を歩んでいくはずなんだよ。今の状態だと、本来の行動をするとは限らないんだ。もしかすると、涼子ちゃんも覚えがあるんじゃないかな。もっとも、僕たちは戻すために行動しないといけないから、記憶を保持したままである必要があるのだけど」

「なるほど、そういうことなわけか」

 涼子は納得した。そういう仕掛けだったわけか。まあしかし、それはそれでいいとしても……深刻な問題がある。最近やたらと出てくる「旧・涼子」の記憶だ。今の、この数年生きてきた記憶と、旧・涼子の記憶が混ざりあい始めている。

 涼子は、何か「別の涼子」が自分の中に割り込んできている感覚があった。その記憶に犯されて、自分のこの意識が追い出され、その「別の涼子」がちょうど収まってしまうのではないかと、少し怯えを感じているのだ。

「ねえ、だとしても私はどうしたらいいの? その「元の記憶」を思い出してきてるんだよ。前の涼子の記憶がどんどん入ってきてる。今の私は——今の藤崎涼子はどうなるの?」

「それは……」

 悟は言葉が続かなかった。悟には、どうなるのか判断できなかった。

 涼子の場合は、悟たちが記憶を保持して過去に来ているのとは違う。悟たちは本来の意識が戻ることはない。そのような設定を、あらかじめ施してから遡行しているからだ。だから、本来の記憶を後から思い出してくるようなことはない。というよりも、すでにその記憶を頭に入れた上で遡行しているのだ。

 世界再生会議によって操作された未来の記憶に、本来の記憶を自分の記憶でありながら「別の記憶」として憶えているのだ。これはそのように装置を使って、記憶が混らないようにしているから、それが可能だった。おそらくだが、今邪魔をしてくる再生会議の連中も同様の措置をしていたのだろう。

 しかし、涼子はそれをしていない。記憶が混ざることでどうなるのか? それは誰にもわからなかった。

 おそらく、記憶の復活と共に、本来の涼子の人格が目覚め始めているとも考えられる。その場合は果たして……。

「私はその……元々の涼子になってしまうの?」

 「今の涼子」の代わりに、「前の涼子」に置き換わる。それは、「今の涼子」の『死』と考えられるのではなかろうか。

「どうだろう? 記憶が戻るということは……そういうことなのかもしれないけど……」

「じゃあ、今の涼子はどうなってしまうの? まさかその、前の涼子に置き替えられるんじゃないでしょうね。それで私は、今の自分じゃなくなる。そんなの嫌だよ! そんなの自分じゃない。自分じゃなくなるっていうなら、私は今までなんで生きてきたの? こんなところで交代しろっていうの? 絶対に嫌だよ!」

 顔を真っ赤にして悟に詰め寄った。涼子の目には涙が浮かんでいた。

「ちょ、ちょっと落ち着こう、涼子ちゃん。そうと決まったわけじゃないよ」

 悟は気圧されながらも、涼子を諭すように言った。しかし、それに納得した様子はなかった。

 涼子は頬に溜まった涙を裾で拭くと、そのまま走り去った。

 それを追おうとしたが、悟は思うように足が動かなかった。

 涼子に追いすがって声をかけるにしても、なんて言えばいいのか。

 悟は項垂れ、そのまま屈み込んだ。

 ——涼子ちゃん……。



 悟は朝倉たち仲間に、涼子についてのことの次第を話た。

「それは本当か? ……ううむ、それは」

 朝倉は困った顔をした。朝倉も想定していないわけではなかった。

「涼子ちゃんは、今の自分が消えてしまうんじゃないかと恐れている。それはある意味、死を連想させる。恐れるのは当然だろう」

 悟は涼子の気持ちを代弁した。

「加納。君はどう思う?」

 朝倉は加納慎也に尋ねた。

「僕にもどうも……なんとも言えません。記憶が戻るということは、そういうことではあるのかもしれませんが。だからこそ、僕たちはそうならないように措置してきたわけですから。しかし、僕の責任は重大ですね。装置は僕が主に作り上げたわけですから」

 加納は鎮痛な表情を見せたまま俯いた。責任を感じているようだった。

 朝倉は加納の言葉が途切れたところで、声を発した。

「——しかし我々からしたら、むしろその方が都合がいいかもしれん。こうなった以上、計画は変更を余儀なくされる。だったら、本来の記憶がある方がやりやすいだろう」

「ちょっと朝倉くん! それはないんじゃないの!」

 横山佳代は、気色ばんで詰め寄った。悟も「彼女が悪いんじゃない。こちらの不手際だろう。その言い方はないよ」と非難した。

「すまん、それはわかっている。だが、感情論で考えてもどうにもならん。どちらにせよ、僕たちにできることがあるのか? あるわけないだろう。結局、様子見くらいしかできん」

「それは——そうだけど」

 それがどういうことなのか、朝倉たちにもわからない。このまま静観するしかなかった。

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