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 今日の夕飯はカレーライスだ。涼子は大好きな料理なので、毎日でもいいくらいだと思っているが、毎日だったら絶対途中で飽きるだろう。しかしカレーだけは絶対に飽きることはない、と涼子は考えているようだ。


 藤崎家の夕飯は、居間のテーブルで食べている。なので、居間にある唯一のテレビを夕飯の際にもつけていた。真知子は子供が食べずに見入ってしまうのを嫌って、食事中はテレビをつけておきたくないが、敏行がどうしてもつけてしまう。

 テレビでは、小学館の学年誌「小学一年生」のコマーシャルが流れた。

 様々な新小学一年生が、何かひと言言った後、――ピッカピカの、一年生!―― という、ワンフレーズが入るあのコマーシャルだ。

 それを見た敏行は、ふと思い出したようにつぶやいた。

「そういえば、翔太は来年から小学生だな」

「そうね。子供も大きくなるし、またいろいろ買い揃えないといけないものも多いわねえ」

「まあな。ランドセルに学生服に……ノートや鉛筆もいるか。ああ、そうだ。机も買ってやらんとな。今は少し余裕があるから、机くらい買ってやれるぞ。今度、見にいくか。ははは!」

 敏行は、翔太に向かって言った。息子の喜ぶ顔を想像したが……しかし翔太は、想像に反して反応が鈍かった。

「なんだ、嬉しくないのか?」

「う、ううん。うれしい……」

 なんかこう、煮えきらない反応だ。

「ちょっと、お父さん! 違うでしょ!」

 突然、真知子が大声で敏行に吠えた。

「……ごちそうさま」

 ふいに涼子がスプーンを置くと、大好きなカレーを半分以上残したまま、席を立った。それを見た真知子の顔が青ざめる。

「涼子、違うのよ。お父さんね、うっかりしてただけなのよ」

 真知子は慌てて涼子を宥めるようとした。

「別にいいよ……」

 涼子は小さな声で答えると、そのままノロノロと席を立った。


「なんだ、涼子は。風邪でも引いたんじゃないだろうな」

 敏行は呑気に漬物をひとつ口に入れると、うまそうにコリコリ音をたてて食べた。そんな夫を真知子は睨んだ。

「何を馬鹿なことを言ってるの! 涼子はまだ机を買ってあげてないのよ! 翔太よりも涼子の方が先でしょ!」

「あっ! ……そ、そうだった……しまった……」

 真知子は、涼子に友達たちと同じような学習机を買ってやれず、いまだに古い文机で勉強をしているのをよく知っていた。机についてあまり欲しいとは言わないので、真知子も特に気にしていなかったが、その涼子に買わないまま、翔太には買ってやるというのは、当然あり得ないことだった。

 翔太も、姉がボロ机を使ってて自分の時は新しいのを、というのは、子供心にも気が引けているようだ。もっと小さいころは、そんなことお構いなしだったが、翔太も成長している。

 青ざめた顔をして、項垂れる敏行。そんな夫のことなど見もせずに、真知子はすぐに涼子の後を追った。



 ――まあ、そりゃそうだよね。私の時はお金のない時期だったもん。それから三年もしたら忘れても不思議じゃないか。

 涼子は子供部屋の自分の机の前に座って、頬杖をついていた。ボロボロの文机。この家に引っ越してくる前からあったようで、そのまま勉強机になった。ボロいのだが、モノはいいのか丈夫だ。ガタはない。

 当時、藤崎家は、敏行が会社を辞めて起業したこともあって借金を抱えていた。それもあって、いろいろと買ってもらえなかった。ランドセルも、父方の祖父が買ってくれたものだ。もっともランドセルはかなり前から「孫のランドセルはわしが買ってやるんだ」と言っていたようだが。

 友達の家に遊びに行くと、当然のように学習机がある。メーカーなどは違えども、どれも「コクヨ」や「くろがね」などが販売している学習机があるのだ。

 ――ここに翔太の新品の机が並ぶと……なんか嫌だな……。

 涼子は暗い気持ちになった。そもそも「前の世界」の記憶でも、新しい学習机を買ってもらったことはない。今の人生においても、学習机を買ってもらえないのだろうか。

 そういえば——涼子は、真知子が慌てていたのを思い出した。

 ——今さらだよね。あぁあ、翔太じゃなくて、私の方に買ってくれないかなあ。


 子供部屋に真知子がやってきた。

「涼子ちゃん、いるの?」

「うん。どうしたの?」

 真知子はニコニコしながら、涼子のそばにやってきて、隣に座った。

「涼子ちゃん、あのね。お父さんは涼子のことを忘れていたわけではないのよ。いつもお仕事で忙しいでしょ。だからちょっと、うっかりしてただけなの。涼子のことは、とっても大切なのよ。うっかりしていただけなのよ」

「別にいいよ。机はこれがあるし」

 涼子はそう言って、ボロい机にもたれかかった。ギシギシと軋む音がする。

「涼子ちゃん、機嫌直して。ね?」

 真知子は困惑している。娘は絶対に不満を感じている。まったく余計なことを言うから……。


 敏行もやってきた。申し訳なさそうに口を開いた。

「な、なあ涼子。ごめんな。うっかりしてたわ。お前にまだ買ってやっていなかったの……ごめんな」

「別にいいし」

 娘の素っ気ない返事に、ちょっと慌てる敏行。

 ふと真知子が、笑顔で涼子に言った。

「そうよ、涼子ちゃん。お父さんがね、今度の日曜日に机を買いに行こうって。一番気に入ったのを買ってくれるって。――ねえ、お父さん」

 そう言って夫を見た。声には出さないが、何か言いたげな表情だ。というより、「買いに行こう」と言え、と命令しているかような表情だ。

「え? ……あ、ああ。おう、そうだ。そう。涼子の机を買いに行こう。一番高いやつでいいんだぞ」

 それを聞いた途端、すぐに涼子の表情が明るくなった。

「本当? 本当に買ってくれるの?」

「本当だ。日曜に買いに行こう。――こんな古い机を今まで使ってきたんだもんなあ。一番新しいのとか、いいんじゃないか。涼子、友達の机より新しい最新だぞ」

「よかったわねえ。お父さんはちゃんと涼子のことを考えてくれているでしょ。日曜日が楽しみね」

「うんっ!」

 涼子は満面の笑みで返事した。

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