できあがったものは
おやつを食べたあと、涼子はふたたび困難に向きあっている。
――これは困った。どうしても絵が納得のいく具合にならない。
練習しても限度というものがある。多分、夏休みの最後まで粘って練習しても、目に見えて上達するとは思えない。
今の時点では、自分で納得のいく絵を描くことができない。
――いっそのこと、誰かに描いてもらったらどうか。例えば……みっちゃんとか絵が上手だし。ああ、ダメだ。それじゃ友達に手伝ってもらって作ったことになる。それにサプライズが……。
色々考えては、あれは駄目だ、これも駄目だ……と、ちっとも名案が浮かばない。あの次から次へとアイデアが浮かんできた時が、今では嘘のようだった。
縁側に座って、外を眺めて思考するが、やはり思いつかない。翔太が、友達の家に遊びに行ってくる、と言っている声が聞こえた。
——やれやれ、幼稚園児は呑気でいいね、宿題もないしさ……。
と声のした方へ、冷めた視線を投げかけた。
しょうがないので、また外をウロウロしてみることにした。それか、頭のいい及川悟にアドバイスを求めてはどうかとも思った。
しかし今から訪ねて行っても、家にいるかわからないのでやめた。携帯電話のないこの時代では、事前にアポを取ることなどできないのだ。
玄関を出て、砂利道をとぼとぼ歩いていると、向こうから曽我洋子がやってきた。自転車に乗ってこちらに向かってきている。曽我宅の門がこっちにあるので、どこかに出かけていて、今帰ってきたのだろう。
洋子は眼前に涼子の姿を見つけると、そのまま近づいてきて笑顔で声をかけてきた。
「あら、こんにちは、涼子ちゃん。それにしても暑いわねえ。帽子被らないと日射病になるわよ」
「そうだね。帽子忘れてきっちゃった」
「どこかにお出かけ?」
「ううん、実はちょっと困ってるんだけど……」
「どうしたの?」
「宿題なんだけど――」
涼子は、思いきって貯金箱のことを話した。
曽我家の二階、ここは子供達の部屋がある。部屋が四つあり、三人兄弟がそれぞれ個室があった。
洋子は、外は暑いからと、涼子を自分の部屋に招いた。洋子の部屋はとても整理整頓できていて、とても綺麗な部屋だった。掃除もマメに自分でするそうで、大したものである。涼子は片付けが苦手だ。いつも親に言われないとしない。
「――なるほど、宿題の工作かぁ。懐かしいわね。私は何を作ったかしら……」
洋子は数年前を思い出しながら、小学生時代に思いを馳せた。
「私は器用じゃないし、絵も下手だから、工作は苦労したわねえ。お母さんに手伝ってもらって、人形なんか作ったわ」
「人形! お姉ちゃん、すごい」
「そんなことないわ。いらない服を刻んで服の形にしたり、ボタンで目や口を作ったり、今じゃとても見れた物じゃなかったと思うけど、なんだかんだいって楽しかったわ」
さすがは曽我洋子だ、と思った。頭がいい上に運動神経抜群、おまけに美人という完璧超人は、苦手だって楽しめるのだ。
「私もお姉ちゃんみたいに、人形作ろうかな。いらない服でドラえもんを作る」
「どうしても、ドラえもんにこだわるのね……そうだわ、そういうものならうちにもたくさんあったと思うわ」
洋子は部屋を出ていって、少しして小さめの段ボール箱を持って戻ってきた。
「これで作れないかしら」
段ボール箱を開けると、そこには様々な模様の入った細切れの生地やボタンなどがたくさん入っていた。
「こうやってね、この生地を広げて……ここにこのボタンを置いて、さらにここは糸を……」
涼子は目を丸くした。みるみるうちに何かができてくる。
「これは猫だ!」
「そう。絵が苦手でも、こうやって作ってみたら――これはキリン、それからこうやったら、馬みたいな……」
洋子はあれこれ形を作って、涼子に見せた。苦手だとか言うわりには、意外とうまい。特徴をよく掴んでいた。そして何よりも――何だかオシャレな感じがする。チェッカーズな印象だ。
「じゃあ、ドラえもんは?」
「ドラえもん……そうねえ、こう、周りを青っぽい布でこうやって、鼻は赤いわね……このくらいの大きさかしら。この辺かな。それに目を……」
「おお! ドラえもんができてくる!」
「ドラえもんって、髭はあったっけ?」
「あるよ。こんな感じで」
涼子は、洋子が作っているドラえもんに、裁縫箱にあった縫針を置いてみた。
「そうそう、そんな感じだったわね。これ、四次元ポケットにいいじゃないかしら」
「いいねえ、お姉ちゃんすごい」
ふたりは夢中になって、あれはここ、これはそこ、という風にいろんなものを作っていった。楽しかったので、いつの間にか本来の目的――宿題のことをすっかり忘れていた。
気がつけば、もう外は夕暮だった。夕飯の時間なので、慌てて家に戻った。
夕飯の時、真知子が「宿題の工作はできたの?」と尋ねた。
「まだだけど、洋子お姉ちゃんにすごいアイデアをもらったんだ。晩ごはんの後で早速作ろうと思ってる」
「ほう、何ができるんだ? そういや、貯金箱を作るとか言ってたが」
敏行が言った。
「うん、ドラえもんの絵が問題だったけど、それも大丈夫なんだ。もう完璧!」
敏行は、「そりゃ、楽しみだな」と言ってニヤニヤしている。
「今回は絶対自信あるもんね」
涼子は胸を張った。
長い夏休みが終わった。これから二学期だ。教室の後ろには、夏休みの宿題である、自由工作の作品がずらりと並べられている。
みんな同級生たちが、どんなものを作ってきたのが気になるようで、ほとんどの子が作品の前でワイワイと品評会を開催していた。
「涼子のぬいぐるみ、かわいい!」
村上奈々子は、涼子の作ってきたぬいぐるみを見て声をあげた。
「あれ、タヌキ? すごいカワイイよね」
今度は津田典子が言った。ずいぶん好評なようだ。
「いやぁ……はは、ド――いや、タヌキって初めてだったんだけど……まあまあの出来かな、あははは……」
涼子は慌てて言い換えた。
本当はドラえもんになるつもりだった。しかし、不器用な涼子の腕ではドラえもんにならず、挙句に洋子の部屋で使った青い布は持って帰るのを忘れてしまった。
どうしようか迷った挙句、まあ取りに行くのも面倒だったので、比較的沢山あった茶色系の布を代わりに使った。全体的に、渋い色合いの生地が多かったのもある。
家族からは「タヌキにしか見えない」と散々言われ、修正も難しかったので、もう耳と尻尾を付けてタヌキにすることにした。
また、貯金箱の予定だったが、途中から貯金箱のことを完全に忘れてしまい、ただ「ドラえもん」を作るだけの目的となってしまっていた。気がついた時には、本当にただの「ぬいぐるみ」になっていた。
しかし、奈々子たち意外と好調なようで、特に親しい友達以外からも好評だった。
まあ、望みのものはできなかったが、こうして同級生たちに褒められたのは……まあ、結果としてはよかったのかな。