表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
149/268

いいアイデア

 事務所の中はとても涼しい。外とは大違いだ。ふと見ると、事務員の小宮幸枝がいた。昨年から藤崎工業で働いている近所の主婦だ。入ってきた涼子をみると笑顔で声をかけてきた。

「あら、いらっしゃい。涼子ちゃん、今日も暑いわねえ。日射病にならないように気をつけてね」

「はぁい」

 涼子が返事をすると、小宮幸枝は自分の後ろにある棚から菓子箱を取り出した。そして、中にあるクッキーを出して「貰い物だから、よかったら食べてね」と言って差し出した。涼子は嬉々として受け取り、そのまま一枚食べた。そんなに好き勝手におやつを食べられるわけではないので、こういう機会に貰えると、とても嬉しい。

 そうしていると、小宮が冷蔵庫から麦茶を出してきた。コップに注いで涼子に渡した。

 涼子は麦茶を一気に飲み干すと、もう一枚クッキーを頬張った。そんな様子を見て、ニコニコしている小宮。ふと、涼子は小宮に聞いてみようと思った。

「あっ、そうだ。ねぇ、小宮さん」

「なぁに、涼子ちゃん」

「今ね、宿題の工作で何を作ろうか考えているんだけど、なかなかいいアイデアがなくって。どうしようかなあ……」

「夏休みの宿題? 工作ねぇ……」

 小宮幸枝は難しい顔をした。

「うちの子が小学生だったころは、何を作ってたかしらねえ……」

 小宮の子供はふたりいて、どちらも社会人であり、長女は実家暮らしだが、長男は県外に出ていて、兵庫県の会社で働いているらしい。もちろん実家にはいない。涼子も長女は会ったことがあるが、長男は見たことがない。

 やっぱり誰が考えても、そう簡単には思いつかないな、と思った。そりゃ簡単にいいアイデアが出てきたら、自分だってこんなに考え込む必要はない。

 涼子は大人の記憶を持っているので、一般的な勉強は得意だが、発想の閃きだとか、そういうものは難しい。むしろ斬新なアイデアでは他の子に劣るかもしれない。


 ふと、机の上に「ドラえもん」のイラストを見つけた。小宮の机の端に積み重ねていた書類の上にあった下敷きだ。どういう経緯で使っているのかは不明だが、自分が好んでドラえもん下敷きを使っているわけではないのは間違いないだろう。

 ドラえもんと言えば、四次元ポケットから出てくる、道具の数々だ。自分にもドラえもんがいたら、ドラえもんにお願いして素敵な「ひみつ道具」を出してもらえるというのに。

 涼子はいっそのこと、「ドラえもん」でも作ってやろうかと思った。形が単純でシンプルなので、涼子にも作れそうな気がしてきた。さらに四次元ポケットから硬貨が入れられるようにして、「貯金箱」にしたらどうだろうか、と考えた。便利な道具を出す四次元ポケットが、逆にお金を入れる口になっている。シャレがきいているような気がして、とてつもなく素晴らしいアイデアだと感じた。

 そんなことを閃いた時に、敏行が事務所に入ってきた。

「アチィなあ、こりゃ敵わんわ」

 入ってくるなり、愚痴を言う敏行。

「汗が止まりませんね、本当に。あっ、小宮さん、麦茶ください」

 それに続いて照久も入ってきた。

「ねえ、照さん。私、すごいアイデアが閃いちゃったよ。実は結構天才かも」

 ニヤニヤしながら声をかけた。それを聞いた照久は、タオルで顔を拭きながら言った。

「へぇ、そりゃよかった。で、その天才涼子ちゃんはどんなアイデアが閃いたんだい?」

「ドラえもんの貯金箱なんだ。四次元ポケットから、お金を入れてね――」

 涼子は嬉しそうに説明を始めた。

「ははは、そりゃいいアイデアだ。さすがは天才だね」

 照久はニコニコしながら涼子を褒めて、頭を撫でてやった。涼子は満足げに胸を張った。

 しかし、ふと思いついた。ドラえもんは全体的に丸い。球体を作らなくてはならない。これは難しいかな、と考えた。車だとか、ロボットだとかいったものだと、段ボール箱を必要な大きさに切り取って組み上げていくことで作れそうだが、球体は、どうやって作ったらいいのか?

 ちょっと考え込んでしまった。難しい顔をして頭を捻っている。

「うん? どうした。えらく静かになって」

 敏行が麦茶を飲みながら、涼子に尋ねた。

「うぅん、よく考えたら、丸いドラえもんを作るのは……難しいかも」

「ああ、そりゃそうだね。バレーボールにでもドラえもんの絵を描いたらよさそうなもんだが、それじゃお金が入れられないもんな」

 照久が言った。

「そうなんだよね。でも私みたいにぶきっちょだと、ドラえもんは難しい」

「別にドラえもんじゃなくてもいいだろう。貯金箱だったら、テレビとか冷蔵庫とか、違うのにしたらいいじゃないか」

 敏行が言った。確かにその通りだった。しかし涼子は、テレビや冷蔵庫はどうも作る気にならないようだ。それでは同級生たちを唸らせることはできそうにないからだ。やはり注目されるには、キャラクターものでなくては。

 ふたたび考え込んでいたとき、藤崎工業のベテラン職人、大河原源造が事務所に入ってきた。

「——なかなか涼しゅうならんなぁ」

 先ほど顔を洗ったのか、手拭いで顔を拭きながらつぶやいた。そして、あまり広くない事務所の片隅にある長椅子に腰をかけた。

「源さん、いいアイデアない?」

「うん? アイデアとな?」

「私ね、ドラえもんの貯金箱を作りたいんだけど、丸いから難しくて」

「ドラえもん?」

 源造はドラえもんをよく知らないようだ。すでに六十歳を超えた老人だし、知らなくても当然かもしれない。

「源さん、ドラえもん知らないの?」

 涼子は少し驚いて、ドラえもんについて、こういう形をしていて、こんな感じで、と説明した。説明している最中に、小宮の下敷きがあったのを思い出した。「これこれ——」とその下敷きを源造に見せた。

「ああ、ようわからんのう。孫がそういうやつのおもちゃが欲しい言うとった気がするのう」

 源造はそうは言ったものの、涼子の説明ではよくわかっていないようで、あまり興味もないのかもしれない、いや、ないんだろう。

「それでね、このドラえもんの貯金箱を作りたいんだけどね、難しくて困ってるんだ」

 涼子は、丸っこいドラえもんのデザインで、貯金箱のような立体物を作るのが難しいことを説明した。

「確かにそれじゃ難しいだろう。貯金箱にするんなら、正面の形だけじゃいかんのか?」

「えっ? 形……って?」

「漫画なんじゃろうし、絵をこう——前と後ろに描いてな、側だけをその形にくり抜いて……」

 源造は、適当な紙に、チューリップを描いて、それに奥行きを持たせたような絵にした。外郭だけ絵の形にしたものだ。かなりしょぼい気がするが、涼子にはそれくらいしか無理だろう。

 それをそばで見ていた照久が、感心したように言った。

「なるほど、そういう手があったか。それなら涼子ちゃんでもできるだろ」

 涼子も意味を理解して、「それならできるかも!」と嬉しそうに言った。

「そうする、源さん。ありがとう!」

 涼子は嬉しそうに事務所を出ていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ