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夏休みの宿題

 八月も半ばともなると、夏休みも残り三分の一。そろそろ二学期の始まりが迫ってきているのを感じる。

 この時期、生徒たちが気にするのは「宿題」だろう。ろくにやっていない子は、もう焦る時期だ。涼子はほとんど終わらせており、残るは毎日書いている絵日記と……自由工作だ。絵日記は一応毎日書いているので、このまま続ければ終わる。

 が、問題は自由工作だ。自由というだけあって、実際に何を作ってもいいわけだが、「何をやってもいい」だけに、「何をやったらいいのか」迷うのだ。特に涼子は手先が不器用で、工作などは苦手だ。去年の工作も何を作るか困ってしまい、結局訳のわからないものを作ってしまった。

 先日、友達の津田典子と遊んだとき、もう作ったと言ったので見せてもらった。彼女は新聞チラシなどを使って、駕籠を作っていた。子供の作ったものとはいえ、結構大きくて複雑な模様になっていて、意外といい感じにできていた。典子は、人形を作りたい、などと言っていたが、それはかなり難易度が高いのではないかと思った。

 また、別の日に及川悟と遊んだ際には、彼は木工で自動車を作っていた。かまぼこ板などをセダン風の形状に組み合わせており、なかなかの力作だった。


 涼子は机に向かって、指でつまんだ鉛筆を小さく振り回しながら、どんなものを作るか考えを巡らせた。

 色々とアイデアは思いついたが、いざやろうとするとなかなか難しい。典子や悟のような手の込んだ工作などは涼子は苦手だ。

 決められず、落胆して寝転んだ。どうしたものかと考えたが、こんなところでグチグチ考えていても閃かない。外に出てみようかと思った。


 今日も外は暑い。家の中も暑かったのだから、当然の話だった。工場の方から、何か金属を加工する派手な音が鳴り響いている。その音に引き寄せられるように、涼子は藤崎工業の工場の方にやってきた。

 家と工場とは敷地が細い道で繋がっており、すぐに来られる。工場の裏手から近づいて、空いている窓を除くと、敏行たち数名が何か火花を散らして激しい音をたてていた。

 涼子は工場の南側、表側にやってきた。何かよくわからない、機械の部品らしきものが無造作に外に置かれている。涼子や翔太はこういった金属部品を振り回して遊んでは、敏行に見つかって怒られていた。

 よく見ると、見慣れない車が止まっている。事務所の方を見ると、引き戸のガラスの向こうに知らない中年男性がいた。多分、取引先の人だろうと推測した。


「――やあ、涼子ちゃん。どうしたの?」

 藤崎工業の社員である、市川照久が声をかけてきた。工場の外で、タバコを咥えている。ちょっと一服していたようだ。

 市川照久は、いとこである藤崎知世の叔父にあたる。涼子の叔母である弘美の弟だ。弘美は敏行の弟、哲也の妻だ。

 照久はとても気のいい青年で、涼子や翔太も、時々遊んでもらったりもしたことがある。ボブ・ディランのファンだそうで、時々フォークギターを演奏したりもする。

「あ、照さん。実は宿題なんだけどねえ……」

 涼子は困った顔をして言った。

「こりゃ珍しいね。涼子ちゃんがまだ宿題終わってないのかい?」

「うん、そうなんだ。工作があるんだけど、何をやろうかなって思って」

「工作か。何やってもいいの?」

 照久は腕を組んで少し考えたあと、涼子に尋ねた。

「うん。でもあんまり変なものだと恥ずかしいしなあ。いいアイデアが思いつかなくて」

「なかなか難しいな。何か『お題目』があったら、まだマシなんだけどね」

 「なんでもいい」というのが難しい。照久のいうとおり、何かテーマがあるほうが考えやすいものだ。

「お題目かぁ……何がいいだろう?」

「どうせだから、この工場にあるものとかで、何か作ってみるかい?」

「うぅん、どんなものができるんだろう?」

「そうだなあ、涼子ちゃんが好きなものってなんだい? そういうものを作ってみたらどうかな」

「私の好きなもの……好きなものとは違うけど、勉強机が欲しいんだよね」

 涼子はまだ学習机を買ってもらっていない。古い文机を使っていた。しかし照久は困った顔をした。子供だから、ぬいぐるみだとか人形だとか、そんな程度だと思ったらしい。

「勉強机は難しいなあ。机だったら木だろうし。うちは鉄ばっかりだから、机は無理だよ」

「えぇ、そうなの? じゃあ、何がいいだろ? 困ったなあ」

「なかなかいいアイデアって出てこないもんだね」

 ふたりで考え込んでいると、事務所から男が出てきた。そして見知らぬ車に乗り込んで発進させた。その直後、敏行が事務所の中から出てきた。

「照、そろそろ一服しようや……うん? なんだ、涼子がいるのか。涼子、危ないからあんまり工場の周りで遊ぶなよ」

「遊んでなんかいないよ。宿題を考えていたんだって」

「宿題? なんだ、まだ終わってないのか。もう夏休みも長くないだろう。遊んでばっかりだから終わらんのだ」

 敏行は子供の宿題など、まったく関心がないのだから適当なことを言っている。子供のことは妻に任せているということのようだ。

「自由工作だよ。何を作るか迷ってるんだけど」

「自由工作か。まあ、よくわからんが――こんなとこにいたら日射病になるから事務所へ入っとけ。クーラー効かせとるからな」

 敏行はそう言うと、工場の正面片隅にある水道のところに歩いていった。手か顔を洗うつもりなんだろう。

「うん」

 涼子は返事すると、すぐに事務所に駆け込んだ。

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