いとこたちの部屋
友里恵は涼子を自室に招き、秀彦は翔太を招いた。
「ここ、私だけの部屋なのよ。イイでしょ」
「わぁ、いいなあ」
涼子は思わずつぶやいた。明るい部屋の色合いに、好みに合わせて家具やポスターで彩られている。好みといっても高が知れているが、まさに自分の部屋だった。
涼子の家では「子供部屋」はあるが、自分の個室はない。部屋の数が少ないから、引越しでもしない限り、自分だけの部屋はもらえないだろう。ちなみに、友里恵の弟たち……秀彦と信彦はふたりで一緒の部屋だ。
壁には中森明菜の大きなポスターが貼られていた。その隣には、チェッカーズのポスターもある。どうやらチェッカーズも好きらしい。よく見ると、五月に発売された三枚目のシングル「哀しくてジェラシー」のレコードジャケットが箪笥の上に立てかけてあった。このころのチェッカーズは空前の大人気であり、ちょっとミーハーな感じのする友里恵が熱を上げていても不思議はない。
友里恵は部屋の奥の学習机の椅子に座ると、涼子をベッドに座るよう促した。
「ベッドだ。いいなあ――」
涼子はベッドに腰をかけるという、滅多にないシチュエーションを体験した。なにせ、涼子の周囲ではベッドを使っている人はほぼいない。意外だと思うが、友達もほとんど使っておらず、遊びに行ってもあまり見かけなかった。唯一、太田裕美が二段ベッドだが、あれは涼子の考えるベッドとは違うと思っていた。
実際には、たまたま周囲にいないだけで、同級生などの中には結構ベッドで寝ている子もいたりする。
座ったまま体を上下させる涼子。ベッドのフワフワ感を体験する。
「涼子ちゃん、ベッドが珍しいの?」
落ち着かない様子の涼子に、友里恵が尋ねた。
「う、うん。うちは布団だから――いいなあ。フカフカだ」
「今日泊まるんでしょ。一緒にベッドでねない? 涼子ちゃんは小さいから、ふたりでねられると思うし」
「えっ、いいの?」
思わぬところで、ベッドで寝られることになった。ひとりで占有できないのが残念だが、これは友里恵のベッドだからしょうがない。それにしても、ベッドは柔らかい。本当にフカフカだし。と、涼子はベッドが楽しみになった。
一方、秀彦と信彦の部屋に招かれた翔太は、眼前で動くメカ恐竜の姿に心を奪われていた。
「どう? かっこいいでしょ。『ゴジュラス』っていうんだよ」
秀彦の言葉に翔太は反応した。
「ゴ、ゴジュラス? ……あっ!」
翔太は思い出した。以前から、おもちゃ売り場で見つけたこのメカ生体を。そのゴチャゴチャしたメカボディから片時も目が離せず、真知子に何度も怒られた、あの憧れのゴジュラスが目の前にあった。
ゴジュラスは、昭和五十九年四月にトミーから発売された、組み立て式の恐竜型玩具だ。
「ゾイド」シリーズの一種で、数多いラインナップの中でも象徴的な商品のひとつでもある。名前だけでなく見た目からして、あの怪獣がモデルだとわかるが、全身メカの巨体を豪快に震わしながら、手足を振って目や口を光らせ歩くその姿は、ゾイド人気の起爆剤となった。
その後、アイアンコングやウルトラザウルス、デスザウラーといった大型で派手なゾイドが登場し、翔太はその度に何度も親にねだっている。
秀彦は背中のスイッチを入れた。突如、目を光らせ歩き始めるゴジュラス。その姿にもう言葉もない翔太。ただひたすらゴジュラスに羨望の眼差しを向けていた。
翔太もゾイドは持っている。しかし、それは「ゴルゴドス」というゾイドのラインナップの中でも最初期のもので、サイズも小さく動力はゼンマイだった。それでも敏行に組み立ててもらって、ゼンマイで歩き出すゴルゴドスに夢中になっていたが、今この目の前のゴジュラスの前には、ゴルゴドスなど霞んで見えた。
秀彦の弟、信彦がいくつかの小型ゾイドを持ってきた。翔太が所有するゴルゴドスもあった。秀彦は、戦わせて遊ぼうと提案した。翔太も賛成し、興奮気味に一機貸してもらった。
応接間では、大人たちが積もる話に花を咲かせている。数日前に開会された、ロサンゼルスオリンピックの話題も盛り上がっていた。
敏行と政志は、仕事に関する話で長話をしている。また、途中で敏行のカローラを見に外へ出て、そこで車のことであれこれ話を続けたりしていた。
真知子と千恵子は、婦人服のカタログ通販で盛り上がり、それを見るのに居間の方へ引っ込んでしまった。しかし、時々お茶を持ってきたり、子供たちにおやつを用意したり、忙しそうでもあった。
それぞれ楽しい時間を過ごした。
気がつけばあっという間に夕方で、夕食は焼肉だった。
「まだまだあるから、たくさん食べてね」
伯母の千恵子は、ホットプレートの上にたくさんの肉を並べながら、笑顔で言った。実際にたくさん並べられ、まだ焼いていない肉もかなりあった。
「わぁ、にくだ!」
翔太は大喜びで手前にあった肉を取ろうとした。が、真知子が「ちゃんと焼けているのにしなさい。ほら、それはまだ赤いじゃないの。これにしなさい」と、裏表よく焼けているものを取って、翔太の皿に置いた。
「おかあさぁん、ぼくとりたかったのに」
翔太は自分で好きなのを取りたかったようで、真知子に文句を言った。しかし真知子は、そんなの御構いなしだ。真知子にとって、レアやミディアムな状態など言語道断らしい。
「ははは、翔くん、まだたくさんあるから、好きなだけ食べなさい」
伯父の政志がビールをひと口飲んで言った。
夕食の後はテレビの前で団欒だ。午後七時、テレビではクイズ番組をやっていた。「アップダウンクイズ」だ。
アップダウンクイズは、日曜の午後七時から放送されていたテレビ番組だ。昭和三十五年から放送されていた、一般人参加型の番組だった。
六名の回答者がそれぞれ壁に備え付けられたゴンドラに乗ってクイズに答え、正解すると上昇する。一番上まで行くとハワイ旅行が贈られるシステムになっている。この時、飛行機のタラップに似せた階段がゴンドラに接続され、キャビンアテンダント(当時はスチュワーデスと呼ばれていた)が花環をかけてくれるという、まさに「ハワイ旅行にご招待」な演出がなされていた。クイズ番組の賞金がハワイ旅行というのは当時よくあることで、憧れの海外旅行=ハワイというイメージもあってだろう。
この昭和五十年代はクイズ番組の最盛期といってもいい頃で、多くの人気番組が放送されていた。このアップダウンクイズも人気番組だった。が、アップダウンクイズは来年、昭和六十年に終了してしまう。一般人が番組に参加する形式のクイズ番組がこの頃から終演しつつあった。
「あぁ、やってしまった! ……あぁあ」
回答者があと二問正解でハワイ旅行だったのに、間違えてしまったのを敏行が見て言ったのだ。十問正解でハワイ旅行と賞金だが、一問でも間違えると、一気に一番下まで落ちてしまう。最初からやり直しになるわけである。
「がっくりしてるわねえ、大丈夫かしら」
千恵子が言った。
「いやあ義姉さん、もう無理でしょ。今から挽回するにはもう時間がないし」
「ははは、惜しかったな。しかしハワイ旅行、行ってみたいもんだ」
政志はテレビを見ながらつぶやいた。大企業に勤めるが、海外旅行なんて簡単なことではない。まだ夢であり憧れだった。
「うちもいつかは行ってみたいな」
敏行も同調するが、真知子は反対だ。
「そんなお金がどこにあるの? 借金ばっかりなのに」
「――行ってみたいってだけだよ、ハワイなんか、そりゃ行けるわけないだろ」