無事救出
体育館に到着すると、体育シューズを持っていってなかったので、上履きを脱いで入った。体育館の中に入ると、案の定、斎藤は困っていた。
「先生!」
「あなたたち、教室で待ってなさいって――」
「斎藤先生、東野くんは?」
理恵子が尋ねると同時に、倉庫の向こうから、鼻水をすする音と泣き声が聞こえた。やっぱり倉庫の中にいるらしい。
「この中なんだけど、扉が開かないのよ。鍵なんてないはずなのに」
「どういうことなんだろう?」
三人は頭を悩ますが、涼子と斎藤が同時に閃いた。そしてふたり同時に声が出た。
「扉に何か引っかかっているのかも!」
なんと、言った言葉も同じだった。ちょっと嬉しい気がしたが、今はそんな時ではない。斎藤は中の東野に声をかけた。
「ヨッちゃん! 扉に何か引っかかってない?」
「うぇええんっ! おかぁさぁん!」
しかし東野は泣き止まない。
「東野くん! どうなの!」
理恵子も声をかけるが、東野は泣き止まない。これではどうにもならない。さらに声をかけて、落ち着くよう言ってみるも変化はないようだ。
「ああもう! 話が通じないじゃん!」
「涼子ちゃん、落ち着いて。――リエちゃん、誰か男の先生を呼んできてくれる? このままじゃ埒が明かないわ」
「わかりました」
理恵子は返事して、すぐに駆け出そうとした時、奈々子たちも体育館にやってきた。
「ねぇ、どうなの?」
奈々子が心配そうな顔して理恵子に尋ねた。
「いたんだけど、泣いてばかりでどうにもならないよ。これから他の先生呼んで――」
その時、涼子は叫んだ。
「いい加減にしなよ! この泣き虫!」
涼子はそう言って扉を蹴飛ばした。あまりにも埒が明かないので、いい加減頭にきた。そのすぐあと、倉庫の中から「あいたぁ!」と声がした。驚いた斎藤たちが東野に向かって声をかけた。
「ちょっと東野くん! どうしたの!」
「……なんか、たおれてきた。いたい……うわぁぁんっ!」
ふたたび泣き出した。
理恵子はふと察知して、扉の取っ手を持って、思い切り引っ張った。なんと、少し開いた。二、三センチだが扉が開いた。
「さっきので引っかかっていたものが動いたのね。もしかしたら!」
斎藤はそう言って、自身も思い切り扉を蹴っ……たりはしなかったが、扉に向かって体当たりをした。
「先生!」
驚く生徒たち。しかし斎藤は、「こうなったら、四の五の言っている場合じゃないわ!」と言って、ふたたび扉に突撃した。衝突音に驚き、アワアワ言っている東野。しかし隙間から外が見えるようになって安心したせいか、一応泣き止んだらしい。
斎藤は扉に手をかけて開けようとしたが、まだ開かない。
「ヨッちゃん! 扉に引っかかってるものを除けられないの?」
「ま、まだくらくて、よくわからないですぅ!」
東野はウジウジ言って、何もしない。はぁ……本当に頼り甲斐のないヤツだ、と涼子は思った。
「じゃあ私も!」
呆れた涼子は、斎藤みたいに扉へ向かって体当たりをした。小柄な涼子だが、ガァンッと大きな音をたてた。ちょっと東野に対する意地悪もあるようだ。
「わたしもやる!」
奈々子や裕美たちまで一緒になって体当たりした。
「ちょ、ちょっと!」
さすがにみんなして体当たりするのはどうか、と思って躊躇する理恵子。しかし、理恵子はふたたび扉の取っ手を持つと、みんな体当たりををやめた。そして、それを見て理恵子は取っ手を引っ張った。
ガラガラと音をたてて豪快に動く扉。完全に開いたのだ。
「やったぁ!」
歓声をあげる涼子たち。
全開の扉を前に、キョトンとした表情の東野。
「ヨッちゃん、大丈夫!」
斎藤が駆け寄り、東野に声をかけた。理恵子や奈々子たちも心配そうに声をかけていた。
その様子を白い目で見ている涼子。
――まったく、馬鹿に付き合わされる身にもなって欲しいもんだわ……。
その後、東野は教室に戻り、一転してスターダムにのし上がった。教室に生還した東野は、同級生たちに心配され、とても優しくされた。自業自得なのに、どうしてこんなにチヤホヤされるんだろう?
東野の詳しい経緯は、斎藤が話を聞いた。
お騒がせな東野は、どうも友達を驚かせてやろうと、悪戯心が湧いてきて、同級生たちがガヤガヤと片付けているどさくさに紛れて、物陰に隠れたらしい。ワクワクしながら隠れていると、ガシャンと突然音がして辺りは真っ暗になった。その時運悪く、扉近くに立てかけてあったバレーボール用のポールが倒れて、ちょうど内側からポールで扉を抑えるような形になってしまったようだ。動揺する東野は、そんなことに気がつくはずもなく、途方にくれていたということだった。
ポールは、倉庫内の本来の置き場ではなく、おそらく誰かが奥に仕舞うのを面倒がって、適当なところに立てかけて、片付けたことにしてしまったのだろうと予想された。
斎藤は生徒に、東野の自業自得をぼかして説明した。そのため、「ウソつき野郎」などと罵倒されていたのが嘘のように、悲劇のヒーローのように扱われた。
そんな具合に盛り上がっている中で、白けた顔をしている朝倉隆之。結局、今回の因果がどうなったのか、いまいちはっきりしない終わり方だった。いや、予定されていた因果は……結局は発生していないと考えた方が正しいのかもしれない。
次第に因果の発生が不正確になっている。朝倉の目の前に敷かれている『本当の未来』への道筋は、以前と比べて薄暗くぼやけている。そのうち真っ暗になって、どこを進めばいいのかわからなくなる時が来るのだろうか? それは誰にもわからないはずなのだ。