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問題児ふたたび

 体育の授業が終わる少し前に、持田たちが帰ってきた。仁科が名誉の負傷をし、「ニッシンが帰ってきた!」「ニッシン、大丈夫なん?」「ニッシンは休んでろよ。片付けはオレがやる」など、無事生還した英雄のごとき歓迎が待っていた。

 ちょっと恥ずかしがっている仁科とは反対に、持田はまるで自分が主役と錯覚しているかのように、その歓迎に手を振って応えた。しかし誰も持田を見ていない。

 だが授業はもう終わりだ。すぐにみんなで跳び箱の片付けに取り掛かった。ワイワイと騒がしく片付け始める生徒たち。涼子も仲のいい同級生たちと一緒に片付ける。

 この時、ちょっと前に頭に浮かんだ、あの見知らぬ記憶の出来事が……起こらなかった。何も起こらず片付け終わり、みんな体育館を出ていく。

 奈々子が足を挫いて、理恵子と一緒に保健室に……これがおこることなく授業は終わってしまったのだ。あの記憶はなんだったのか。一体、どういうことだろう?


 不思議に思いつつも、みんなと一緒に教室に戻る。

 教室に戻ってくると制服に着替えるが、この由高小学校では体育の着替えは男女ともに教室でやっていた。このころ女子は、普段からスカートの下にブルマーを履くことが常態化しており、上もうまく見えないように脱ぎ着できる技術が確立していることもあって、普通に男女一緒に着替えをしていた。

 涼子が制服に着替え終わったころに、突然男子が騒ぎ出した。

「ヨッちゃんどこいったん?」

「知らん。便所じゃないんか?」

 ざわつく男子のひとりに、悟が声をかける。

「ヨッちゃんがどうかした?」

「ああ、さっきからいないからさ。どこいったんだろって」

 悟は教室内を見回すが、確かにいない。

「あれ? 確か僕と、それから何人かで一緒にマットを片付けてたんだけど……」

「うん、それはぼくも見た。でも、そのあとどうしたんだろって思って。いないじゃん」

「……確かに。そのあと、見てないね」

 それから、どんどん噂が広がっていく。

「ねえ、涼子。東野くんがいないって」

 裕美が涼子に声をかけてきた。なんか不安そうな表情だ。

「ねえねえ、東野くんが――」

 今度は典子がやってくる。涼子も教室を見回して東野の姿を探してみるが、やっぱりいない。

 誰かが、「ゆくえふめいだ!」と叫んだ。これをきっかけに、教室は騒然とする。もう少しで休み時間が終わって次の授業が始まるというのに、生徒たちはそれどころではない様子だ。

「探そう」

 悟は、朝倉や矢野美由紀たち仲間に声をかけて、東野を探しにいった。東野の友達たちも「ヨッちゃんがゆうかいされた!」などと物騒なことを叫んで、探しに出ていった。



 そんなころ、東野は真っ暗な中で右往左往していた。

「あわわわっ! ちょ、ちょっと!」

 東野は何が起こったのか理解できず、半泣きになっていた。何かに躓き、転げそうになる。慌てて何かに抱きついてことなきを得る。

「どどど、どういうことなのぉ! おかぁさぁん!」



 チャイムが鳴り、斎藤が教室にやってくるが、騒然とした様子に驚く。そして東野が教室に戻っていないことを知ると、「みんな落ち着きなさい!」と言った。とりあえず教室にいる生徒たちを席に着かせて、詳細を尋ねた。そして、自分が探しにいくから、みんなは席に着いて待っているように指示した。

 そんな中、ふたたび涼子の頭に見知らぬ記憶が浮かんだ。

 東野が体育館倉庫に閉じ込められている。涼子と真壁理恵子で東野を救出する場面が浮かんだ。授業中に、奈々子が怪我をする記憶が浮かんだが、それは起こらなかった。何らかの記憶違いだろうと、強引に納得させた。今度はどうだろうか? 今度のは、すでに東野がいない――何かが起こったあとだ。さっきとは違う。

 ――また! 今度は……。

 涼子はいきなり席を立ち、斎藤を呼んだ。

「先生!」

「涼子ちゃん、どうしたの?」

「もしかしたら……体育館の倉庫かも」

「涼子ちゃんは見たの?」

「見てないけど、……えぇと、体育館から教室に戻ってくる時には、見てないから」

「ありえる話だわ。わかった、行ってみるわね。それじゃみんなは教室で待っているように」

 そう言って、斎藤は出ていった。


 それから五分か十分くらい経つが、斎藤は戻ってこない。代わりに悟たちや、東野の友達たちが戻ってきた。もちろん、東野は見つからなかったらしい。

 ――どうしたものだろう? なんか、多分……体育館倉庫の中で間違いないような気がする。だとしたら、すぐ見つかりそうなものだけど……。

 涼子が不思議に思うのは当然だ。倉庫というと、閉じ込められる事故というのがありがちだが、体育館倉庫には鍵などないので、出入りは自由だ。しかし、閉じ込められている東野を助ける場面が浮かんだ。何かがあったのかもしれない。

 そんなとき、突然真壁理恵子が席から立ち上がった。そして、涼子の顔を見て言った。

「藤崎さん、いくよ!」

「えっ? でも」

「でもじゃないでしょ!」

 理恵子は涼子の手を引っ張って教室を出ていく。

「あっ、涼子、リエ!」

 奈々子たちも慌てて涼子たちを追いかけていく。


 あまりの強引さに、涼子は為す術もない。

「リ、リエ! どうするの? いったい何が?」

 涼子の手をぐいぐい引っ張っていく理恵子は、振り向いてひと言言った。

「東野くんをたすけにいくのよ!」

 答えはわかっていたが、助けに行くって……。

「助けに行くって――先生が行ってるんじゃ!」

「藤崎さんは、そうこにいるかもって言った。わたしもそう思った。だったら、何かあって一番たよりになるのは藤崎さん! 先生はひとりでこまっているかもしれない!」

 なるほど、さすが理恵子は頭がいい、と思った。確かに何かあって斎藤が困っている可能性もあると思った。そして、「頼りになる」とか言われて、ちょっと嬉しくなった。

「え? そ、そうかなぁ……えへへ」

「わらってないで、急ご!」

「あ、ああ――ちょっと、待って!」

 さらに強引に引っ張られて、うっかり転びそうになった。

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