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いったい誰が?

 女子の中で、田中良美と奥田美香が暗い顔をしていた。

 理由は明白で、運動の苦手なふたりは、もちろん跳び箱も苦手だった。先ほどの一回目で無様に失敗し、次の順番が嫌でしょうがない。

「みっちゃん、だいじょうぶだって」

 津田典子がニコニコ顔で声をかける。しかし、美香はそんな典子を恨みがましい目で見る。典子も運動は苦手だが一回目で成功しており、余裕があった。成功者の余裕だった。

「次は一だん、ひくくするからいけるよ」

 村上奈々子も美香を励ます。涼子や太田裕美、加藤早苗など、親しい友達がこぞって応援するが、みんなちゃんと跳べていたのだ。

「ぜったい……とべない……」

 応援とは裏腹に、美香はすでに諦めていた。あと五、六人跳んだら自分の番だ。ふたり飛んだあと、真壁理恵子たち数人が、跳び箱の段をひとつ外して、低くしている作業を見ながらため息をついた。


 奥田美香と同じように憂鬱なのが田中良美だった。彼女も大の運動音痴で、走るのも跳ぶのも、回るのも踊るのも泳ぐのも……すべて苦手だった。その苦手振りは奥田美香以上だ。美香は跳び箱を超えられずに、上に乗っかってしまうが、良美はそもそも上に乗っかることもできない。良美の前に涼子が跳んだが、余裕で綺麗に飛び越え着地した様を、羨ましく眺めていた。

「良美ぃ! がんばれぇ!」

 仲のいい同級生が声援を送った。しかし田中良美は、嫌で嫌でしょうがない。足取りも重く、ノロノロと助走位置へ向かった。

「落ち着いて! 良美ちゃんならできる。さあ、頑張ろう!」

 ジャージ姿の担任、斎藤が笑顔で声援を送る。しかしそんな声は良美には届いていない。しかし、やらないと自分の番は終わらない。これでは同級生たちにも嫌われるかもしれない。やるしかないと覚悟を決めて、ゆっくりと助走を開始した。


 田中良美は案の定、失敗した。しかも派手に転倒して。

「良美ちゃん!」

 斎藤は驚き声をあげ、慌てて駆け寄る。それを見た朝倉と悟は、すぐに察知した。悟は朝倉と目配せしたあと、他数名の同級生に続いて良美のもとに駆け寄った。

 が、金子芳樹は動かなかった。朝倉はそれを訝しんだ。

 ――いま、田中良美のそばに行った連中は、どれも再生会議とは関係ないとされる奴だけだ。どういうことだ?

 朝倉は動向を注意深く見守ったが、どうも違う。再生会議は、田中良美がこの因果の関係者ではないとみているのか? と考えた。

 その時、男子の方で大きな音がして騒然となった。持田啓介と中のいい仁科義博が、うまく飛べたはいいが、飛びすぎて着地に失敗した。バランスを崩してそのままマットの向こうまで転げ、顔をフロアにぶつけて鼻血が出ていた。

「あっ、ニッシン!」

「ニッシン、だいじょうぶかぁ!」

 持田たち友達が慌てて駆け寄る。

「だ、だいじょうぶだよぉ……」

 痛そうに顔を抑える仁科。斎藤が駆け寄り、これは保健室に行ってみてもらった方がいいという判断になった。

「――俺が連れ行ってやるよ」

 突然、そう申し出てきたのは金子芳樹だった。

 朝倉と悟は驚く。

 ――まずい、仁科だったのか!

 朝倉は、してやられた、と思った。あのタイミングといい、やはり再生会議は、因果の詳細を把握していたようだ。

「僕が連れていこう。金子芳樹、君はこれから順番があるだろう」

 朝倉はそう言って名乗り出た。意外な行動に、斎藤を始めその場にいた3Bの生徒全員が驚いた。朝倉はもともと、積極的にみんなの輪の中に入っていく性格ではないからだ。

「余計なお世話だ。俺が連れていく」

「いや、サボるつもりだろ。そうはいかないぞ」

「そんなわけがあるか。すっこんでろ!」

「なに! これはこっちのセリフだ!」

 突然険悪になるふたりに、斎藤が慌てて割り込んだ。

「待ちなさい! どうして君たちは喧嘩しようとするの?」

 斎藤に咎められ、ふたりとも黙り込んだ。そこへ持田が、「ニッシンはボクがつれて行きます! ニッシンはボクの友だちだから」と言って、同じく仲のいい内田修治と一緒に仁科に肩を貸した。

「おい、待て」

 朝倉が呼び止めようとするが、斎藤が「持田くんたちに連れて行ってもらいます。もっちゃん、うっちゃん、お願いね」と言って、連れて行かせた。

 悟が朝倉のそばに寄ってきて「いいのかい?」と尋ねた。

「どうにもならん」

 朝倉は苦渋に満ちた表情で、体育館を出ていく仁科たちを見ている。どのみち、持田たちは再生会議とは関係ないはずで、どちらにせよ、まだ因果を踏み損ねたとは限らないともいえた。実際、金子芳樹も忌々しそうに仁科たちを見ていた。

 これがどちらに有利に働くのか、まだはっきりしない。そもそも、この因果の詳細自体がはっきりしていないのだ。


 男子たちの様子が落ち着くと、ふたたび跳び箱が始まる。そんななか、涼子は何かを感じた。

 ――授業の終わり、跳び箱を片付けている最中。村上奈々子が足を挫いて、痛そうにしている。それを涼子が発見する。先生に奈々子が痛そうにしていると連絡し、涼子は真壁理恵子と一緒に奈々子を保健室に連れて行く――

 最近あまりなかったと思っていたが、ふいにまた、記憶にない記憶が頭に浮かんできた。

 これは……これは因果では? と直感した。しかし、自分は関係ないと横山佳代は言っていた。どうなんだろうか?

 ――佳代……いや、佳代は今いないから、佳代の仲間、ミーユに言うべきか。

 佳代はA組であり、教室が違う。女子ではミーユこと、矢野美由紀が同じB組だ。今まさに、その美由紀が跳び箱を跳んだところだ。背が高く、運動が得意な美由紀は、高めの段であるにも関わらず、軽々と飛び越えた。思わず複数の拍手がおこる。涼子も、さすがだと思った。



 動揺している朝倉たちを尻目に、金子芳樹はニヤリとした。

 ――ふふん、バカな連中だ。やはり公安の犬どもは、この因果の詳細を把握していない。最初はどうかと思ったが、門脇の言う通りだったか。

 芳樹は、門脇から因果の詳細を聞かされていた。

 ――なに? 奴らはほとんど知らんだと?

 ――ええ。誰が誰を連れていくのか、知るものはいません。

 ――どうしてそんなことがわかる?

 ――それは言えません。が、これは確実な情報です。そして、この因果は我々にとって、大した影響はありません。因果を妨害しようとするふりをしているだけでいいのです。

 ――信用できんな。いい加減、顔を見せて喋れよ、クソ野郎!

 ――ははは、嫌われたものですね。でも、これは本当です。

 芳樹は、事前に聞いていた話を思い出した。いつも通り、姿を見せずに気取った口調で話している。とにかく殴りたくなるほどにムカつく奴だ。

 しかし奴は、何か俺たちとは違う。どうもおかしい。

 門脇の正体を疑ったが、現状はどうにもならない。なんであれ、奴の言うことに間違いはないようだ。

 ……まあ、ぜいぜい翻弄してやるとするか。

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