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そして始まった

「まだわからないのか!」

 世界再生会議のリーダーである宮田は、苛立ちを隠そうともせず、周囲に居並ぶメンバーたちに怒鳴った。皆、押し黙っている。下手に何か言おうものなら、宮田の癇癪の餌食になってしまう。最近、宮田はどうも怒鳴り癖がついてしまったようだ。数年前までは、何があろうと割と余裕を見せていたが、今ではちょっとしたことで周囲に当たり散らしていた。

 因果の妨害も、思ったほどうまくいっていない。『巫女』の『神託』も、意外と外れることが目立ってきていた。『巫女』に依存している宮田にとっては、これは大きな問題だった。

 宮田は、部屋にある巨大な『巫女』を見た。『巫女』とは、この時代には本来は存在しないはずの高性能コンピュータだ。現代のコンピュータとは、比べ物にならないほどお粗末な性能ではあるものの、事態の予測を行うことができる。未来の知識と技術で、この時代にあるものを使って制作した。そのため、本来ならば電子レンジほどの小さな筐体で作れる性能が、部屋の半分を埋めるほどの巨大なものになってしまった。ちなみにこの『巫女』は、再生会議の有力な支持者の協力を得て運用されていた。

 メンバーが帰ったあと、ひとり部屋の中で苛立ちを募らせる宮田。そこに側近の門脇が姿を現した。

「宮田さん。そう簡単にはわかるはずがないでしょう。焦ってはいけませんよ」

「しかしっ! このままでは……公安の連中に先を越される!」

 焦るなと言われるも、こんな調子で本当に大丈夫なのか、という不安が彼の焦りを煽った。これまで絶対に確実だと信じていた『巫女』の『神託』に「絶対」が感じられなくなってきたのだ。

 しかし、門脇は表情を変えずに言った。

「だから待つのです」

「どういうことだ! お前は何がしたいんだ!」

 理解できない言葉に、宮田は叫ぶ。

「落ち着いてください。公安も動いてるのです。面倒なことは彼らに任せてしまった方が楽でしょう」

「うん? まさか」

「そう。彼らの動きはちゃんと見張っています。だから、重要な局面になってから、先に動けばいいのです」

 門脇の表情は変わらない。この少年は一体に何を思い、いかなる感情を抱いているのだろう。

「ほほう、それもそうだな。……ふふ、奴らめ。まさか味方にスパイがいることなど知る由もなかろう……ふふん」

 宮田は不敵な笑みを浮かべた。



「スパイか」

 朝倉隆之は、仲間の悟の言葉を繰り返した。言葉を受けて、悟は話を続ける。

「うん。正直なところ、どうもおかしい気がするんだ。以前から、こちらの計画が読まれている気がしてならない」

「我々の中にスパイがいると言いたいのか?」

 朝倉の目が光った。その冷静沈着な瞳の奥に映るのは、一体なんだろうか。

「そうではないと信じたい。しかし……」

「わからんでもない。だが、人選は完璧だ。身体検査の結果は問題ない」

「それはわかるんだけど」

 悟も確実なことは言えなかった。朝倉も、悟の言わんとすることは理解できた。そもそも、今回の遡行作戦自体が極秘だったのだ。本来なら再生会議の邪魔自体があるはずがないのだ。

「まあいい。実際に、奴らの『予測』でここまで妨害できるとは、到底信じがたい。この時代では満足なものは作れやしないだろうしな。何かがあると考えた方がいいだろう」

「ああ、僕ももう少し警戒しておくよ」



 因果の当日。

 朝倉率いる公安のメンバーは、全員の役割を決めて挑んだ。今回は、涼子に関係するのだが、涼子自体は関わらないということなので、メンバーの中だけで作戦を実行することになる。

 涼子は「何か手伝おうか?」と言ってきたが、メンバーではなく、この時代の子供でしかない(実は涼子に未来の意識があるのは、彼らは知らない)涼子では、むしろ足手まといになる可能性が高かったので断った。


 そして三時間目、体育の授業だ。みんな体操服に着替えて体育館に向かう。体育館では、普段の上履きの他に、体育館用の上履きに履き替える。これを入れる上履き袋は、市販品を使う子もいるが、母親などが裁縫して作ってくれる場合が多い。

 涼子の上履き袋も真知子が作ったものだ。可愛らしい柄の生地を使っている。この春、太田裕美が祖母に新しい上履き袋を作ってもらったそうで、嬉しそうに友達に見せていた。


 体育館では、担任の斎藤もジャージに着替えている。首からぶら下げた笛を吹いて、集合の合図をした。

「——今日は、跳び箱をやります。ではみんな、倉庫に行って出してきましょう!」

 斎藤の言葉に反応した生徒たちは、体育館正面入り口の左右にある体育用具倉庫に向かった。運動が好きな男子が喜び勇んで走っていき、我先にと倉庫の扉を開けて、中になだれ込んだ。

「まったく、やはり子供だな」

 朝倉はその様子を見て、ゆっくりと歩きながらつぶやいた。それを聞いた悟は苦笑いしながら言った。

「そりゃ本当に子供だからね……さあ、行こう。僕たちも子供だろう」

「ふん……」

 朝倉は少し呆れた顔して、先に駆け出した悟の後を追った。


 前半は特に何事もなく、平穏な体育の授業だった。運動の得意な子は難なくこなし、苦手な子は案の定、失敗する。

 しかし、それから後半の頃になって、ようやく『因果』と思われる事案が発生した。

「あいたっ!」

 公安のメンバーと、再生会議のメンバーに緊張が走った。

 東野だった。跳び箱で、変な位置で跳んだことで、うまく手を持っていくことができず、バランスを崩して跳び箱にぶつかってしまった。

「東野くん!」

 悟が叫んだ。それに続いて、東野の友達も同じように叫ぶ。

「あっちゃぁ、しっぱいだったよ」

 東野は余裕の表情で、わざとらしく舌を出して笑っているが、耳は真っ赤だ。かなり恥ずかしかったらしい。

 悟や東野の友達が駆け寄ると、怪我はないのかと尋ねた。特になさそうでホッとするが、朝倉は悟が戻ってくると、「早とちりだぞ」と小さな声で言った。

「そんなことを言われてもね……」

 と、悟も小声でつぶやくと、朝倉は無言のまま右の方をさりげなく指差した。悟が見ると、そこには金子芳樹がいた。芳樹は悟の視線に気がつくと、悟を見てニヤリとした。

 どうやら金子芳樹は、まったく動かなかったらしい。これは意外なことだった。まさか再生会議は、誰なのか把握しているのか? と予想し、悟は驚愕した。

「そうとは限らん。そもそも金子が動くとは限らんしな」

 朝倉は、金子芳樹が今回の実行役をしているとは考えていなかった。朝倉の予想では、生徒……特に自分たちと同級生の中にも数人の工作員を入れていると考えていた。金子芳樹たち三人はすでに判明しているが、それだけではないと感じている。例えば、芳樹の子分である小林と安田は、ただの小学生とは限らない。実は再生会議の構成員である可能性も捨てきれなかった。

「この学級に判明していない工作員がいるとでも?」

「ああ、そうだ」

「目星はついているのかい?」

「いや、それがわかればな……」

 朝倉は渋い顔をした。

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