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大乱闘と落雷

 翌日、朝倉と芳樹の対立は収まっていなかった。

 面と向かって罵り合ったり、手を指すわけではないが、目に見えない火花がバチバチと激しく散っている様が透けて見える。

 険悪な雰囲気に、女子の数人が、このふたつの勢力に不満をぶつけた。

「いい加減にしてよ! 外でやって!」

「ふん、俺が何かしたかよ? 適当なことを言ってんじゃねえぞ」

 芳樹がその女子を睨んだ。すぐに子分の小林と安田が、「女がうるせえ! 黙れブス!」と罵声を浴びせた。

 浴びせられた女子が泣き出す。村上奈々子が「なにやってんのよ!」と怒鳴った。摑みかかろうかという勢いに、安田は堪らず逃げ腰になる。安田は背が低く、奈々子のほうが背が高い。

「なんか文句があるんならよ、ぶん殴るぞ。村上奈々子!」

 金子芳樹は、女子にでも平気で殴るような怖さがあった。さすがの奈々子も怖気付く。

「悪いのはそっちでしょ! 謝りなさいよ!」

 涼子が奈々子の前に出てきて、芳樹に対して吠えた。涼子は他の子と違い、そこまで芳樹を恐れていない。子供だからという侮りもあるのかもしれない。

「なんだと……このクソ女!」

 芳樹は、涼子の目の前に素早く身を乗り出すと、涼子が防ぐ間もなく腹に向かって握りこぶしで殴った。ウッ、と堪らず呻いて苦しそうな顔をしてよろける涼子。かなり効いたようで、立っていられないのか、そばの机にもたれた。

「りょ、涼子!」

 奈々子が痛そうな顔をする涼子に駆け寄って「だいじょうぶ? ねえ、だいじょうぶなの!」と声をかけた。近くにいた女子たちも、心配そうに涼子を見ている。

「金子くんっ! 君ってやつは!」

 悟が大きな声を挙げ、芳樹に掴みかかった。普段、温厚な悟の感情的な行動に驚いたのか、芳樹はそのまま悟に体当たりされて転げた。

「て、てめぇ――やりやがったな!」

 芳樹は起き上がると、すぐに悟に突進した。それに続いて、小林と安田も加わる。しかし、悟の友達が数人、助けに入った。

「悟! 大丈夫かっ! ちくしょう、やりやがったな!」

 こうして後世に語り継がれることになった、「3Bの乱」が勃発した。



 B組の男子九人に加えて、A組からも六人加勢し、十五人もの生徒が喧嘩を始めてしまった。この中には、手を出さずにお互い罵り合っているだけの男子もいた。あまりの騒動に、一舎で同じ二階に教室のある五年生も、何事かとやってくる。五年生の真面目な子が止めに入り、女子が先生を呼んでくる。

 五年A組の担任、国富功がやってきた。とても怖いと学校中で有名な教師で、貫禄ある体格に、いつもサングラスをしているその風貌は、唸るような低い声とともに、怖さを一層引き立てていた。

「おいっ、お前たち! なにをやっとるかっ!」

 雷が落ちた。轟音に一瞬で凍りつき、声の方を注目する生徒たち。

 そんな言葉も出ない生徒たちを尻目に、ズカズカと教室に入っていき、先ほどまで掴みあっていた生徒を睨んだ。

「そこへ並べ!」

 ふたたび雷が落ちる。あまりの衝撃に、のろのろと国富の前に並び始める男子たち。

「遅い! 早くしろっ!」

 子供達には恐怖でしかない爆雷に、抵抗することもできず慌てて従う男子たち。すでに半泣きの男子もいる。

 これから国富による恐るべき爆撃が始まった。喧嘩していた男子たちは皆、強烈に痛いビンタをくらい、そのあまりの痛さに泣き出す男子がいた。しかし国富は、その男子の肩を掴み、反対の手で頭を掴んだ。そして「泣くな、うるさい!」とさらなる雷を落とした。鼻水を出しながら必死に泣くのをやめようとするが、泣きやめられない。

「お前は女か! ビィビィ煩い、女々しいやつだ!」

 現代では完全にセクハラになるような、問題発言を容赦なく浴びせる。このころではまだ、この種の発言が問題にはならなかった。

 隣に並んでいた男子は、あまりの怖さにちょっとチビりそうになっていた。足はガクガク震えている。

 金子芳樹や悟は、さすがにそのくらいでは微動だにしなかった。芳樹は逆に国富を睨みつけたが、面倒になるのを嫌っておとなしくしていた。

 教室の外から様子を見ていた女子の数人が、その公開処刑を目の当たりにして、蚊帳の外にも関わらず恐怖にかられて泣き始める。

 少しして、慌てた様子で斎藤がやってきた。国富のそばにやってきて、ペコペコと謝っている。国富も、同僚教師には一定の配慮をするのか、「斎藤先生! こんな馬鹿を許しておいてはいかん! よく言っておいてくださいよ!」と注意するにとどめていた。斎藤も、「ご迷惑をおかけしました、よく指導していきますので、この場は収めてください」と言ってさらに頭を下げた。

 そして出ていく国富。それを見送る生徒たち。雷雨が去って、ようやく晴れ間が訪れたようだ。

「みんなどうしたの? 一体なにがあったの? 授業の前に話を聞きますから、みんな席に着くように」


 その後の授業は国語だったが、予定を変更して道徳の授業になった。明日、道徳の授業があるので、代わりに明日国語をやるらしい。

 斎藤はそれぞれに話を聞いて、それから「みんな仲よく、みんな友達。そして、かけがえのない仲間」ということを説いた。みんなただ黙って聞いていた。


 下校時間。涼子はいつも一緒に帰っている奈々子たちと一緒に教室を出た。

「こわかったね。国富先生って、やっぱりこわい。小林くん、ずっと泣いてたよね……」

 典子が青い顔をしてつぶやいた。それに頷きながら、

「お姉ちゃんが言ってた。やっぱりそのとおりだった……」

 と、奥田美香が続けた。やはり青い顔をしていた。

 国富功が怖い教師だというのは、何年も前から有名だった。その風貌からも、決して優しい温厚な教師ではないことは誰の目にも明らかだったが、改めてその凄まじさを目の当たりにすると、みんな恐怖で震えてきた。

「ねえ、前に五年生が『空気椅子』やられたらしいよ」

 裕美が言った。

「ああ、それ聞いたことある! うわぁ……やっぱり本当だったんだ」

 奈々子が言った。結構有名な話のようだ。


 空気椅子というのは、実際には座っていないが、椅子に座っているかのように、空間に座る体勢である。椅子に座ると楽だが、空気椅子では座っている真似をして、空間に尻を浮かしているだけなので、とてもキツい。腰と膝が相当辛いのだ。

 国富は、以前から生徒に罰を与える際に、この空気椅子をやらせた。罰といえば「廊下に立たせる」「水の入ったバケツを持たせる」いうのがステレオタイプだが、これらに比べて相当にキツい罰だった。

 令和の時代どころか平成の頃でも、これらの罰は「体罰」とされ、社会問題にされる可能性が高い。保護者から批判が出て、やらせた教師は何らかの罰を与えられるだろう。この時代までは、まだ保護者もそれを問題視することは少なく、普通にまかり通っていた。


 みんな暗い顔になった。奈々子など、自分が国富に怒られることになったら、あの恐るべき罰を受けなくてはならないと思うと、気分は沈み言葉は少なくなった。

 涼子も、国富の恐ろしさは覚えているが、やはりこうして改めて目の当たりにすると、対岸の火事とは言い切れない。いつ自分に降りかかってくるかわからないのだ。

「国富先生って五年A組の担任だよね。……わたし、五年生になりたくないなあ」

 典子が沈んだ声でつぶやいた。

「わたしも……いやだなあ……」

 裕美が同調する。奥田美香もまだ青い顔して頷いている。

「あのねえ、別に五年生になった時に、国富先生が担任になるわけじゃないよ。毎年変わるでしょ」

 加藤早苗が言った。それを聞いた女子たちはちょっと表情が明るくなった。が、しかし涼子が余計なことを言う。

「そうだよ。でも、四年生で……なるかも」

「ちょっと! 涼子、やめてよぉ。もぉ、涼子のばか!」

「あはは、ごめん、ごめん」

 涼子が奈々子たちから逃げるように先に行った。それを奈々子たちが追う。そんな涼子と友達たちは、少し気分がよくなったようだ。

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