表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
135/268

東野の醜態

 翌朝、東野が登校すると、教室は東野が言ったという噂で持ちきりだった。

 教室に入るなり、複数の男子が東野の元に詰め寄った。もちろん、例のことについて聞きたいのだ。東野は答えに困っていると、今度は女子が数人やってきた。もちろんこちらも同じ理由だ。しかし、この女子たちは、友達の富岡絵美子が件のことで悲しんでいるのが、東野が原因だということで、抗議にもきたわけだ。

「……ああ、まあ……その……」

 東野の言葉は少ない。その後が続かず誰かが急かしたが、チャイムが鳴り、授業が始まる。みんな一斉に自分の席に戻る。

 その後、授業が終わって休み時間になるたびに、東野は追及を受けた。しかし、普段のにこやかな表情は影を潜め、追及をかわすことに専念しているようだった。



 由高小学校の運動場には「クスノキ」がある。話では百年前の学校創立時からあるらしい。新校舎の二階と同じくらい高さがあるため、結構大きな木だ。よく目立つ反面、これといった何かしらのイベントがあるわけでもなく、生徒たちにとって、単に学校の象徴というか、そういう程度の存在であった。みんなよく知っているが、特に誰もクスノキで何かしようとはしないわけだ。

 しかし、いまこのクスノキの下で途方に暮れている男子がいる。東野だった。木陰にうずくまって体育座りをしている。

 昼休み、運動場では大勢の生徒が休み時間を満喫している。運動場で遊ぶ生徒は多く、昼休みは雑然としていた。

「……はぁ、たいへんなことになっちゃった」

 東野は困り果ててしまった。今更、あれは嘘だったとは言えない。

 そう、あれは嘘だった。つい言ってしまったのだ。

 同級生たちは東野に対して、疑惑の目を向けているように感じられる。及川悟も富岡絵美子も、同級生たちの印象はいい。友達も多い。ふたりをからかう生徒もいるが、それぞれの友達たちがそれに抵抗している。特に絵美子の友達は攻撃的だ。

 相対的に、東野への信頼は揺らいでおり、一部の同級生は、東野が嘘を言っていると考えていた。騒ぎの元になった野崎も、身の保身からか、東野が嘘ついた、自分は悪くない、と言ってまわっている。

「あれがウソだなんてバレちゃったら……みんなにきらわれそう。はぁ……」

 そんなことをつい漏らした時――ふいに東野の前によく知った生徒が現れた。涼子だった。東野を見下すその表情は、明らかに不信感が出ていた。涼子の背後には涼子の友達、奥田美香もいる。オロオロと不安そうに涼子と東野を交互に見ている。

「……ふぅん、嘘。あっそう、嘘だったんだ。やっぱり」

「――ああ、いやっ、その! あの……」

 顔を真っ青にして狼狽する東野。

「その嘘のおかげで、とんでもない迷惑なことになってるんだけど。みんな困ってるんだけど!」

 涼子は不満が爆発し、当然のように手が出た。すでに半泣き状態の、東野の腕を掴んで睨んだ。涼子は小学生になって、幼稚園のころのお転婆なイメージは影を潜めたが、言う時は言うという姿勢は変わっていない。

「りょ、涼子! お、おちついて!」

 美香は慌てて涼子を止めた。

「みっちゃんは黙っててよ! 一発くらい殴ってやらなきゃ、気が済まないんだから!」

 涼子の興奮は収まらないようで、美香はさらに慌てた。東野は、この世の終わりかと思うような、絶望的な顔で泣いている。

 そんな様子を見た近くにいた生徒が、涼子を止めるために美香に加勢した。

「ちょっと! 何やってんの!」

 その生徒は真壁理恵子だった。涼子の成績のよさから、ライバル視している生真面目少女だが、最近仲よくなっていた。

 理恵子は美香と一緒に涼子をなだめた。そして事の顛末を聞いた。


「ええ? じゃあ、今うわさになっているアレ……東野くんのウソだったの?」

 涼子から事情を聞いた理恵子は驚いた。

「そうなのよ。まったくこのボンクラのせいで」

 涼子はまだ完全には怒りが収まっていないようだ。

「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさいっ!」

 ひたすら謝り続ける東野。その様子を見た理恵子が言った。

「とにかく、みんなにウソだったと正直に言うことね。でないと富岡さんと及川くんがかわいそうよ」

「そ、そんな……ぼ、ぼくにはできない! ぜったいできないよ!」

 この期に及んでまだ覚悟を決められない東野。さすがに呆れ気味の涼子たち。

「さっさと来なさいよ! ほら、みんなの前で言いなさい!」

 涼子は東野を掴んで教室に戻ろうとした。が、東野はクスノキにしがみついて離れない。なんとか引き剥がそうとしたが、あまりにも必死にしがみついてるせいか、どうしても引きはがせなかった。

 あんまりなので、理恵子はひとつ提案した。

「しょうがないわね。これじゃいつまでたっても、終わらないわ。何か別の方法を考えよ」

「そ、そう! それがいいよ! さすが真壁さん、やっぱりステキだなあ!」

 こんな時でも調子のいい東野に、涼子はもう怒る気にもならない。

「どうするの?」

 美香が言った。それに理恵子が答える。

「かんちがいだった、っていうのはどうかな?」

「かんちがい?」

「そう。だれか別の人のことを言ったと思ったら、うっかり富岡さんと及川くんの名前を言ってしまった、というのは」

「しょうがないな、本当はそれでも不満だけど」

 涼子はあくまで、本当のことを白状する方がいいと考えているようだ。

「わたしも、かんちがいの方でさんせい」

 美香は真壁案がいいらしい。

「ま、ままままってよ! それじゃあ、ダレとまちがえたんだって言われるじゃないか! それはイヤだよ!」

「はぁ? 大丈夫でしょ。そんなこという人いないって」

「ダメだよ! ぜったい言われるよ! イヤだイヤだ!」

 東野はふたたび木にしがみついた。それを見て頭を抱える理恵子。

「あのね、そんなこと言ってられる立場じゃないでしょ。何考えてんの、男でしょ! この意気地なし!」

 涼子は思わず怒鳴ったが、東野の態度は頑なだ。

 女子三人は、途方に暮れていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ