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自動車購入計画会議

 店の外で出ると、近くに試乗車が用意されていた。白のカローラセダンで、排気量は1・5Lモデルだった。トランスミッションはオートマだ。

「ご用意しましたのが、この車です。藤崎さんは1500ccをご希望でしたので、同じものを持って来させました」

 涼子と翔太が試乗車に駆け寄った。周囲をうろうろして、今までの軽四よりかなり大きく感じるカローラに興味津々のようだ。

「お父さん、この車に乗るの? かっこいいね!」

 涼子は早く乗りたいと急かす。翔太もベタベタと車のボディを触りまくっている。

「そうだぞ。みんなで乗ってみようじゃないか」

「さあさあ、こちらへどうぞ。――私は助手席に乗りますので、奥様とお子様は後部座席の方へ」

 臼井は常に笑顔を絶やすことなく、後部座席のドアを開けて、子供達を乗せてやった。


 試乗車が走り出す。敏行は少し緊張した様子だ。真知子も少し顔が強張っているようにも見える。反対に、涼子と翔太は嬉しそうに見たり触ったり忙しい。

「フカフカだよね。大きいし、社長の車みたい!」

「ははは、そうでしょう。とても座り心地いいでしょ。お嬢さんはよくわかってらっしゃる」

 臼井は、事あるごとに褒める。涼子にすら褒めちぎる。臼井は敏行を見ると、満足げな表情で声をかけた。

「どうですか? 他社さんには、この走りと快適性の両立は絶対に負けないと自信を持って言えますねえ」

「おぉ、すごいな。うん、いいですねえ」

 敏行は少し興奮した様子で答えた。

「そうでしょう。それから藤崎さん、サイドミラーをみてください。これは今回から採用されたのですが、やっぱりフェンダーよりドアにある方がいいでしょう。私はこのドアミラーの方が断然いいと思っていますよ——」

「なるほどね、確かにそうだ。いやあ、やっぱりトヨタの技術はすごいね」

 敏行はカローラを絶賛した。しかし、実際には走行性能だとかエンジンがどうとか、さっぱりわからなかった。それほど車好きではないので、普通にアクセル踏んだらスピードが出る、ブレーキ踏んだら止まる、としか思えなかった。今の敏行には、自動車は仕事道具であることが普通になっており、若い時ほどのこだわりはもうない。

 試乗の最中、臼井は終始、敏行に車のアピールと説明をしていた。涼子は、よくもまああれだけ喋り続けられるもんだ、と感心した。


「では、藤崎さん。なんでも構いませんので、わからないことや相談があれば、いつでもご連絡くださいね」

「ええ、前向きに考えていますんで、また決まったら電話します」

 試乗から帰った後、再び店内に入って、具体的なお金の話などをしていた。どのグレードを選ぶか、オプションは何を装着するか、そして代金はいくらになるのか。

 ちなみに、お金に関しては敏行よりも真知子の方が真剣に話を聞いていた。



 自宅に戻った後、居間で敏行と真知子が、自動車購入計画の会議を開催している。

「やっぱり欲張って色々つけると、結構な金額になるなあ」

「そんなに豪華にする必要はないわよ。あんないい車なんだし、あれも欲しい、これも欲しいじゃきりがないわ」

「まあ、それはわかるが……どうせ月賦だし、ケチったら後で後悔するからなあ」

「こんな立派な車買って、まだ後悔するようなのがあるの?」

 真知子は自動車がどうとか、まったくわからない。興味もないので、カローラでも高級車との違いも理解できない。余談だが、真知子は自動車免許証を持っていない。高校を卒業しても家から割と近い会社に就職していたので、すぐには必要なかったのもある。

 夫婦は、随分白熱した議論に入っているようだ。


「オートマもよさそうだが、まあミッションでいいか。でも、オートマも運転した感じは、かなりよかったからなあ」

 敏行がミッションと言っているのは、マニュアル車(MT)のことだ。当時はマニュアルトランスミッションのことを「ミッション」と呼ぶ人が多かった。おそらくオートマチックトランスミッション車(AT)が普及していなかった時、「トランスミッション=マニュアルである」と見られていた時代の名残と思われる。

「どうでもいいけど、来年は翔太も小学生よ。いろいろとお金がいるんだから、安いものでいいでしょ」

「そうは言ってもな。やっぱり世間体ってもんがあるだろう。あんまり貧乏くさい車じゃ風が悪い」

「そんなの何も問題ないじゃない。曽我さんの車も同じような車だし、どうして気になるわけ?」

「はぁ? お前、曽我さんとこの車はクラウンだぞ。うちのより、かなり高級だ」

 真知子はカローラとクラウンの違いがわからないようだ。同じセダンタイプの車なら、全部同じに見えているのかもしれない。このころの母親は、ファミコンのBGMを全部「ピコピコ」としか認識していないあたりも、同様の理由だろう。そう、「興味がない」のだ。

 夫婦で白熱した議論が繰り返されている中、子供達はずっとテレビを見ていた。

 この時見ていたのは、日曜の午後七時半から35チャンネルで放送されている、「牧場の少女カトリ」だ。世界名作劇場の第十作目となる。ヨーロッパで第一次世界大戦が始まる中、フィンランドの田舎で祖父母に預けられている少女カトリは、困窮する生活から働きに出ることになる。その先々の働く家でのカトリの生活と労働を描いた作品だ。裏番組が強く、視聴率は厳しかった。しかし来年の次作は、世界名作劇場の代表作のひとつとも言える作品が登場となるわけだが。

 世界名作劇場は、アニメや漫画に理解のない真知子が好印象を持っている数少ないアニメで、涼子と翔太にとっては見やすい番組だった。

 今年の四月から放送されている「オヨネコぶーにゃん」などは、皆さんご想像の通り、真知子は嫌っていた。見るなとは言わないが、あまりいい顔はしない。ああ言ったギャグものを、勉強をしなくなる、馬鹿になる、など理不尽な憶測で毛嫌いしている。涼子は成績がいいので、何も問題ないはずだが、見続けていると成績が落ちるとでも思っているのだろうか。

 番組が終わり、コマーシャルが流れ、午後八時から次の番組「オールスター家族対抗歌合戦」が始まる。それをきっかけに、真知子の興味がテレビに移った。それをきっかけに敏行もカローラのカタログを仕舞い、テレビを眺めた。

 翔太が敏行に抱きついてくる。その相手をしながら、頭の中では、あれがいい、これも欲しい、と真知子が聞いたら怒りそうなことをいろいろ考えていた。

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