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芳樹の弟

 あの後、真知子が戻ってきて翔太が無事保護されて戻ってきたことに半泣きで喜んだ。同時に理恵子たちや悟たちに平謝りしお礼を言っていた。ちょうど昼ごろでみんなで昼を一緒に食べた。子供達は和気藹々でみんな仲よくなった。

 理恵子は最初、辿々しい感じがしたが、次第に涼子と打ち解けていった。しかし理恵子の姉(ちなみに、志摩子という)が「なぞなぞ」を出したものだから、理恵子は涼子相手に答えを競っていた。五、六問出されて、理恵子が三問正解、涼子が二問正解だった。理恵子の嬉しそうな顔といったらない。姉と妹もちょっと驚いていたくらいだ。

 ともかく、理恵子のライバル意識は変わらないものの、涼子に対して親しくなったようだ。


 翌日、教室に入った涼子は、教室内に真壁理恵子がいるのを見つけた。仲のいい友達とおりゃべりしている。

「リエ! おはよ!」

 涼子は理恵子に元気よく挨拶した。それを聞いた理恵子たちはちょっと驚く。

「お、おはよ。……ふ、ふ、藤崎さん」

 理恵子は照れくさかったのか、妙に辿々しい感じで答えた。それを見た理恵子の友達たちは、ちょっと驚いているようだ。

「えぇ! 涼子、真壁さんと友だちになったの?」

 奈々子は涼子と理恵子の顔を交互に見ながら涼子に尋ねた。

「うん。昨日ね、ジャスコで弟が迷子になって。リエが見つけてくれたんだ」

「そうなんだ。――ねえ、涼子の友だちはわたしの友だちよ。わたしもリエってよぶね。わたしのことはナナってよんで」

 奈々子が言うと、典子や裕美たち涼子の友達がすぐに続いた。理恵子の友達たちも次々に、自分も友達だと言い始める。

 これはなかなか画期的な出来事だった。涼子と仲のいいグループと、理恵子の仲のいいグループはこれまで教室が違ったこともあって、三年生で同じ教室になっても、どこか馴染めないところがあった。こういったグループは少数の仲のいい者同士で固まりがちなので、他にも見えない壁が感じられるグループもあった。もっとも同じ教室で男女ともに、それぞれ二十人程度しかおらず、すぐに皆顔見知りになるので、そこまで壁が分厚いわけでもない。

 昼休み。涼子たちは担任の斎藤の元を訪れた。といっても職員室ではなく、給食と掃除の後、一度職員室に戻った斎藤が、また教室に戻ってきてくれたのだ。実は連休前くらいから、女子の一部で折り紙が流行っており、斎藤が昼休みなどに時々いろんな折り方を教えてくれたのをきっかけに、女子グループが斎藤の元にやってくることが増えた。

「あら、今日は珍しい組み合わせねえ!」

 斎藤は、涼子たちを見て言った。涼子と仲のいい女子と、これまであまり親しくしてなかった理恵子と仲のいい女子が一緒にやってきたのだ。

「涼子ちゃんとリエちゃんが仲よくしてるのは初めてだわ!」

「べ、べつに藤崎さんとなかよくしてるわけじゃ——」

「先生。私、リエと友達になりました! ね、リエ!」

「ま、まあ……」

「まあ、それはよかったわ! 友達が多いことは、とってもいいことよ」

 斎藤は満面の笑みでふたりのことを喜んだ。大きな顔面がほころぶ。

「先生、わたしね、ツルおれたのよ。見て見て!」

 涼子の友達、津田典子が先ほど製作した自信作を見せた。少しいびつだが、ちゃんと形にはなっている。

「典ちゃん、やるじゃない。もしかしたら、もっと難しいのに挑戦できるかな——」



 それから数日が経ったころ、涼子が理恵子に用があって放課後に体育館の裏に向かった。本当は教室にいる時に渡すものがあったのだが、うっかり渡し損ねて慌てて後を追ったのだ。理恵子たちのような学校から南西方面に家がある生徒は、校舎の南西にある体育館の裏を抜けて下校していた。

 涼子が体育館裏までやってくると、そこには先客がいた。

 その先客は、「世界再生会議」の構成員と知らされている生徒だった。

 板野明子と田中秀夫、そして金子芳樹だった。涼子の同学年の生徒として学校内で密かに活動している三人だ。

 涼子は三人がいるのに気がついて、すぐに身を隠した。そして物陰からそっと三人の様子を監視した。


「いい加減にしてよ! こっちはいい迷惑だわ!」

「ふん、だからどうしたってんだ? お前が迷惑だろうが関係ねえ」

「こうも好き勝手やられたら、組織として成り立たないでしょ! あんたの組織じゃないのよ!」

「知ったことか。俺は俺の目的のために組織に協力している。組織は俺を必要としているから、それを黙認している。それだけのことだ」

「ぐぬぬ……だ、だからって」

「だからどうなんだ? 文句があるなら宮田に言え」

 金子芳樹と板野明子は、考えの違いか何かで口論になっているようだった。そのふたりに挟まれてオロオロする田中秀夫。


「とにかく! あんたの好き勝手に不満があるのは伝えたから! どうなっても知らないわよ!」

 板野明子は吐き捨てるように言って、そのまま去っていった。

「けっ、宮田の犬が!」

 芳樹も明子の背中を睨んで吠えた。それを無視して去っていく明子。

「な、なあ――芳樹。お前の言い分はわかるけどよぉ、立場が悪くなるのも事実だぜ? あんまりおおっぴらにやってると……」

「言われなくてもわかっているさ。俺にはな、再生会議がどうとか関係ねえ。和樹が――和樹が生きてくれたら何でもいいんだ。それは宮田も了解している」

「あ、ああ……そりゃ、そうだろうけどよぉ」

「そもそも宮田も、このままじゃ因果を邪魔できなくなる。どのみち和樹を守ってくれるさ。……じゃあな、もう帰るぜ」

 芳樹はそう言って、その場を離れていく。

「お、おい! 待ってくれ、一緒に帰ろうぜ」

 田中秀夫はその後を慌ててついて行った。


 ――和樹? 誰だろう。いや、誰も何もない。ほぼ間違いなく金子くんの弟だろう。

 ――生きてくれたら、なんて言っていた。これは考えるまでもない。例の因果がどうとかに関係して、金子くんの弟が死んでしまう運命にあるということだろうな……。

 涼子はそれを考えて、どこか心に寒いものを感じた。人が生きた死んだとか、そんな恐ろしいことが関係しているのかと思うと、いい加減なことはしていられない。

 そういえば、去年の十二月。涼子の父、敏行は事故で亡くなるはずだった。が、実際には今も普通に生きている。これは、敏行があそこで死ぬことで、悟や朝倉の言う「因果」を踏み損ねることになってしまうかららしい。悟や朝倉の言う「正しい未来」は、敏行があそこで死なないという。だから、「正しい未来」を「自分たちに都合のいい未来」に造り変えようとする世界再生会議は、敏行に死んでもらうべくあの手この手で動いていた。同時に悟たちも阻止するべく動いていた。結果、悟たちが勝った。敏行は死なずに済んだのだ。涼子は後で、そのことを聞いた。

 そして今度は、金子芳樹の弟の生死が関係してくるという。詳しくは、どういうことなのか涼子にはわからないが、こんな重い話があるのかと思うと気も沈んでしまう。

 それに再生会議が生かそうとしているということは、悟や朝倉たちは……反対に亡き者にしようとしているはずだ。それが彼らのいう正しい未来だというのなら。

 芳樹の弟がどういう人なのか知らないが、人が死ぬなど、涼子とってはとてつもなく恐ろしいことだった。


 そんなことを考えて、三人が去った後も体育館の木陰に隠れていると、いきなり声をかけられた。真壁理恵子だった。

「藤崎さん? どうしたの?」

「えっ! ……あ、ああなんだ、リエか。びっくりした」

「どうしたの? なんかぐ合わるそうだけど」

「ううん、なんでもないよ」

「そう? ならいいんだけど」

 理恵子は、未来がどうとか、そんなことは関係がない。黙っていた方がいい。涼子は気を取り直して言った。

「それよりリエ、これこれ。これを返さないと」

 涼子はポケットからハンカチを取り出した。休憩時間にトイレに行って、手を洗ってハンカチで拭こうと思ってうっかり落としてしまい、偶然その場にいた理恵子がハンカチを貸してくれたのだ。すぐにチャイムがなりそうだったので、ふたりとも急いで教室に戻ったら借りていたことを忘れてしまった。

「べ、べつにすぐでなくてもいいのに」

「ううん、後だと忘れるし」

 そんなことを話していると、理恵子とよく一緒に下校している女子たちがやってきた。

「あ、いた。リエ、なにやってんの。一緒に帰ろうよ。あら? 涼子もいる」

「あ、晴子。ちょっとねぇ——」

「え、なになに?」

 よからぬ者たちがうごめき、不穏な空気を作り出す。しかし、そんなことなどお構いなしに、涼子の日常もまた、普段通りに過ぎていく。

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