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彷徨う翔太

 ふたりは付近を探して回ったが、どこにもいなかった。途中、屋上へ出るスロープの前にあるベンチで、うたた寝していた敏行のところへ行って、翔太が迷子になっていることを話し、三人で探した。

 敏行が一階の案内所に迷子の子を尋ねてみたが、翔太は見つからなかった。


「まったく、翔太はどこに行ったんだ?」

 敏行が少し不機嫌そうにつぶやいた。常にキョロキョロと周囲の人混みの中に、息子の姿を探している。

「いつもお母さんとお姉ちゃんのそばにいなさい、って言っているのに」

 真知子も心配の色が隠せないようで、周辺を見回すのをやめない。

「私、もう一回おもちゃ屋に行ってくる!」

 涼子はそう言って、両親の元を駆け出そうとしたが、それを敏行が止めた。

「待て、お前まで迷子になったらいかん。離れるな」

「そうよ。お母さんが二階を見てくるから、涼子はお父さんと一緒に一階を探してて」

 真知子は、自分が二階のおもちゃ屋などを探してくると言い残して、エスカレーターの方へ早足で駆けていった。



 両親や姉が探し回っているとき、翔太はジャスコの中にいた。悟と話し込む姉の目を盗んで、ひとりでおもちゃを見に行こうとしたのだ。早く、あの夢のようなおもちゃ売り場を見てみたい、そう思っていた矢先、チャンスが訪れた。

 こっそりその場を離れて、おもちゃ売り場の方に向かったが、ジャスコは広く人も多い。場所も結局よくわからない。気がつけば、まるで知らない場所だった。慌てて両親の元に帰ろうとしたが、今度は両親の居場所がわからない。

 明らかに迷子になっていた。

 両親や姉がそばにいないことを意識しだすと、急に寂しくなってその姿を探した。もはやおもちゃのことなど、頭の中から綺麗さっぱり消え失せて、すぐにでも両親や姉に会いたい気持ちでいっぱいになっていた。

「おかぁさぁん! どこぉっ! おかぁさぁん!」

 必死に母を探す翔太。周囲には人も多く、翔太の叫びも雑踏に紛れてかき消されていく。

 半泣きの翔太は、フラフラと家族を探して歩き出した。



「もう、だから翔太って困ったやつなんだ!」

 涼子は勝手にいなくなった翔太に不満を口にした。

「翔太は小さいんだ。ちゃんと見てやらんとだめだろ」

 敏行は娘を嗜める。しかし自分は、ひとりベンチで居眠りしていたにも関わらず。

「だって!」

「だってじゃないだろ。……まあ、今はそんなことを言っている場合じゃない。涼子、あっちを探してみよう」

「……うん」



「おや――ぼく、どうしたんだい? お母さんは?」

 翔太は、ふいに背後から声をかけられた。低く渋い声だった。振り向くと、そこには敏行より年上に見える中年の男だった。彫りの深い渋い顔つきの男で、小さな翔太には、威圧感を感じる男だった。

「あっ……う、あ……」

 見知らぬ男に恐怖を感じた翔太は、今にも泣き出しそうになる。男は心配そうに翔太を見つめている。小さい子を怖がらせないように注意しているようだが、なかなか難しい。

 翔太は声も出さずに後ずさり、そのまま駆け出した。

「あっ、ぼく!」

 翔太はすぐに人混みの中に紛れていった。



 翔太は母を、姉を、父を探した。この広い店内を。知らない人ばかりがいる雑然とした賑やかな店内を。

 いつの間にか歩き疲れ、周りも見えていないとき、目の前に何かぶつかった。

「なぁに? あれぇ?」

 翔太がぶつかったのは、女の子だった。同じくらい――幼稚園か小学一年生くらいの女の子で、いったい何事だろうかと驚いている。

 翔太はぶつかったのをきっかけに、その場にへたり込んでしまった。

「どうしたの?」

 女の子は翔太に声をかけた。

「おかぁさぁん……」

「おかあさん?」

 女の子がちょっと困っていると、後ろからまた別の女の子が声をかけてきた。

「ミナ、なにやってんの? まい子になるから、はなれたらだめって言ってるでしょ」

 そう言って現れたのは、真壁理恵子だった。涼子をライバル視する同級生だ。ミナと呼ばれた女の子は真壁理恵子の妹で、真壁美奈子という。小学一年生だ。

「あ、おねえちゃん。このこ、おかあさんって」

「おかあさん? ああ、まい子ね。……ねえ、お名前、なんていうの?」

 理恵子は、オドオドする翔太をなるべく怖がらせないように、優しく声をかけた。しかし、そういうのはちょっと苦手なのか、心なしか笑顔が引きつっているようにも見える。

「……しょうた」

「翔太、っていうの?」

 それを聞いた美奈子は、翔太のそばに寄ってきた。

「翔太ちゃん。ミナがね、しょうたちゃんのおかあさんをさがしてあげる」

 美奈子は満面の笑みで、翔太の手を取って連れて行こうとする。

「こら、ミナ! ちょっとまって。あんた、なにかっ手につれて行こうとしてるのよ。この子のお母さんだってさがしてるはずなのよ」

 早々に当てもなく連れ歩こうとする妹に、慌てた理恵子が止めた。

「でも、翔太ちゃん、おかあさんにあいたいのよ。かわいそうでしょ」

「だからって、好きかっ手にやったら見つかるわけないじゃないの。とりあえずあっちのベンチに、お父さんとお姉ちゃんがいるんだから、まず知らせるべきよ」

「えぇ、でも翔太ちゃんが、かわいそうじゃない」

 美奈子はどうしても、自らの手で翔太を母親に会わせたいと考えているようだった。しかし理恵子はそれを許さない。

「かわいそうとか、それだけでかっ手なことをしたらダメ! さあ、お父さんのところに行きましょ」

 姉に言われて、渋々父と姉の元に向かうことにする。

「翔太ちゃん、おとうさんにさがしてくれるように、ミナがたのんであげますからね」

 美奈子はどうしても、自分の手で何かをしたいようである。

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