友達と遭遇
涼子の視線の向こうには、悟がいた。涼子の同級生であり、未来を変えるために遡行してきた及川悟だった。よく見ると、母親と一緒のようだ。
涼子は悟の両親を知っている。悟が転校してきたとき、同じ幼稚園の子で知った子だったこともあり、遊びに行くと、いつも悟の両親が親しくしてくれていた。
初めて遊びに行ったとき悟の母親は、おやつをどうぞと、ケーキを持ってきてくれた。綺麗で大きなイチゴが乗っかったショートケーキだった。こんな夢のようなケーキなど、滅多に口にすることができない。ケーキに釘付けの涼子の様子を見て、ケーキを用意したのは大成功だったと、悟の母親はさぞ喜んだことだろう。
翌日に涼子が、悟の家でイチゴの乗ったケーキを食べた、と言いふらしたため、以後、多くの同級生が悟の家に遊びに行くようになった。
声をかけようとしたら、悟の方が先に気がついたようで、こちらを見て少し驚いたような顔をしたあと、嬉しそうにこちらにやってきた。
「涼子ちゃん!」
「悟くん。悟くんもジャスコに来てたの?」
「うん。でも涼子ちゃんに会うとは思わなかった」
「私も。びっくりしたよ」
ちょっと話していると、真知子が翔太を連れてやってきた。
「あらまあ、及川さん。どうもお久しぶりです――」
「まあまあ、どうもご無沙汰しております――」
ふたりの母親は、それからしばらく雑談を開始した。
ふたりの母親が話に夢中なので、涼子と悟もちょっと雑談した。
「悟くん、今男子って何が流行ってるの?」
涼子は気になっていたことを尋ねてみた。涼子は女子であるため、友達間で人気のあるものは男子と違っていた。
「うぅん、そうだなあ。この間、もっちゃんが『キン消し』を自慢しているなあ。それはともかく、『キン肉マン』はすごい人気だよ」
「ああ、キン肉マンかあ」
『キン肉マン』は、ゆでたまごが週刊少年ジャンプに昭和五十四年から昭和六十二年まで連載されていた漫画だ。超人と呼ばれるヒーローたちが、プロレスをベースにしたバトルもの漫画で、まあ、説明の必要もないくらいよく知られていると思う。序盤はギャグ要素が強かったが、悪魔超人などが出てくるあたりからバトル要素が強くなり、シリアス路線に変わっていった。
昨年の昭和五十八年からテレビアニメ化し、社会現象になるほどの人気作品となった。この時期には視聴率も高く、人気の絶頂ともいうべき頃だった。
このキン肉マンのキャラクター商品としてとても有名なものが、『キン消し』だ。
いわゆる『ガチャガチャ』で購入するカプセルに、塩化ビニールのキャラクターフィギュアが入っている。これが数種類あり、そのうちのどれかが出てくるのだ。どれが出てくるかは選べないので、全種類集めるには何度もお金を入れて回すか、持っていなフィギュアを友達と交換するかしないといけない。
このキン消しも昨年の昭和五十八年から販売されており、高い人気を誇った。
実は翔太もいくつかキン消しを持っていて、アニメを再現するべく、よくわからないことを叫びつつキン消しを振り回して遊んでいるのをよく見かける。翔太はロビンマスクがお気に入りのようだ。
「もっちゃんは、ほとんど集めたって言ってるね。ウッチーやニッシンも、もっちゃんと一緒にお互いに交換してたよ。なんだったかな……モンゴルマンだったか、ウォーズマンだったかが手に入り辛かったそうで、僕にも持ってないか尋ねてたなぁ。結局、誰かと交換してもらったそうだけど」
「持田くん、お金持ちなんだから、何回もガチャガチャできるんだろうね。そりゃ集まるよ」
涼子は呆れ顔で言った。毎度のことだが、持田は流行にはすぐ飛びつき、そしてお金の力でいち早く手に入れることで優越感に浸っている。流行ものにステータスを感じる同級生たちは、持田をもてはやすわけだ。
涼子たち子供の多くは、こういう人気アイテムはそう滅多に買ってもらえず同級生たちを羨むことになり、持田みたいな人をあまり好まなかった。
「それにしても持田くんは、今度はキン消しか。いつもだよね。ファミコンも教室で一番最初に買って、真っ先に自慢してたし」
「……はは、そうだよね。僕も羨ましいな。僕のお父さんもお母さんもファミコンはあんまり好きじゃなさそうだし……」
「そうそう、うちも。特にお母さんったら、ファミコンに恨みでもあるのかと思うくらい買ってくれないし。お年玉も使わせてくれないんだよね」
「あはは、みんな一緒だね。うちもそうなんだ」
「……それじゃあ、また。――悟、そろそろ行くわよ。お父さん待ってるわ」
真知子との世間話が終わったのか、悟の母が息子を呼んだ。
「うん。じゃあ、涼子ちゃん。また今度ね」
「うん。じゃあね」
手を振る悟を見送る涼子。
「それじゃ、食料品を買いに行くから一階に行きましょ。涼子、翔太は?」
「え? 翔太……あれ?」
真知子に言われるまで、弟のことをすっかり忘れていた。キョロキョロと周囲を見回す涼子。
「あっちの、おもちゃ屋にいるんじゃないかな。ちょっと行ってみる」
「私も行くわ」
涼子は母を伴っておもちゃ屋に向かった。
おもちゃ屋にやってきたふたりだが……しかし、翔太の姿はなかった。
「翔太ぁ!」
涼子は雑然とするおもちゃコーナーをウロウロしながら弟を探した。連休のおもちゃコーナーは普段より客の数が多く、翔太と同じくらいの小さい子もたくさんいる。
涼子は少し焦っていた。絶対いるだろうと思っていた、おもちゃ屋にいなかったからだ。
「いないわ。翔太ったらどこに行ったのかしら」
真知子にも焦りの色が見えていた。