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ジャスコで逢いましょう

 翌日、午前十時ごろにジャスコに向けて出発した。

 ジャスコ岡山店は、岡山市青江の国道30号線沿いにあった総合スーパーだ。おそらく岡山県内では当時一番規模の大きいスーパーだったのではと思われる。

 二〇一一年に店名が「イオン岡山店」に変わり、ジャスコの名前は消滅したが、さらにその三年後、二〇一四年に「イオンモール岡山」が開店する二ヶ月ほど前に閉店した。二〇一九年現在、もう店舗も解体され更地になっている。

 在りし日を思うと、やはり切ない気持ちになる。大袈裟かもしれないが――当時の岡山の子供にとって、ジャスコ岡山店は「遊園地に連れて行ってもらえるのと同等の感覚」だった。


 ジャスコへは岡山バイパスを通って向かう。岡山バイパスは、現在は国道二号線となっており、東岡山方面を通るかつての二号線は二五〇号線に変わっている。

 藤崎家のオンボロ軽自動車は百間川を越えて、さらに旭川を越えて走る。もう少しで青江だ。ジャスコは近い。

「涼子、この辺は懐かしいだろう。前はこの辺に住んでいたからなぁ」

 敏行は、後部座席の涼子に声をかけた。涼子が幼稚園までのころに住んでいたのは、この近辺だった。前に住んでいたのが泉田という地域だったが、この北がジャスコのある青江である。

「そうだね。前の家は……もうちょっと南だったかな?」

「そうだ。あの辺の家がたくさんあるだろ。あの辺りだ」

 敏行は指を指すが、この辺りもちょっとずつ住宅が増え、涼子の視線からは、自宅のあった方を見てもよくわからなかった。景色が割合変わっている。

「ほら、よそ見しないで! 事故したらどうするの!」

 助手席の真知子が夫を咎めた。

「おっと、いかん。いかん。もう右に曲がらんと」

 敏行はうっかり、ジャスコのある国道三十号線との交差点を通り過ぎるところだった。慌ててハンドルをきって三十号線を北上する。

「もう到着だぞ」


「ジャスコだ!」

 国道三十号線からジャスコの西側が見えてくる。店舗の外も人が多い。いったいこれだけの人が、どこから湧いてきたのだろう? と不思議なくらいたくさんの人だ。

「おとうさん、ぐるぐるのところ! ぐるぐるいって!」

 翔太の言う「ぐるぐる」と言うのは、店舗の屋上駐車場へ入るためのスロープである。屋上へは、店舗北側奥にある螺旋スロープを上っていく。このスロープを上がっていくのが非日常感が高く、ちびっ子たちにとっては気分が高揚してくるのだ。大人はどうとも思わないが、子供たちは楽しみだった。翔太が「ぐるぐる」言っているが、実際には一回転程度、クルリとまわるだけだ。

 幅が狭く、後年に自動車が大きくなってくると、擦りそうで怖い。この頃はまだ開店してから数年でこのくらいでも問題なかったのだろうが、しばらくすると、スロープの側壁に擦った跡がところどころにあった。

「よし、じゃあ屋上だな」

 敏行は息子の希望を叶えてやることにした。



 屋上からジャスコの店内に入ると、すぐに緩やかなスロープがある。折り返しの長いスロープは、子供の目には遊具みたいなもので、実際に幼稚園くらいの子が嬉しそうに駆け下りていく。さらに小学校高学年くらいの男の子が、笑顔で走りながら上がってくる。涼子も同じように駆け下りていく。下りなので引っ張られるように駆けて降り、あっという間に降りてしまう。

 やはりというか、これはやっぱり楽しい。奈々子たち友達が一緒にいたら競争したいと思った。

 少し間をおいて、翔太も同じように走って降りてきた。

「走らないの! 他の人に迷惑でしょ!」

 真知子もすぐに降りてくる。

「お母さん、おもちゃ屋さん見てきてもいい?」

 涼子は、降りてすぐのところにある玩具店を指差して言った。涼子はファミコンソフトが見たかった。まだ買ってもらえないが、せめて実物だけでもと思っていた。

「先に服を買うから、後にしなさい」

 服を買うらしく、おもちゃ屋は却下されてしまった。真知子が服を見だすと長い。特にここジャスコの婦人服売り場は広く、長丁場になることは間違いない。翔太もおもちゃを見たいと訴えているが、真知子は聞く耳を持たないようだ。

 

 店内からはテーマソング「ジャスコで逢いましょう」が流れている。最近友達の間で流行っているのが、ジャスコの替え歌だ。涼子は思わず口ずさむ。

「ジャスコで万引きぃ! イッズッミッで、食い逃げぇ――」

「コラッ、涼子! 変な歌、歌わないの!」

 真知子は物騒な替え歌を歌う娘を叱った。

 この歌は、店舗だけでなくテレビコマーシャルでもよく流れていたこともあり、広く知られていた。それもあり、涼子の歌っているような替え歌が全国で様々なバリエーションで口ずさまれた。

 「ジャスコで逢いましょう」の部分を「ジャスコで万引き」に変えるのはどのバージョンも同じで、そのあとの「素敵な笑顔に」の部分を「〇〇〇で食い逃げ」と続き、「〇〇〇で捕まり」となって、「ブタ箱へ」となる。

 〇〇〇の部分は様々あり、多いのはジャスコ同様のスーパーなどの店だ。食い逃げになる場合は飲食店の場合もある。

 こういう犯罪を思わせることや、下品なものに子供は興味を持ちやすい。「ウンコ」など子供――特に男子には大人気だ。当然、涼子の学級でも誰が言い出したのかわからないが、あっという間に大流行した。

 ちなみに、涼子の歌っていた中に出てきた「イズミ」は、最近西大寺近辺にできたスーパー「イズミ」だ。広島県に本社があるスーパーマーケット「ゆめタウン」などを展開する企業で、現在はこの平島店も「ゆめタウン平島店」となっているが、この頃はまだ「イズミ平島店」だった。西大寺から北方面に数キロ行くと国道二号線に出てくる。この辺りの土地は平島という。この交差点の北側に店舗がある。

 「イズミ平島店」は、岡山市東区平島にある総合スーパーだ。現在は「ゆめタウン平島店」に店名が変わっている。

 昭和五十九年四月に開店しており、この時代では、ちょうど一ヶ月ほど前にできたばかりの店だ。新しい店舗であることもあって話題になりやすく、涼子を始め多くの同級生がすでに来店していた。


「ジャスコでまんびきぃ!」

「翔太!」

 翔太が姉の真似をして歌い出すと、すぐに真知子が叱った。真知子はキョロキョロと周囲を見回して、他の客がどうしているのか確認した。どうやら特にこちらを見ている客はいないようで、ちょっと安心したようだ。

「もうっ! 涼子が変な歌なんか歌うから、翔太が真似をするでしょ!」

 涼子はふたたび叱られた。


 真知子は婦人服売り場で、あれこれ物色している。

「涼子、昨日着てたTシャツ、もう伸びてたでしょ。新しいの買ってあげるから、もうあれは捨てるわよ」

「えぇ……でも……」

 涼子が昨日着ていたTシャツは、実は結構気に入っていた。だけに着用率が高く、もう伸びてしまっていた。

「あんなの着てたら風が悪いでしょ。これは可愛らしいじゃない。これにしなさい」

 真知子は、捨てると言われて渋る娘の前にTシャツを当ててサイズを検討している。ちょうどいいくらいだと見当をつけると、そのTシャツを買い物カゴに入れた。

「あら、このチョッキもいいわね——」

 真知子は子供用のチョッキ(今で言うベスト)を見つけた。もうそろそろ暑くなる季節で、売れ残りなのであろう、セール品になっていた。しかし、もう着る季節ではないので、値段が魅力的だったものの諦めた。そして他にいいものはないか探し始める。

「おかあさぁん、これかって!」

 翔太が、「忍者ハットリくん」のイラストがプリントされたTシャツを持ってきた。

「漫画のはだめ。それは返してきなさい」

 真知子は、こういうアニメイラストなどが入ったものを嫌う傾向があった。一切買わないというわけではないが、前に別のアニメイラストの服を買っていたこともあって、今回は買わないようだ。

「えぇ! やだっ! かって!」

 ゴネる翔太。そんな翔太の横から、涼子がTシャツを掠め取った。

「お母さんが返してきなさいって言ってるでしょ。私が返してくるよ」

「おねえちゃぁん! やだぁ!」

 翔太は姉から奪い取ろうとするが、涼子はニヤニヤしながら巧みに弟の手をかわす。

「もう返すんだから。翔太はいらないでしょ」

 涼子はからかうような口調で、素早く子供服のコーナーへ行ってしまう。半泣きの翔太はそれを追いかけていく。

「何をやってるの! コラッ、涼子! 翔太!」


 涼子は服の壁に隠れていた。隙間から向こうを除くと、翔太が「おねえちゃぁん!」と叫んでいた。そして真知子がやってきて翔太を黙らせている。涼子は手に持ったTシャツと同じTシャツを見つけてそこに戻すと、母の元に戻ろうとした。

 目の前には大勢の客が右へ左へ通り過ぎていく。そこへふと、気になる人を見つけた。

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