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昭和五十九年は飛び石連休

 四月二十九日は「天皇誕生日」。平成三十一年現在では「昭和の日」と名を変えている休日だ。

 この昭和五十九年は、まだ昭和天皇が存命であり、この日が天皇誕生日だった。実はこの昭和五十九年の天皇誕生日は日曜日であるため、翌日の月曜日、四月三十日が振替休日になっている。つまりは明日も学校は休みだった。

 次の休みは五月三日の「憲法記念日」。そのため、五月一日と二日は平日だ。そして翌日五月四日も平日で、その翌日は「こどもの日」で休日だ。見事なくらいの飛び石連休である。

 飛び石とはいえ、休みが多いのは嬉しいことだ。涼子は朝早くに起きて、翔太と一緒に庭先で遊んでいる。

 誰もいない藤崎工業の工場に行って、片隅に放置してある錆びついた何かの機械に登って遊ぶ。止めてあるトラックの荷台に上がって遊ぶ。道路沿いの用水路で、泳ぐ魚を木の枝で追いかけて遊ぶ。

 しばらくそうしていると、真知子が「オヤツの時間だから帰ってきなさい」と呼んでいる。帰ってきて時計を見ると十時過ぎだった。

 オヤツは煎餅だった。涼子は一枚食べて、二枚目にかぶりついた時、口の中に違和感を感じた。煎餅を噛まずにそのまま口から出して、口の中に残っている硬い小さいものを取り出した。歯だ。

 歯が抜けたらしい。奥歯のようだ。涼子は前から歯に違和感を感じていた。それはこれまでにもあった、乳歯が抜けそうだと感じていた。

 台所から真知子がやってきた。煎餅を持ったまま、何かを興味深そうに眺めている娘を見て声をかけた。

「どうしたの?」

「お母さん、歯が取れた」

 涼子は抜けた歯を見せた。

「あら、抜けたのね。どこが抜けたの?」

「上の奥歯」

「じゃあ縁の下ねえ」

 真知子は嬉しそうに言った。


「ネズミの歯になぁれ、って言って投げるのよ」

「ネズミの歯になぁれぇ!」

 涼子は抜けた乳歯を縁の下に向かって放り投げた。――ネズミかぁ。……ネズミ? 涼子はどうしてネズミなんだろうかと思った。これまで特に考えたこともなかったが、ふと思い付いた。

「お母さん、どうしてネズミなの?」

「ネズミの歯は丈夫なのよ。涼子の歯も丈夫な歯になりたいでしょ」

「そうなんだ。ネズミって歯が丈夫だったのか」

 この頃、子供の乳歯が抜けると、下の歯が抜けると屋根に向かって、上の歯が抜けると床下に向かって投げるという習慣があった。もしかしたら今でもあるのかもしれない。

 投げる際に、「鼠の歯になれ」「鼠の歯に変われ」などと言って投げる場合が多いと思うが、これは鼠の歯が一生伸び続け、抜けることなくずっと硬いものでも齧り続けられる歯であることが理由だろうかと思われる。

 涼子の歯も、もうほとんどが永久歯に変わっている。前の方はもっと小さい頃に変わっていたが、奥歯は抜けるのが遅いので今頃だ。

「涼子もこれで全部生え替わったかしら。ふふ、早いものねえ」

 真知子は、感慨深そうに涼子の頭を撫でた。

 ――この子も今、八歳か。今年の十月で九歳……来年の誕生日には十歳ねえ。涼子を産んで、もうそんなになるのねえ。

「お母さん、明日はお父さんいるの?」

 涼子が言った。敏行は今日、取引先の人の納屋を片付けるのを手伝いに行っていた。よく仕事を持ってきてくれる人で、個人的に親しいこともあり時々こういうことをして、プライベートでも親密にしていた。

「多分いると思うけど……どうしたの?」

「池田動物園に連れて行って欲しいんだけど」

「動物園? うぅん、お父さんどうかしらねぇ……帰ってきたら聞いてみる?」

「うん」

 涼子は数日前に、友達の及川悟が動物園に連れて行ってもらうと聞いていた。悟は毎年二、三回連れて行ってもらっているそうだが、自分は動物園など久しく行っていなかった。

 敏行は今まで仕事で忙しいことが多く、いわゆる家族サービスが少ない。今はそんなに忙しい時期ではないらしいが、その場合、家でよく昼寝している姿を見る。結局、家族サービスは他所に比べて少ないようだ。


「動物園? ……うぅん、動物園なぁ」

 夕方、帰ってきた敏行に動物園に連れて行って欲しいと伝えた。敏行の反応はイマイチだった。大方は想像できた。連休の動物園だ。人だかりで混雑しているのはわかりきっている。休日はゆっくりしたい敏行は、そんなヘトヘトになりそうなところなど、もってのほかということだ。

「みんな連れてってくれてるのに、うちだけだよ」

「そんなことはないだろ。ともちゃんとこも別にどこにもいかないって言ってたぞ。家ですみちゃんの世話をするんだって、偉いなあともちゃんは」

「ともちゃんは関係ないよ。それに別の日に行くかもしれないし」

「この前、哲也おじさんが言ってたぞ。だから涼子も我慢しなさい」

 いとこの知世が、この連休に遊びに連れて行ってもらえないのは事実だが、それは知世の妹、純世がまだ小さいのであまり人だかりの中に連れていけないというのがあった。

「誰か友達もいるだろう。友達と遊んだらいいじゃないか」

「みんないないって! 絶対どこかに行ってるんだから!」

 涼子も食い下がる。しかし敏行は、せっかくゆっくり休めるのに、子供に付き合わされて、人混みに連れていかれるのではたまったものではない。

「そんなわけないだろ。あの仲のいい子がいるじゃないか……ななちゃんだったか、のりちゃんだったかいう子がいるだろう。その子と遊んだらいいじゃないか」

「ナナも典子も連れて行ってくれるんだから! 私だけ。私だけなんだよ!」

 お互いに譲らず膠着状態に陥ったところ、真知子が口を挟んだ。

「ねえ、だったらジャスコにでも行ってみる? 私、買いたいものもあるし。涼子、ジャスコに行きたいって前に言ってたでしょ」

「うん、じゃあジャスコでいい」

「ぼくもジャスコいきたい!」

 涼子はジャスコで妥協した。翔太もジャスコでいいらしい。

 敏行は子供の顔を見ると、これ以上だめだと言って、喚き出すとかえって鬱陶しいと思った。なら、ジャスコくらいしょうがないかと妥協した。

「まったくしょうがないな。なら、ジャスコに行くか」

 明日ジャスコに連れて行ってもらえることになった。

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