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学区外

 夕食後、涼子は家族揃ってテレビを見ている。

 この頃は藤崎工業の仕事状況は落ち着いており、敏行も暗くなる前に仕事を終えることが増えた。別に景気が悪く、業績が厳しくなってきた訳ではない。仕事の受注にも波があり、主に取引をしている会社が忙しいのがこの時期だと二月から三月頃であり、四月には一旦落ち着く。また六月辺りから忙しくなるようで、今はゆっくりできるようだ。

 敏行は居間の座椅子に座り、その膝に翔太が座る。数年前からよくやっているが、翔太もだんだん大きくなり来年の今頃は小学生だ。働き盛りの敏行も、毎日座られると少し重いと感じ始めているようだが、しかし座るなとは言わない。

 テレビではニュースを放送している。テレ朝系の夕方の報道番組「ANNニュースレーダー」だ。この時は「グリコ・森永事件」を報道している。

 犯人が「かい人21面相」と名乗っていたこともあり、当時を知る人では、よく覚えている人も多いのではなかろうか。「キツネ目の男」の似顔絵も有名だ。

 三月に江崎グリコの社長が誘拐され、その後も何度となく脅迫されている。また、六月には丸大食品、九月には森永製菓にも脅迫状が届き、十月には、毒入りの菓子がスーパーに置かれるなどし、森永製菓の菓子が店頭から撤去されるという事件もあった。以降もハウス食品や不二家などにも脅迫状が届き、翌年の八月に犯人からの終息宣言まで一年以上に渡って様々な事件が起こった。が、結局は時効が成立し、未解決事件となっている。

 この四月の頃には、グリコに関係する事件が起こっていた頃で、テレビや新聞でも報道され、多くの人を不安に陥れた。


「脅迫状か。大変なことになってるなあ」

 敏行は気の抜けた表情でつぶやいた。大変だと言っているが、実際には別に大変とは思っていないと思われる。まあ、対岸の火事なんだろう。

「グリコってキャラメルの会社よねえ。犯人はまだ捕まらないのかしら。怖いわねえ」

 真知子は心配そうにテレビ画面を見ている。自分たちの住む岡山県ではないが、隣県の兵庫県での事件であるし、夫より深刻に考えているようだ。

「身代金だ何だとか、俺たちには関係ないだろう」

「そんなことわからないでしょ。誘拐とかされてるのよ」

「俺を誘拐するか。わはは! そんな身代金用意できんだろ」

「馬鹿なこと言わないで。誘拐だとか身代金だとか、縁起でもない」

 真知子は、呑気に冗談を言う敏行をたしなめた。


 やがてニュースが終わりコマーシャルの後、テレビアニメ「パーマン」が始まる。この第二作目のパーマンは十五分の短い時間の番組だ。その代わり、日曜以外は毎日放送されている。この日は金曜日で、このパーマンが終わったら、今度は「ドラえもん」だ。

 パーマンもドラえもんも翔太も涼子も好きな番組で、ここから子供たちの時間が始まる。



 翌日、学校へ向かう。今日は土曜日なので昼までだ。

「いってきまぁす!」

「いってらっしゃい。車に気をつけるのよ」

「はぁい!」

 涼子は元気よく家を飛び出していく。家の前の道に出たところで、ご近所の曽我洋子とばったり会った。ヘルメットを被って自転車を押している。ちょうど乗り込んで出発しようとしていたところのようだ。

「涼子ちゃん、おはよう。今日も元気ねえ!」

 洋子は嬉しそうに挨拶した。

「お姉ちゃん、おはよう! 今日は昼までだもん。だから、帰ったら友達と遊ぶのよ」

「うふふ、今日は土曜日だもんね。私も学校から帰ってきたら、友達の家に遊びにいくつもりなのよ」

「お姉ちゃんの友達って、どこに住んでいるの?」

「川の向こうね。吉井川の。尾上小の出身なのよ」

 尾上小学校は西大寺地区の北部にある小学校で、「おのうえしょうがっこう」と読む。生徒数も由高小とあまり変わらない田舎の学校だ。この西大寺地区には小学校が四校あり、それぞれ卒業すると西大寺中学校へ入学する。

 この四校のうち、由高小だけが吉井川という大きな川の向こうにあり、他の学区から隔離されたような状態になっている。学区の区切りが曖昧な他と比べて、由高小は川ではっきり分かれているからだ。その分、東隣の邑久郡邑久町(現在の瀬戸内市邑久町)とは地続きなせいで、特に境界付近に住む子は、他校に友達がいる場合もあった。

「尾上かあ……行ってみたいなあ」

 涼子は尾上小の辺りには、ほとんど行ったことがない。子供だけで学区から出るには、親などの保護者と一緒でなくてはならない決まりがあった。そのため、小学生にとって学区外は滅多に行けない未知の世界だった。

 もっとも、五年生や六年生にもなると、こっそり自転車で学区外に出かけていくことは少なくなかった。誰かが検問でもしてるわけではないのでバレることもなく、正直なところ別に難しくはなかった。

「涼子ちゃんは駄目よ。学区の外にいくのは、ちゃんとお父さんかお母さんに連れて行ってもらわないと。誘拐犯が涼子ちゃんを狙ってるかもよ」

「ゆ、誘拐犯……」

 涼子はちょっと驚いた。しかしまさか、と思いつつも、昨日の

テレビで誘拐事件などが報道されているのをみた後では、ちょっと簡単に笑い飛ばすのは難しかった。どうしても頭を過ってしまうのだ。

「……あら、ちょっと怖がらせ過ぎちゃったかな? ごめんね。でも、いい子だから勝手に遠くに行ったら駄目よ」

「う、うん。行かない」

「じゃあ、早く学校に行きましょ。大丈夫? ひとりで行ける?」

「大丈夫だよ。私、もう三年生だし。それじゃあ、行ってきます」

「行ってらっしゃい」

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