朝倉隆之
涼子は心配になった。あの転校生が、自分の用があるらしい。まさか人気のないところに呼び出して、言いがかりでイジメに……なんてことを考えてしまった。そんなものに負けるつもりはないが、小学生ともなれば、さすがに男子相手に喧嘩は厳しい。朝倉はどこかインテリ風で、運動が得意な印象はないが、自分より背が高く力では負けそうな気がする。
もっとも、そういう話ではないとも思う。やっぱり未来の人だろうとも考えるからだ。
色々と考えていると、呼ぶ声がした。
「涼子ちゃん、こっちこっち」
悟が教室の外から涼子を見て手招きしている。そしてすぐにいなくなる。
「悟くん……あ、ちょっと」
涼子は、奈々子や裕美に「先に帰っていて」と伝えて、悟の後を追った。
校舎の裏、人気のないところに彼はいた。朝倉隆之は、眉ひとつ動かさず無表情のまま涼子を見ている。彼の周囲には、涼子の予想通りの面子が揃っていた。及川悟に佐藤信正、横山佳代、矢野美由紀、岡崎謙一郎――それに加納慎也もいる。
「何の用?」
涼子は怪訝な顔で朝倉に尋ねる。このメンバーは……やっぱり予想通りだった。
「まず僕のことを言っておく。僕は朝倉隆之。未来からやってきた」
涼子は、朝倉が予想通りの人物だったにも関わらず、思いのほか驚いた。
「えっ? 未来から……」
「そうだ。悟から聞かされているだろう。僕もその仲間だ。今回の遡行作戦の指揮を執っている」
「仲間って……でも北海道から引っ越してきたって先生が言ってたけど」
「ああ、そうだ。僕は北海道に住んでいた。それは事前に分かっていることだ。作戦前に打ち合わせていたし、定期的に電話で情報を共有している」
「……ふぅん、そうなんだ」
そう言いつつ、いまいちよく分かっていない涼子。それはそうだ。これまでにそういう作戦を行っていることは聞かされているが、それが本当のことなのか、いまいち実感できない。もちろん自分が、こうして過去に意識が戻ってもう一度人生を歩んでいることで、普通ではないことが起こっていることは理解できるが。
「すでに聞いているだろうが、君は将来――とんでもない発明をする。いわゆるタイムマシンだ。おとぎ話だと思いたければ思ったらいい。しかし、これは事実だ」
「べ、別に信じないわけじゃないけど……」
涼子は、どうもこの朝倉は苦手な感じだった。なんというか、とてもクールで攻撃的な雰囲気だ。目的のためには手段を選ばないといった、非情な感じがする。どこか冷たいのだ。
「君は今回の作戦の『鍵』といってもいい。君の将来の行方が、我々人類の未来がかかっているのだ。『因果』を踏まねばならない」
「因果ねぇ……なんかよくわからないけど」
前に悟から因果とかなんとか聞かされたが、正直実感はない。一応協力しているが、彼らだって善人なのか悪人なのか、はっきりと確信できない。
しかし朝倉は、そんな涼子の思惑など気にも留めていない風だ。
「完璧に理解しろとは言わない。ただ我々の行動に協力してもう。それだけだ」
「まあ、それはいいけど……」
涼子はやっぱり、この朝倉が好きになれなかった。悟たちが信頼する仲間だと言うから、まあ悪い人ではないと思うが、友達にはなれそうもないなと思った。
「涼子ちゃん。僕たちは人々の未来だけじゃないんだ。君の未来だってそう。再生会議の好きなようにさせておくわけにはいかない。改めてお願いするよ」
悟はそう言うと、涼子の手を取って強く握った。その手からは、どこか固い決意のようなものが感じ取れた。
朝倉隆之は優秀だった。転校してきた翌日に簡単な算数のテストをやったが、余裕の百点だった。百点は彼だけで、成績はいい涼子や悟も八、九十点ほどだった。
持田が新たなるライバル出現とみて、やたらと張り合おうとするが、まるで勝負にならなかった。小学生離れした頭のよさで、持田を完全に論破しヘコませる。持田は青い顔をして、朝倉を讃えるふりをして余裕のあるところを見せるが、それが本心でないことは誰の目にも明らかだった。以来、持田は、朝倉をどことなく避けているような感じがする。
朝倉は運動はあまり得意ではないようだが、頭脳こそが自分のすべてだと考えているようで、何も気にしていないようだ。
朝倉隆之は、仲間を自宅に招いて会議を開いていた。
朝倉の父は、大手化学薬品製造の企業に勤めている。岡山県にある工場に転勤になることで、北海道から引っ越してきた。ちなみに父親の実家は静岡県らしく、就職して数年静岡県の工場に勤務し、後に北海道の工場に転勤になったらしい。朝倉はこの北海道の生まれだ。
一般的な中流家庭であり、この岡山で住む家もごく普通の規模の二階建ての借家だった。
二階に朝倉の部屋と、彼の姉の部屋がある。姉は今、どこかに出かけているようで、自宅には不在のようだった。
公安のメンバーたちは、二階の朝倉の部屋に集まって会議を行っている。菓子や飲み物を持ってきた朝倉の母は、息子の大勢の友達に、驚きと喜びが半分づつだった。遥か遠くに引っ越してきて、なかなか友達も作りにくいだろうとばかり思って、心配していたからだ。
「悟、藤崎涼子の様子はどうだ?」
朝倉が言った。
「特にどうということもないよ。よくいる女の子だね」
実際には、よくいるわけがないのだが、涼子はこれまで周囲に馴染むように生きてきた。前の世界の記憶もあるが、それは伏せてある。悟には、ごく普通の女の子にしか見えなかった。
「そうか。その方がいい。変に勘ぐるような猜疑心の強い人間だった場合、いくら僕たちが手を回しても、それを悪い方に疑ぐるかもしれん」
「それは言えとるな」
佐藤信正は、そう呟くと大きく頷いた。
「でも、涼子は結構頭がいいわよ。いずれ勘ぐるようになるかも」
横山佳代は、ちょっと意地悪そうに反論した。しかし、朝倉にはそこまで深刻な点だとは思っていないようだ。
「ああ、それは懸念すべき点ではあるな。しかし、そうであれば、その時はそれなりにやりようがある。すぐでなければ問題はない」
「そうですね。変化があれば誰かしら気がつくでしょう。それはみんなでチェックしていけば問題ないと思いますね」
加納慎也も朝倉の考えに同意しているようだ。
様々なことを話し合ったが、気がつけば日が暮れている。横山佳代と矢野美由紀、それに佐藤信正は朝倉宅からはちょっと遠い。もう帰らないと親に叱られるとのことで、もう帰宅することになった。それもあって、もう他の悟たちも帰ることになった。
ぞろぞろと玄関を出て行く公安のメンバーたち。
玄関を出たところで、横山佳代がふとつぶやいた。
「どうして再生会議は、涼子を仲間に引き入れようとしなかったのかな?」
「簡単な話だ。奴らは自分たちの存在を伏せておきたいのだ。姿を現さず、僕たちが藤崎に説明しようが、見たことがないなら実感が湧かないだろう。反社会的な組織であれば、表に出ない方が有利だ。だから、そうやって行動した方がやりやすいと判断したんだろう」
「私たちはその反対で行動するわけか。なるほどね」
「しかし、奴らがどうやろうたって負けるわけにはいかない」
そう言って朝倉は、暗く沈む夕日を鋭い目つきで睨んだ。