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小学三年生

 二週間ほどの春休みも終わり四月に入った。桜の季節、涼子たちは三年生になった。

 赤い夕日が校舎を染める。あぁ~ああぁ~、しょうが~くさんねんせぃ……なんちゃって。

「典子! 今度は一緒だねえ!」

「うん、いっしょ、いっしょ!」

 涼子は典子と手を取り合って喜んだ。

 二年生の時には教室が違った、友達の津田典子と今度は同じ教室だ。

 涼子は三年生ではB組になった。一年と二年ではともにA組だったが、三年生ではB組だ。親しい子たちでは、村上奈々子、津田典子、太田裕美、奥田美香、矢野美由紀などが同じB組になった。

 男子では、及川悟や岡崎謙一郎などが同じ教室になった。悟の仲間である横山佳代と佐藤信正、加納慎也はA組である。

 親しいわけではない生徒では、またしても持田啓介と同じ教室になった。これで三年連続だ。少し鬱陶しい性格なのでちょっと残念……。

 あと、困った女の子も同じB組だった。真壁理恵子である。涼子にやたらと対抗心を燃やす、困ったちゃんだ。

 席に座っていると、ひしひしと視線を感じる。真壁理恵子は自分の親しい友達たちとのグループがあり、涼子たちのグループとはどうも仲がよくない。普段から険悪なわけではないが、時々ちょっとしたことで対抗意識が芽生えるのだ。特に体育の授業では対立しやすい。


 B組の担任は、斎藤麻里子という女の先生だった。あまり背は高くないが代わりに横幅は広く、いわゆるぽっちゃり系の体型をしていた。正直なところ、美人な容姿ではないが、表情に愛嬌があり、親しみやすそうな印象だった。ちなみに、去年教師になって、今回が二年目となる若い教師だ。去年は四年A組の担任だった。

「はぁい、B組のみんな! よろしく、担任の斎藤です!」

 よく通る大きな声で、笑みを浮かべながら挨拶した。これまでこんな明るい印象の先生ではなかったので、少々面食らっているようだった。

「うん? 最近の子はおとなしいわねぇ。三年B組の子は元気いっぱいな子だと先生は思っています。さあみんな、大きな声で元気に挨拶してみましょう! おはようございます!」

 斎藤が言うと、みんな一斉に「おはようございます」と言った。

「うぅん、ちょっと声が小さいかな。もうちょっと大きな声でいってみよう! おはようございます!」

「おはようございます!」

「はいっ、よくできました! みんなやっぱり、やればできるじゃないの。先生はとっても嬉しいです!」

 斎藤は満面の笑みでみんなを褒めた。ちゃんとやって、ちゃんと褒められたことが生徒たちには嬉しかったのか、涼子たち生徒もどこか嬉しそうな顔をしている。


「先生というのはとにかく偉い堅苦しいと思う人もいるでしょう。怖いと思う人もいるかもしれません。実際にそういう先生が多いです。しかし、私はそういう先生ではありません。みんなとは仲良く楽しく、時には厳しく学校生活を送っていけたらいいなと思います。先生と生徒でもありますが、先生と友達でもいて欲しいです」


 斎藤は生徒に人気があった。まず女子から人気が出た。とても明るく面白い、親しみやすい先生ということで、涼子の周りでも、奈々子や典子がよく懐いている。

 また、少しギスギスした性格の理恵子にも明るく声をかけて、親しく接している。斎藤は編み物が趣味らしいが、理恵子も母親に教えてもらって始めていたらしく、そのことでも楽しそうに斎藤と話していた。

 斎藤は生徒たちをあだ名で呼んだ。大抵は友達同士の間で呼ばれているあだ名だ。ただ、呼び捨てはせず、涼子なども「涼子ちゃん」だったり、奈々子は「ナナちゃん」だったりする。持田は友達から「もっちゃん」と呼ばれているが、斎藤も同じように呼んでいる。

「先生。わたしね、ケンバンで吹けるようになったのよ」

 典子が最近吹けるようになったらしい、「かっこうワルツ」を披露した。

「典ちゃん、すごいじゃない。上手いわねえ!」

 斎藤は満面の笑みで典子の演奏を褒めた。

 ケンバンというのは、「鍵盤ハーモニカ」のことだ。地域によって様々な呼び名があり、ピアニカやメロディオンと呼ばれる地域もある。ちなみにこれらの名前はメーカーの商品名であり、いわゆる登録商標だ。ピアニカがもっともよく呼ばれているという。

 この由高小学校では、短縮して「ケンバン」と呼ばれているが、これはかなり珍しいようだ。

 ちなみに由高小学校では、鍵盤ハーモニカは三年生で使わなくなるようだ。夏頃からリコーダーを習うようになる。涼子の場合、来年翔太が入学するので、使わないなら涼子のお下がりを——とはならないようで、翔太には別に新品を買うことになるようだ。

「わたしもよぉ。わたし、チューリップ吹けるもん」

 今度は奈々子が披露する。

「ナナちゃんも上手いのねえ!」

 斎藤は、今度は奈々子を褒めた。

 斎藤は女子生徒たちに囲まれている。その様子を涼子はしみじみと眺めていた。前の世界の記憶もよみがえる。


 涼子も斎藤のことが大好きだった。涼子は斎藤の記憶がある。前の世界では、涼子ならぬ涼太は数ヶ月前の父親の事故死を引きずっており、教室の中でもどこか浮いた存在だった。しかし、そんな涼太の手を取って、同級生たちの輪の中に導いてくれた。夏頃には母が働くために引っ越ししたため、そこまでだったが、それまでは普段の自分を取り戻せたようだった。

 最後の登校から家に帰ってきて、子供部屋でしゃがみこみ、涙が出た。斎藤と別れたのがそれだけ悲しかった。

 涼子は、その斎藤が目の前にいることに密かに感動していた。

 ――斎藤先生だ。もう会えないと思っていた……が、また会うことができた。

「涼子ちゃん。どうしたの? 先生の顔に何かついてる?」

 斎藤は、自分のことをじっと見つめていた涼子を不思議に思って声をかけた。

「え? う、ううん。そんなことないです。――先生。私も吹けるよ」

 涼子は「きらきら星」を演奏した。あまり上手くないが、最初はまあまあ……だったはずが、間違えて変な音になる。

「涼子、間違えたぁ!」

 典子が楽しそうに言った。

「あちゃあ、間違えたよ」

 涼子はそう言って、さらに変な音を出す。これはウケを狙ったわざとだ。それを周囲の女子たちはみんなで大笑いした。斎藤も笑う。みんな楽しそうだった。

 ——楽しい。本当に楽しい学校生活だ。

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