六年生を送る会
二月も半ばになると、六年生の卒業イベントの練習をするようになる。
由高小学校では、「六年生を送る会」なるものが二月末にある。卒業式とはまた別の行事で、毎年四月には「一年生を迎える会」と言う行事もある。卒業式のような式典とは違い、運動会や音楽会などの学校行事に近い感覚だろうか。
大抵、道徳の授業などを練習時間に変更して事前の全校練習を行う。
体育館に全校生徒が集められ、それぞれの役割を練習するのだ。初めは私語や、受けを狙ったのかワザと周りと違う動きをして教師たちに怒られたりすることがあったが、数回やっているうちに段々とちゃんと行動するようになっていった。
「なぁかよく遊んでくださった――」
涼子たちは合唱の練習をしている。
「六年生のぉ、お兄さん――」
みんな一生懸命、大きな声で歌っている。この歌も一月頃から音楽の授業で練習を始めており、この頃には歌詞も覚えて全校練習に入る。
「おぉめでとぉ、おぉめでとぉ、ご卒業ぉ、おめでとぉ――」
在校生のパートだ。
「あぁりがとぉ、君たちぃ、ありぃがぁとぉ――」
六年生のパートである。対話風の歌詞になっているのだ。
本番までしっかり練習するので、内容はよくわかっている。イベント的には、「卒業生と在校生の感動的な別れの会」といった体であろうが、結局は当日、これまでに頑張って練習したことを披露するだけのイベントだ。
まあ、この種のものはすべてそうなのだが。
「あぁあ、面倒だよなあ。……なあ?」
四年生の男子が、仲のいい同級生に愚痴っている。各学年の配置の関係で涼子の隣には四年生がいるのだ。
「そうそう、六年とか別に仲いい人なんかいないし」
「めんどくせえ」
散々な言い草だ。教師たちがそばにいないこともあって、好き放題言っている。涼子たちは練習が始まると一生懸命なので、そういう愚痴は聞こえてこないが、四年生くらいになると普通に言っている。
――でもまあ、そんなもんだよね。そもそも対面している六年生も、面倒臭そうな顔をしている生徒がいる。似たようなことを考えているのだろう。
「声が小さい! もっと元気よく!」
しかめ面の中年教師が凄みのある表情で叫ぶ。悪さをするとほおを思いきり叩かれると噂される国富先生だ。さすがに怖い先生に言われると、生徒たちもよく言うことを聞く。すぐに生徒たちの歌声も大きくなる。
全校練習が終わると、みんなぞろぞろ教室に戻っていく。
「ねえ涼子、あと帰りの会だけよね。いっしょに帰ろ」
奈々子が側にやってくる。さらに奥田美香や加藤早苗もやってきた。まだ寒い二月の午後だった。
それからしばらく経ち、暦は三月に入った。卒業式は来週だ。
今日は日曜日。涼子はご近所の曽我家に遊びに行っている。
「隼人も中学生だねえ」
「まあな。もうお前を学校に連れて行く必要なくなると思えば、やれやれだぜ」
隼人はニヤニヤしながら涼子の頭を撫でた。
「別に頼んだわけじゃないし。私も、ようやくひとりで登校できるし」
そう言って、スルリと隼人をかわして逃げる。そして隼人を見ると、
「卒業、おめでと!」
と笑顔で言った。
「ばぁか、まだ早いよ。卒業式は来週だからな」
隼人は少し照れた表情でつぶやいた。
「……そうだったね。あはは」
涼子もちょっと照れくさかったのか、頬を染めて笑った。
三月に卒業式が終わると、涼子たち在校生は冬休みだ。二週間程度の短い休みだが、四月には三年生。希望に胸を膨らませ、涼子はまだまだ歩んでいく。