友里恵の夢
祖父にそれぞれ駄菓子を買ってもらい、ホクホク顔で戻ってきた子供たち。大人たちはテレビの正月番組を見ながら、酒を飲んで世間話に花を咲かせる。
内村政志はアルコールに弱く普段も飲まないが、ここでは飲み慣れないビールをチビチビやって、楽しそうに喋っていた。酒好きの敏行は熱燗を呑んでご機嫌である。千恵子と真知子は、夫に酌をしたりつまみを用意したりと忙しそうにしていた。
涼子と友里恵は弟たちの面倒をみる仕事を言い渡されていた。
翔太と友里恵の弟、秀彦は同い年だ。幼稚園児だが、大人しく社交的なところがあり、翔太とも仲がいい。
翔太は秀彦が持参した、現在放送中の「特装機兵ドルバック 」のおもちゃを興味津々で眺めている。そして二言目には「おかあさん、ぼくもほしい!」である。しかし、真知子はいつものように「ダメ!」のひと言で却下する。翔太もそれをわかっているのか、以前ほどしつこく駄々をこねなくなった。
「ねえ、涼子ちゃんはお年玉は何に使うの?」
「うぅん、そうだなあ……ファミコンが欲しいけど、お母さんがだめって言うから……」
ファミコンも発売から数ヶ月が経ち、テレビゲーム業界の覇権を握りつつあった。涼子たちの周囲でも人気は凄かったが、テレビゲームを嫌う親は多く、真知子もそのひとりだった。悪いことに、近所に住む小学生の親が、やむなく子供に買い与えるや、その子は勉強せずに遊んでばかり。放っておくと、いつまでもテレビを占有して止めようとしない――などの話を聞いて猛反発している。遊びすぎると目が悪くなる、と言う健康上のデメリットも合わせて批判の対象になっている。
このせいで涼子は当然買ってもらえず、お年玉も使わせてもらえず、友達の家で遊ばせてもらうことになる。
「あぁ、ファミコンかあ。そうだよねえ。人気だもんね。私の同級生も持ってる子がいてね、人気者だよ」
「やっぱりそうなんだ」
涼子はその時、持田の顔を思い出した。誕生日プレゼントとして、十一月に同級生の中で一番最初に手に入れていた。もちろん仲のいい同級生たちに自慢をしていた。その時の周囲の羨望の眼差しと、持田の得意な顔といったらない。授業中にまでニヤニヤしていたものだから、先生に注意されたくらいだ。
涼子もそうだが、奈々子や裕美、美香、早苗も持っていない。後日、典子の兄がお年玉で買ったために、典子の家にはあることになるが、典子ではなく典子の兄のものなので、滅多に触らせてはくれない。
唯一、岡崎謙一郎が十二月に入ってから買ってもらっていたので、涼子は悟たちと一緒に岡崎の家で遊ばせてもらった。
涼子は未来のゲームを知っている。ニンテンドーDSだって、プレイステーションだって持っていた。それに比べるとこの時代のファミコンなど、本当に単純でつまらないものかもしれない。
しかし、何年もこの昭和の時代で生活していて、この時代ならではの遊びや娯楽にまた馴染んでくると、このレトロなファミコンであろうが、とても楽しいと感じた。
「お年玉で買うって言ってた子がいるんだよ。羨ましいなあって」
「そうねえ。私はそこまでほしいとは思わないし、弟たちも小さいから、うちで買うのはちょっと先の話かな」
「ふぅん」
友里恵はそう言っているが、実際には今年の春頃に誕生日プレゼントとして買ってもらっうことになる。それもあって、今年の五月の連休には内村家に遊びに連れて行ってもらって、翔太とともに存分にファミコンで遊ばせてもらう。
「私はね、将来――歌手になりたいの。涼子ちゃん、中森明菜知ってる? すごいのよ」
友里恵は歌手になりたいらしい。それはどうも、中森明菜に影響されているようだった。
この頃の中森明菜は、昭和五十七年の五月にデビューして以来、高い人気を誇っていた。同じく人気アイドルだった松田聖子とトップを競う人気だった。
ちなみに丁度この日――昭和五十九年一月一日に七枚目のシングル「北ウイング」の発売日でもあった。友里恵は当然それを承知しており、なんとかこのレコードを買いに行けないか考えていた。が、今のところ、店は開いていないし買いに連れて行ってもくれそうにないので、半ば諦めている。
「中森明菜か。ベストテンで見た……あっ、昨日、紅白歌合戦で歌ってたよ。確か」
「そうそう、「禁区」よ。こうで、こう――でね、こう」
友里恵は満面の笑みで、昨年発売され紅白歌合戦で歌われた「禁区」の振りを真似して熱っぽく語り始めた。
「こうやってね。わかる? このポーズなのよ」
友里恵は止まらない。しかしアイドルにあまり興味がなかった涼子には、いまいちピンとこないし、これだけ熱弁振るわれても「そうなんだ」とか「すごいんだね」とか言って聞いているしかなかった。
夕食は、いつも通り寿司だった。備前の祖父母の家で食事となると、必ず寿司だった。
翔太は寿司が好きで、ここに来ると必ず「ごはんたべる!」と言って寿司をねだる。もちろん涼子も寿司なんて滅多に食べられないので、祖父母の家に行く楽しみのひとつだった。
「タコ、いらなぁい」
翔太が握りのタコを指で押しのける。翔太はタコが苦手で、別の料理でも嫌う。イカはそうでもないらしいが、それほど美味しそうには食べない。
涼子はタコは別に嫌いではないが、貝系がダメで、当然ホタテなどは論外だった。寿司ではないが、牡蠣は特に苦手で、他にもアサリやシジミなどももちろん食べられなかった。
真知子は子供たちに好き嫌いを無くさせようと、色々とやってきたが、これらは結局だめで今では諦めている。
友里恵は、そんな翔太を見て、声をかけた。
「じゃあ、お姉ちゃんが甘エビと換えてあげようか?」
「うんっ!」
翔太は大喜びで、好物の甘エビを友里恵に交換してもらった。
さすがいとこの中で、一番年上のお姉さんだけある、と涼子は思った。実は、友里恵は甘エビが苦手で、こういう時にはいつも誰かと交換してもらっている。普段は弟の秀彦が、イカが苦手なので毎度交換している。
涼子がホタテを食べていないのに伯母の千恵子が気がつくと、
「あ、涼子ちゃんはホタテ嫌いだったわねえ。おばさんのどれかと換える?」
と言った。
「うん。えぇと……」
涼子はどれにしようか迷って、散々迷って決めかねていた。こういう時、いつも迷うのは涼子の悪い部分だった。割と決断できないタイプなのだ。
「ほら、何を迷っているの。涼子はアナゴは食べられるんだから、これでいいでしょ」
真知子が横から涼子のホタテを取り上げると、自分の方にあったアナゴを涼子の方に置いた。
「もう、今決めようと思ってたのに!」
「そんなもの迷うようなことじゃないでしょ。早く決めないからじゃない」
涼子の抗議も真知子にはまったく効かない。周囲の大人たちは微笑ましい光景に一斉に笑った。