年賀状
「お母さん、私のは?」
「ちょっと待ちなさい……ええと、これとこれ――それからこれも」
真知子は、自分と敏行宛の分をざっと取り分けると、今度は涼子宛の年賀状を分けていく。
「これだけね。十八枚あるわね。なんだか去年より増えたわねえ」
涼子宛の年賀状は全部で十二枚だった。友達関係が主で、残りは親戚などだった。いとこの藤崎知世や内村友里恵のもあった。
友達関係は特に中のいい奈々子や典子、裕美はもちろん、奥田美香や加藤早苗などもある。もちろん悟の仲間たち、横山佳代や矢野美由紀などからもきていた。悟たち男子ももちろんだ。
珍しいところでは、持田からもあった。彼はどうやら同級生全員に送っているらしく、一年生の時にまさかくるとは思っていなかったので、慌てて書いて送ったことがある。
やっぱり小学生は手描きが多い。皆、それぞれ自分なりに好きな絵を描いている。
年賀状を作るにあたって、数年前の昭和五十二年に「プリントゴッコ」が発売されて以来、年賀状制作の代名詞のひとつといってもいいくらいの知名度を得た。
涼子の家では持っていないが、同級生には数人使っている生徒がいるという。涼子宛に届いたものの中には、友達の横山佳代や加藤早苗などが、プリントゴッコで力作を制作していた。
そんなプリントゴッコも、現在ではパソコンからのプリンター印刷などに駆逐され、平成二十四年にすべての事業を終了している。
アナログな道具がデジタルに取って替わられる……時代の流れとはいえ、どこか複雑な思いが……。まあもっとも、近年では年賀状自体が廃れつつあるようだが。
敏行はたくさん年賀状がある。仕事関連が多い。先月、暇を見つけては取引先への年賀状を書いていた。自営業は大変だなあ、と涼子はしみじみ感じた。
去年もそうだが、四日から仕事が始まると、まず挨拶回りか始まるそうで、一日中工場には戻ってこない。
また、ただ挨拶するだけではなく、日本酒の一升瓶や「大手まんぢゅう」などを持参して行っている。結構なお金だと思うが、それで結果的にはたくさん仕事をまわしてもらって、それ以上に儲けさせてもらうので問題ないらしい。
「あ、みっちゃんのだ。やっぱりみっちゃんはうまいなあ」
涼子は美香の年賀状を見て言った。
「これクリィミーマミだよ、お母さん」
「ふぅん、そうねえ、上手ねえ」
真知子は、クリィミーマミがなんというキャラクターかよくわかっていない。涼子たち子供が見ているアニメのキャラクターなのはわかったようだが。ただ、涼子の絵からしたら別次元かと思うくらい上手いと思ったようだ。
「やっぱり流石だねえ、みっちゃんは」
涼子は美香の年賀状をしばらく眺めてうっとりしていた。そして自分もこのくらい描けたら、絵描きもさぞかし楽しかろうと思ったが、現状それは困難を極めるレベルの画力なのを悔しく思った。
典子の年賀状はパーマンだ。正直下手くそで、涼子と肩を並べるくらいだった。初め何を描いているのかわからなかった。
奈々子や裕美も頑張って書いたであろうが、涼子とどんぐりの背比べだ。奈々子は着物を着た女の子のイラストと思われるものを描いていた。裕美は犬? や、熊? と思われるイラストだ。そして「あけましておめでとうございます」とデカデカと描かれていた。赤のマジックで縁取りまでしている。
ちなみに涼子は下手なのはわかっているので、比較的描きやすいもの、鏡餅やコマなどを描いた。
「おねえちゃん、ぼくも、ねんがじょう!」
翔太が年賀状に興味を持ったらしく、見せろと言ってきた。
「だめ。これは私のだし!」
「みぃせて! おねえちゃん!」
「だぁめ!」
「おかあさぁんっ、おねえちゃんがぁ!」
翔太は母に泣きついた。いつものパターンだ。そして真知子が動く。
「こら、涼子。意地悪しないで見せてあげなさい」
「はぁい……」
涼子は少し不満げに数枚の年賀状を翔太に見せた。
翔太と外で遊ぶために玄関から表に出てくると、ちょうど曽我家の人たちが家から出てきていた。
涼子と翔太が家から出てきたのに気がついて、曽我洋子が姉弟に声をかけた。
「涼子ちゃん、翔くん。新年あけましておめでとう」
曽我洋子は、涼子と翔太新年の挨拶をした。
「あけましておめでとう、ございます!」
涼子も元気よく挨拶した。洋子の母もやってきて新年の挨拶をした。それに続くように、隼人と雅人、それに洋子たちの母親もやってきて、賑やかになる。
「今日も寒いわねえ。風邪ひかないようにね」
「うん。お姉ちゃん、どこか行くの?」
「ええ、これから初詣にね。そのあとおじいちゃんの家に行くのよ」
「ふぅん、私もお昼ご飯の後におじいちゃんの家に行くよ」
「そう、涼子ちゃんもなのね。おじいちゃんに会うの楽しみ?」
「うん、楽しみだよ!」
涼子が答えた後、洋子の後ろから隼人が出てきて、
「おじいちゃんに会うのが楽しみなんじゃなくて、お年玉をもらうのが楽しみなんじゃねえの」
とからかうような口調で、ニヤニヤしながら言った。
「違うもん! 隼人じゃあるまいし! というか、隼人はお年玉のことしか考えてないんだね」
涼子は反論した。隼人はこれにカチンときたが、洋子が「ほんっとうに、バカな弟ね! あんた、それしか頭にないの?」と、隼人の頭にゲンコツをお見舞いして涼子を援護した。
「いってぇ……、んなわけねえだろ!」
「じゃあ、お年玉はいらないのね? あんたのお年玉、私が預かっておくわ」
「そ、そんなわけねえだろ! ふざけんな! 誰が預けるか、このブス!」
「あんた、この私によくそんな口が聞けるわね……」
姉と弟で喧嘩が勃発しそうなとき、ふたりの兄である雅人が出てきて、「こらこら、正月早々から喧嘩はよそう。涼子ちゃんや翔くんの前で恥ずかしいだろう」とふたりの仲裁に入った。
雅人に言われてシュンとなる洋子と隼人。
この曽我雅人は高校生だ。岡山県立朝日高校の生徒で、普段は滅多に会わない。通学はバスであり、朝早い上に晩も遅いので、涼子は会う機会が少ないのだ。今日も久しぶりに会った。
そんな折、涼子たちのいる道に白いトヨタ・クラウンがバックで侵入してくる。洋子たちの父親の車だ。二年ほど前に買い替えたばかりの新車で、前車も新車のクラウンだった。聞いた話ではどこかの会社の役員をやっていると聞く。お金持ちなんだな、と子供ながらに感じていた。
「それじゃあ、行ってくるね」
「行ってらっしゃい!」
涼子はゆっくりと出発していく曽我家のクラウンを手を振って見送った。