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 一九七八年。涼子が三歳の誕生日を迎えた、その二ヶ月後の十一月三日に弟が誕生した。予定通りの誕生日である。

 弟には「翔太」と名付けられた。

 涼子は、翔太の名前は、やっぱり前の世界と同じなのか……と思った。自分の場合は、性別が変わっているから、前と一緒では不都合なんだろうと理解した。

 生まれて間もない翔太には、まだ何となく実感が湧いてこない。この赤ん坊が、後年あの翔太になるのかと思うと、本当にそうなのだろうか、としか思えないのだ。



「しょーた、しょーた」

「そう、翔太よ。涼子ちゃんの弟よ」

「おとーと」

「そう、弟。お姉ちゃんになったんだから、翔太と仲良くね」

「うん! しょーた、おとーと。りょうこはおねえちゃん。だからしょーたと仲良くするの」

 涼子は嬉しそうに言った。

「そうよ。涼子は偉いねわえ」

 真知子は涼子の頭を撫でた。



 翔太が生まれて半年ほど経った。ヨチヨチと動き回れるようになって、元気いっぱいである。言葉は当然話せないが、両親や、涼子の言っていることを真似して言おうとしている。もちろん言葉になっていないが。

 翔太は、周囲の人から愛されている。親戚などもやってきては、翔太を見て喜んでいる。両祖父母も、何度か藤崎家にやってきて、翔太を見て満面の笑顔である。まさに我が家のアイドルといった感であった。涼子の時も同じような状態だったが。


 涼子は、ベビーベッドで眠る翔太を覗き込んでいた。翔太はどんな人間に育つのだろう。

 前の世界において、藤崎翔太とは、あまり良好な関係ではなかった。小学生くらいまでは、割合仲が良かったと記憶しているが、中学生、高校生と、時が過ぎるのに合わせて微妙な関係になっていった。特に二十代以降は、会って話をすることすらなかった。

 翔太は、基本的に「わがまま」な人間だった。何かしら我慢を強いられてきたことが多かった涼子に比べ、運がよかったのか様々な場面において、ことがうまく運ぶ場合が多かった。

 高校卒業後の進路についても、涼子——このころは涼太——は、ちょうどいろいろあって家計の厳しいときで、早く働いて収入を得たいと思ったから就職を選んだ。しかし三年後、翔太が高校を卒業する時には、厳しかった家計も安定してきて、大学進学も問題なかった。もちろん翔太は進学した。

 高卒で働く道を選んだ涼太のその後は、もうすでに知っての通りだ。うまくいかずに転職を繰り返し、安い給料で細々と暮らす毎日だった。

 しかし、翔太は違う。進学で大阪の大学に行くと、そのまま大学卒業後も大阪で就職し、それも某大手電気機器メーカーである。急速に出世していったわけではないが、安定してサラリーマン生活を満喫して、年収はおそらく、涼太の倍以上と思われるほどに差をつけられた。妻とふたりの子供に恵まれて、マイホームも大阪に建てており、ボロアパート暮らしの涼太とは隔世の感である。

 また翔太は、兄のことを疎ましく思っていたようだ。まあ、社会の底辺を歩き続けていた兄など、順風満帆な自分にとっては隠したい汚点であるようだった。

 そういったことが前の世界にあって、涼子の心境は、実は複雑なものがあった。


 しかし、涼子は生まれ変わった。前の世界とは違う。

 翔太だって、生きていくうちに、いろいろとあってすれ違いが生じてきた。結果、次第に関係が悪くなったのだ。うまくやっていけたら——今度は、今度こそは、この弟と仲良くやっていけるかもしれない。そんな期待を抱いて、思わず笑みがこぼれた。

「涼子も嬉しいか。うん、うん」

 背後から敏行が言った。

「う、うん。うれしい!」

 涼子は笑った。父が背後にいたのに気がつかなかった。妙に真剣な顔をして考え事をしていたなんて気付かれたら、違和感をもたれるかもしれない。気をつけねば、と涼子は思った。



 年が明けて一九七九年。幼児時代をふたたび生きることになって、子供のことについて日常的に考察している。幼児にとっての娯楽はやっぱり、「おもちゃ」や「アニメ」だろう。漫画はまだ早いと思っている。文字がまともに読めない年齢だからだ。

 この年は、後年子供たちに人気の漫画やアニメがいくつか誕生している。

 まずは、「キン肉マン」だ。この年の五月から週刊少年ジャンプにて連載された。涼子も前の世界において、キン肉マンは大好きな漫画だった。ただ、キン肉マンを読むようになったのは、小学生になって以降である。テリーマンやブロッケンJr、ロビンマスクにラーメンマン、ウォーズマンなどの人気超人が登場し、人気に火がつく。それから悪魔超人などが登場し、バッファローマンや悪魔将軍、アシュラマンなどよく知られたライバルたちが次々現れ、社会現象になるほどの人気を博した。このあと、八十年代前半を代表するマンガのひとつだ。

 アニメにおいては、「ドラえもん」の新シリーズが四月から放送されている。新シリーズは、この年から四十年近くの長期に渡って放送されており、二〇〇五年に声優を交代して、未だに続いている長寿番組だ。ドラえもんの声を大山のぶ代が担当している。新しい声も知られてはきているかもしれないが、おそらく大半の人が想像するドラえもんの声だろうと思う。

 ドラえもんは、親たちも知っており、涼子も両親と一緒に毎週視聴している。ちなみに、よく観るようになったのはもう少し後で、このころは時々テレビでみかけたらみる程度だった。藤子不二雄アニメは有名なものがたくさんあるが、六十年代にアニメ化している「パーマン」や「忍者ハットリくん」「怪物くん」などの著名なものも、これから数年おきに次々と二作目が登場していく。

 それから、この年は「機動戦士ガンダム」の放送が始まった年でもある。ロボットが戦争兵器として存在すると言う、この当時ではロボットアニメとしてはかなり斬新なアニメだった。当然に視聴率もあまりいい方ではないようで低迷したが、最終回を迎えた後に、プラモデル——いわゆる「ガンプラ」などで社会現象化した。

 このガンダムの成功が、のちに「リアルロボット路線」とも言える、ロボットアニメのジャンルが生まれていくことになる。

 もうひとつ、宮崎駿監督の初映画監督作品「ルパン三世 カリオストロの城」がこの年の十二月に公開されている。ルパン三世と言えば、カリオストロだと言う人も多のではないだろうか。



 一九七九年四月の現在で、三歳となっている。今年の誕生日で四歳だ。幼稚園に入園する歳では、と思う人もいるだろう。しかし、涼子は来年の四月に、岡山市立泉田幼稚園に入園することになる。これは、幼稚園が二年保育になっているからだ。さらに、涼子は保育園にもいっていない。母親である真知子は専業主婦で、涼子の育児に熱心だったのもある。

 涼子にとって、幼稚園は割と楽しかった記憶がある。ただ、女の子として誕生した涼子が、多くの同年代の子供がいる幼稚園で、どういう生活となるか、予想がつかなかった。そういうこともあって、来年が少し心配でもあり、楽しみでもある。

 行動力は高まり、言葉も少しづつ普通に話せるようになっている。日々も楽しく、充実してきている。

 しかし、あの六月が……この年の六月が、少しづつ近づきつつある。あの日、事件は起こる。

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