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仕組まれた事故

『藤さん、どうかい?』

「ええ、来週には間に合いますよ。気合い入れてやってますからね。任しといてくださいよ」

『さすが、藤崎工業はええ仕事するねえ。吉田部長、喜ぶぜ。それじゃあ頼むよ』

「ええ、それでは」

 敏行は受話器をおくと、ふぅ――と一息ついてタバコを取り出し、火をつけた。

「よしよし、いい感じだ。本当に絶好調だな。ふふふ、これならボーナスは弾んでやらんとなあ」

「あら、いいですねえ。ボーナスですか」

 事務員として来てもらっている中年女性、河本は、ふくよかな体型を小さく揺らしながら、楽しそうに声をかけた。

「この仕事は大きいからねえ。河本さんも期待してくれよ」

「あらまあ、アルバイトの私にまで?」

「もちろんだとも」

 敏行はふたたび煙草をくわえて、うまそうに吸った。

「まあ、嬉しい。楽しみにしてますねえ」



「涼子、どうしたの?」

 同級生であり、未来から遡行してきた悟の仲間、横山佳代が少し心配そうな顔をして声をかけた。

「ううん、なんでもない」

「そう? 最近特に寒くなってきたし、無理しないでね」

「うん、ありがと……」

 涼子の様子は明らかに暗かった。

「涼子……」


 昼休み。悟たちが、校舎裏の目立たない場所に数人で集まっている。メンバーは、いつもの同級生たちだ。しかし今回は涼子がいない。

 目の前にいる仲間たちに向かって、神妙な面持ちで及川悟は話し始めた。

「さて――この昭和五十八年の「因果」。今年の最大にして最重要な因果がもうすぐ起こる。詳細は放課後に集まって会議を行おうと思う」

「涼子の家のことね」

 横山佳代は、真剣な顔つきで言った。

「そうだよ。もっと言うと、涼子ちゃんのお父さんのことだ」


「——これはどうしても踏まなくてはならない『因果』です。これを踏み損ねた場合……これまで我々のやってきたことが、すべて無駄になってもおかしくないものです」

 公安の参謀、加納慎也はいつもの優しい顔立ちを、少し険しくして仲間たちに詳しく説明した。

 ――その『因果』とは……。

「藤崎敏行さんの命に関わることなのです」

「命に関わること?」

「そう。十二月十六日、金曜日。この日の午前中、藤崎さんのお父さんの会社、藤崎工業からトラックが一台、津山市にある工場に向かって出発します――」


 藤崎工業は、大きな仕事を受注していた。知っている工事会社から、「うちでは納期に間に合わないから、引き受けてもらえないだろうか?」と連絡があった。忙しかったが、かなり割のいい仕事で、なんとかやれそうだったため、敏行は引き受けることにした。

 そして、がんばって完成させ、この十二月十六日に津山市にある発注元の会社に直接納品する予定だった。

 無事に納品して、夜遅くなる前には帰ってくるつもりだが、結局日は暮れて備前市の辺りまで戻ってくるころには、もう真っ暗だった。しかも、この日も連日の冷え込みから雪が降るほどではないにしろ、場所によっては路面が凍結して、道路の走行が危険な場合もあった。

 津山から数時間かけて、ようやく自宅からそう遠くない備前市まで帰ってきた時には、敏行も照久も疲労が限界まできており、とても危険な状態にあった。

 そんな時、事故は起こった。

 山間の下り道で、凍結した路面で運転を誤り、カーブを曲がりきれずに道路から飛び出した。トラックは大破、乗っていた敏行と照久は亡くなった。


「そんなことが……それを阻止するのか?」

 佐藤信正は、少々言葉を発することに気後れしつつも、加納に尋ねた。

「そうです」

 公安のメンバーたちがざわついた。そして、横山佳代は、ひとつの疑問を口にした。

「でも、それは……因果なんですか? むしろ、本来に戻すと言うよりも……」

「いえ、因果なのです。――そう、これは報道で見れば、ただの事故です。しかし、これが何者かの手によって引き起こされた『仕組まれた事故』だとしたら?」

「まさか、再生会議によって事故に見かけられたって言うのか?」

 佐藤は驚き、加納に詰め寄るように身を乗り出して言った。

「ええ、そういうことです。もっとも事故に見せかけられたのではなくて、事故をするよう事前に仕組まれたようです」

「それで、僕たちの役割は?」

 岡崎謙一郎は、少し不安そうな表情で言った。

 みんなが注目する中、加納はちょっと気の抜けたような表情で言った。

「我々に役目は特にはありません」

「ない? ……そうなのか?」

 佐藤は拍子抜けの顔で、加納を見た。

「ええ。別に人を用意して、そちらが津山に行って再生会議の行動を阻止します。僕たちではどのみち無理ですからね。小学生に津山まで行って行動するのは困難です。さすがに親の目を逃れるのはちょっと難しいでしょう」

「それはそうだ」岡崎は胸をなでおろした。その辺りが心配だったようだ。

 しかし、佐藤にはまだ気になることがある。

「その別働隊は信用できる奴らなのか?」

「ええ、こちらもようやく、大掛かりに行動できるだけの人とお金が揃いつつありますから」

 公安の遡行チームは、もちろんこの子供たちだけではない。子供だけでは完全には不可能だ。行動範囲も時間も大きく制限される。

 例えば、彼ら小学生には自動車は運転できない。自動車での行動が必要なら、免許と自動車を所有している協力者が必要だった。それは遡行を決行した二〇一七年当時には、すでに定年を迎えた元公安の捜査官などが事情を聞いて協力していた。

 半信半疑で協力を断られる場合も多く、かなり苦労したようだ。

「学校の中では僕たちの仕事です。今回は僕たちにできることはありません。成功を祈りましょう」


 ――それから時は過ぎ、その日はやってくる。



「よし、それじゃ行くか」

 敏行は納品する機械を積み込んだトラックに乗り込むと、エンジンをかけた。助手席には市川照久が乗り込む。

 那須が笑顔で声をかけた。

「藤さん、気いつけて」

「おう、それじゃあ行ってくる。……源さん、後は頼むよ。今日は定時上がりだから」

「ああ、分かっとるよ。気をつけてな」

 敏行は、ゆっくりとトラックを発進させた。工場の前の用水路を渡って、前の道路に出ると、すぐに右折して速度を上げる。

「さあ、津山まで出発だ」

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