冬が来た
「ふ、ふわぁ……くしょん!」
涼子は登校するのに玄関を出た途端、大きなくしゃみをした。それを見た近所のお姉さん、曽我洋子が心配そうな声で声をかけた。
「涼子ちゃん、大丈夫?」
「あ、うん。なんともないよ」
涼子は両腕をブンブン振り回して、元気さをアピールした。
曽我洋子もこれから登校だが、彼女は自転車通学だ。入学前に新しく買ってもらった自転車と、校則で義務付けられているヘルメットを着用している。
余談だが、彼女の通う岡山市立西大寺中学校は、男子は「坊主頭」、女子は「おかっぱ頭」が校則で決まっていた。なので、小学生の頃は肩にかかるくらいの長さだった髪を、現在は耳が隠れる程度の長さに変えている。
ちなみにこれは、涼子が中学生の頃も続いていて、その後、翔太が中学生になる頃に「強制はよくない」「時代にそぐわない」などの批判が出て廃止になっている。なので、翔太は坊主になることを免れている。
「寒くなってきたし、風邪をひかないように気をつけてね」
「うん、それじゃ行ってきまぁす」
「行ってらっしゃい――」
ヘルメット姿の洋子は、涼子が元気よく歩いていく姿を見送って、自分は道の反対方向に向かって自転車を漕ぎ出した。
涼子は今日、ひとりで集団登校の集合場所に向かっている。普段は、ご近所の子であり曽我洋子の弟である曽我隼人と一緒に向かっている。別にひとりで行っても何も問題なかったが、曽我洋子が小さい涼子が安心して登校できるよう、弟に命じていたものだ。
今日は隼人が風邪で休んでいる。昨日の晩から熱が出て朝も下がっていないので、今日は休んで医者に診てもらうとのことだった。
途中、いつも一緒に集団登校している顔見知りの五年生の女子と遭遇して、一緒に集合場所まで行った。
「今日さむいね。――これね、手ぶくろかってもらったの」
涼子の友達、太田裕美は嬉しそうに、マイメロディのイラストがプリントされた手袋を涼子に見せた。白とピンクのツートーンで、甲の部分にイラストがある。去年もそうだが同級生の間では、この種のキャラクターがプリントされたものが好まれているようだ。
涼子は去年、母親が買ってきた手袋をしている。黄色に赤の横縞の入った、スタンダードなニット手袋だった。これは時代を選ばず安定した支持を得ているタイプのものだろう。真知子は最近、あまり子供っぽいものは好まず、これを買い与えたようだ。涼子もあまり幼稚なのは気に入らないので別に問題なかった。
そういえば、翔太がロボットのキャラクターイラストがプリントされたものを買ってもらって喜んでいた。涼子も幼稚園の時、花の子ルンルンの手袋を買ってもらって愛用していた。前述の通り、まだこういうキャラクター手袋は人気があるが、涼子は口には出さないものの、ちょっと子供っぽいと考えていた。
学校には、文房具などのキャラクターものを持って行くことは、親や教師によい顔をされないが、手袋なんかだと特に何も言われない。登校中しか使わないものだからだろう。
「かわいいね。そういえば、佳代もそういうのだったね、佳代はキティちゃんだったっけ」
「そうそう、キティちゃんもいいけど、わたしはやっぱりマイメロディがいいな」
涼子と裕美は、楽しそうに雑談をしながら学校に向かっている。
六年生のひとりが先頭に、それから学年が小さい順にぞろぞろと列を作って歩いて行く。
学校に到着すると、下駄箱のところまではそれぞれが好き勝手に歩いていき、上履きに履き替えて自分の教室に入る。
涼子は学校に到着して間もなく、下駄箱の前で会った奈々子や典子たち仲のいい女子たちとともに、雑談をしながら教室に向かった。
「ねえ、今月はクリスマスだよね」
典子がニコニコと笑顔で話しかけた。
「そうそう、わたしサンタさんにどんなプレゼントもらおうかなあ」
「わたしもまよってるの。サンタさん、おねがいきいてくれるかなあ」
奈々子や裕美は、クリスマスのプレゼントが気になってしょうがないらしい。まあ当然だろう。子供が何かを買ってもらえる貴重な機会だから、否が応でも期待は高まるものだ。
「あたしねえ、サンタさんへのお手紙にね、パーマンのへんしんセットがほしいってかいたの」
藤子アニメが大好きな典子は、今年の四月から放送開始した「パーマン」にも夢中なようで、関連のおもちゃを欲しがっているようだ。
この昭和の頃は藤子アニメ全盛の頃で、この「パーマン」も昭和四十二年から、四十三年放送の第一作目から十五年の間を挟んで放送された、この二作目も高い人気を誇っていた。
関連するグッズの販売も好評で、典子の欲しがっている「パーマンへんしんセット」もよく売れていたようだ。
「いいなあ、わたしもパーマンほしい! 3号がいいなあ」
奈々子も欲しいらしい。それを聞いた涼子は、ついつぶやいた。
「だよね。私はどうしようかなあ……お父さん、買ってくれるかなあ」
「お父さん?」
裕美がキョトンとした顔で涼子の顔を見た。一瞬、何事かと思ったが、すぐに気がついた。
「あ、いや――間違えちゃった、サンタさんだよ。間違えてお父さんって言っちゃった。あはは」
「やだぁ、涼子ったら。でもわたしもね、近所のおじさんのこと、お父さんって言ったことあるのよ」
「あ、わたしもあるぅ。そういえば前にさ、持田くんが森田先生のこと、まちがえて『お母さん』っていってたよね」
奈々子が、持田の忘れて欲しい失敗を思い出して話した。
「そうそう、いってた、いってた。真っ赤になってたよね」
呼び間違いの話で盛り上がっている。これから冬休みまでの間、持田は再び、『お母さん』とみんなから呼ばれて、からかわれることになる。「どうして今ごろ!」ともうみんな忘れたとばかり思っていたのに、かわいそうな持田だった。
涼子はやれやれと胸をなでおろした。この友達たちは、まだサンタクロースのことを信じているのだ。あと一、二年の間には大抵の人はサンタクロースを信じなくなるだろうが、彼女たちはまだギリギリ信じている年齢だった。しかし、同年でもすでに信じていない子もいると思われる。
しかしまあ、微笑ましいもんだねえ……。
涼子は、本当に子供だった時、どのくらいまでサンタクロースを信じていただろうか?
昔を思い出して、ふと嫌なことが頭の隅に湧き上がった。
今は昭和五十八年の十二月だ。十二月は……。