ある事件
二学期が始まって、ふたたび学校生活がスタートする。
この二学期は行事が目白押しで、遠足に音楽会、ゆたかまつりなどがある。そして何より運動会だ。近年、五月六月あたりに行う学校もあるだろうが、この頃の運動会といえば秋が定番だ。早い学校では九月、よくあるのは十月だろう。
涼子は友達と仲良く学び遊んで、充実した期間を過ごした。B組のお騒がせ少女、真壁理恵子が事あるごとに対抗意識をむき出しにして挑戦してきたが、所詮は小学生のやる事など可愛いもので、なんだかんだで涼子は楽しんでいた。
季節は流れ、十一月に入った。そろそろ涼しいではなくて、寒いなと感じることもある、冬の入り口だ。プロ野球、日本シリーズの西武VS巨人戦の行方が気になる十一月の初めの方……。
そんな時、ある事件が起こる。
世界再生会議。前の世界において、世界を影で支配した組織。昭和五十八年、岡山大学の学生であった増田智洋が志を同じくする仲間とともに結成した。
そう、この昭和五十八年なのだ。この十二月一日に結成するのだが……。
「おいっ! 悟!」
佐藤信正は教室に入って来ると、必死の形相で悟の元に駆け寄ってきた。
「ど、どうしたの?」
驚いた悟は、ずいと近づける佐藤の大きな顔に、思わず引いて尋ねた。
「お、お前はニュースを見なかったのかっ!」
興奮からかワナワナと震え、少々怒気を含んだ彼の言葉が教室中に響く。何事かと同級生たちがふたりの方を見た。
「……見たよ。でも、ちょっと声が大きいね。佐藤くん」
「――うむむ、すまん」佐藤は周囲を見回して、すぐに声を落とした。
「とりあえず……うん、ちょっと外に出ようか」
「うむ」
悟は席を立ち、佐藤とともに教室を出た。
「――再生会議は、随分思い切った行動に出たね」
悟は極めて冷静に話してはいるが、言葉の節々には動揺の色が少しだけ見えている。
「あいつら……何を考えているんだ! 増田――増田智洋を殺すとは……」
佐藤は思わず、そばにあった渡り廊下の柱を叩いた。
今朝のニュースだった。旭川の河川敷で大学生が亡くなっているのを朝早く散歩をしていた近隣の住民が発見した。すぐに通報され、警察がやってきて大騒ぎになったが、程なく身元は判明した。
増田智洋、二十一歳。岡山大学工学部の学生で市内に下宿していた。
増田は近年、大学内では少し浮いた存在になっていた。何かよからぬことを企んでいる、そう学生……だけでなく、大学側にも考えられていたようだ。
現状を嘆き、革命を起こそうと、仲間とともに密かに活動をしていたという。すでに学生運動の騒動からは十年以上なるが、大きな騒動になりはしないか、大学側も警戒していたようだ。
昭和四十年代前半ごろ、日本のあちこちの大学で、「学生運動」繰り広げられていた。「全学共闘会議」――いわゆる「全共闘」である。バリケードなどで立てこもり警察と激しく衝突したことが大きく報道され知っている人も多いのではないかと思う。
当時、この岡山大学でも警官一名が殉職するなど大きな事件となっていた。
増田は当時まだ小学生くらいであったろうから、この全共闘に影響を受けた訳ではないのだろうが、なにやらやらかそうとしている噂は、周囲を凍りつかせた。
本来彼は、来月に数人の同志と共に「世界再生会議」という組織を結成するはずだった。しかし増田が死んだことで、結成されなくなる可能性がある。増田が提案し、それに仲間が賛同することで結成されていたからだ。
「彼が死んだことで、再生会議はどうなるだろうか?」
悟はそれが気になっていた。はっきり言って増田がいなくても、世界再生会議は存在する。そう、未来から遡行してきた「未来の世界再生会議」がこの時代に存在するのだ。
「わからん。しかし、再生会議の連中の犯行なのは間違いなかろう」
佐藤は険しい顔つきで、忌々しそうに再生会議のことを口にした。
「何か良からぬことを企んでいる。これまでとは違う手段だ」
「でも、まだ再生会議に殺されたとは限らない。詳しい内容はまだわからないよ」
悟は佐藤の断言に反論した。
「報道を見た限りでは、他殺だ。これは間違いない。殺されたなら、誰が? 再生会議以外にあるか! それともなにか? 右翼の過激派にでもやられたとでもいうのか!」
「……まず情報を集めることが先決だ。佐藤くん。はやまるな」
「わかっている! わかっているが――ええいっ、くそっ!」
佐藤は再び廊下の柱を殴った。
そんな時、彼らの仲間である岡崎謙一郎がふたりを見つけて声をかけた。
「あ、いたいた。ふたりとも、もうすぐ朝の会が始まるから早く戻って!」
「あっ、まずいね。佐藤くん、戻ろう」
「うむむ——遅刻はいかん!」
その日、下校後に公安チームのメンバーが揃った。集まったのは涼子と同学年のメンバーだけだ。
「何を考えているのかしら。そんなことをしたら、組織結成自体がなくなるんじゃないの?」
横山佳代は言った。
「いえ、組織はもうあるのです。この時代に遡行してきた、宮田たちの「未来の世界再生会議」があるのです。もしかすると、彼ら――宮田たち未来の方は、自分たちが「正当な世界再生会議」となるために、来月結成されるはずの「オリジナル」を抹殺しようとしたのかもしれません」
加納慎也が言った。しかし、それに佐藤は反論した。
「しかしだ。その「オリジナル」が結成されないとなると、自分たちの未来も変わってしまうんじゃないか? そう考えると……」
「いえ、それが目的なのかも。前にはやっていませんが、今回は我々の手で時間を遡行させています。彼らにも事情が違うでしょう。それであれば、前とは違うことをする可能性はありますね」
「ふぅむ、まあ、言わんとすることは……」佐藤が言った。
「藤崎知世さんが亡くなっておらず健在であることなど、いくつかの未来への因果は踏めているし、加納くんの予想は説得力あると思う」
悟が言った。そして続けて言う。
「十二月は例の因果がある。これは必ず踏まなくてはならない。再生会議の意図は気になるところだけど、とりあえずは情報収集と、警戒を怠らないように」
悟たちも、完全に元のようにできるとは考えていない。確実に世界再生会議の妨害が予想されるからだ。しかしこれまでは、自分たちの行動を妨害するように動いていた。だが……今回は、悟たちが考えていないことを行なった。
これはとてもまずいことだった。彼らの行動が読めなくなる。何をしでかすかわからないほどやりにくいことはない。
しかし、彼らは正しい未来を信じて行動していくしかない。そう、信じて進むしかないのだ。