ぬりえ遊び
夏休みも後半に入ると、少なくなる残り日数に焦り始める子がいる。そう、宿題が残っている子だ。
涼子は前半のうちに宿題の大半を終わらせており、毎日する日記だけが残っていた。
日記は、その日の出来事と天気を毎日書くことになるが、割と書き忘れることあって、後日適当なことを一度に書いてしまうことも多い。後、一日一ページで、ページの上半分は絵を描くスペースになっていて、書いた内容に合わせた絵を描く。しかし、これは特に描いてなくても怒られることはなかった。文章の方は必ず描く必要があったが。
八月二十日は登校日で、土曜日と同じく半日だけ登校する。ちなみに、この昭和五十八年の八月二十日は土曜日だったりする。
登校日は、別に登校するからといって、何かあるわけでもない。みんなで顔を合わせて、体育館に集まって校長の挨拶を聞いて、教室では夏休みの思い出をひとりずつ発表するというものがあった。
これは先生によって何をするか自由らしく、二年B組の担任である森田は、「思い出発表」という内容に困るようなことをする。みんな、やれ海水浴に行った、おじいちゃんの家に行った、だとかそういうものばかりだ。学年によっては、平和学習とかでビデオを視聴したりするものもあるらしい。
あとは掃除の時間だ。三年生からは、自分たちの教室のワックス掛けをやったりするらしい。そして昼までには下校する。
下校中、奥田美香と奈々子と三人で遊ぶ約束をした。同じく親しい加藤早苗もこの場にいたら一緒に遊んでいただろうが、彼女は今日休んでいた。家の事情か何かで、昨日から県外の親戚の家に行っているらしい。やはり親しい津田典子も誘ったが、こっちも親の都合で(明日は日曜日で、父親は会社が休みのようだ)今日これから、明日まで一泊二日で家族で遊びに行くらしい。
家に戻った涼子はすぐに着替えて、あらかじめ用意していたものを手に取ると、庭にいた真知子に奈々子と一緒に美香の家に遊びに行くことを伝えて早速出発した。
奈々子の家は、住んでいる地区は違うが距離は近い。愛車に跨るとすぐに出発して、奈々子と一緒に美香の家に向かった。
美香の家もそれほど離れていない。同じく地区が違うが、奈々子の家から自転車で一緒に走って十分かそこらである。
「——涼子もおばあちゃんの家に行ったんだねえ」
「——うん。いとこも来ててね、おじいちゃんが色々もらって来てて……これもらったんだよ」
涼子は持ってきたバッグの中から、嬉しそうにノート一冊取り出した。
「あ、クリィミーマミだ。わぁ、かわいい」
美香は嬉しそうに、涼子が持って来た「塗り絵」のノートを手に取って眺めている。美香はアニメが大好きだった。特に女の子向けのアニメが好きで、小さい時からキャンディキャンディ、花の子ルンルン、魔法少女ララベルなど女児向けアニメを姉と共に目を輝かせて視聴していた。ミンキーモモもお気に入りだが、より華やかで可愛らしいイメージのするクリィミーマミは、特にお気に入りのようだった。
「ねえ、わたしにも見せてぇ。クリィミーマミ」
奈々子も美香の眺めるノートを横から覗いて言った。
「魔法の天使 クリィミーマミ」は、一ヶ月ほど前の昭和五十八年の七月から放送開始した女児向けアニメだ。去年から放送し今年の五月で終了した、ミンキーモモの後継ともいえる魔法少女ものアニメとしてスタートした。同様に魔法少女系のアニメで、これまでにあったものより現実に近い世界観で、魔法の力でアイドルに変身して大活躍する内容は、これまでにない画期的なスタイルで人気を誇った。
放送開始してまだ数話しかないが、アイドルになれるという夢のある内容に、涼子たち女児の間でも人気があった。
とはいえ涼子は、子供向け番組ということもあってか、それほど面白い番組とは思っていなかったようだ。正直な話、ミンキーモモの方がドタバタコメディ感が強く、見てて楽しかったと感じていた。友達と話を合わせるために見ている。
しかし涼子は、話題のアニメの最新アイテムをたまたま手に入れたものだから、これは友達に自慢できると思って持っていった。
「ねえ、塗ろうよ。みっちゃん、色鉛筆ある?」
「うん。でも、いいの?」
「もちろんだよ。どうせ放っといたら翔太が好き放題に無茶苦茶やるし」
美香は嬉しそうに、引き出しの中から色鉛筆のセットを出してきた。奈々子はどのイラストを塗ろうか、ページを何度もめくっている。
「わたしこれにする。ネガとポジがかわいい」
奈々子は、お供の妖精であるネガとポジが気に入っているらしく、それが目立って描かれたページを選んだ。
涼子と美香もそれぞれ好きなページを選んで、涼子から色を塗っていく。色を確認しながら、近い色の色鉛筆を選んで、該当部分を塗って行く。絵を描くのが下手な涼子でも、色を塗るだけならさほど難しくない。特に色を塗る箇所が線で明確に分けてある上に、細かいグラデーションなど必要ないベタ塗りで問題ないのだから、色を間違えるかはみ出さない限りはそれなりになるのだ。
「あ、涼子。そこはピンクよ」
奈々子が間違いを指摘する。
「あれ? そうだっけ――あ、本当だ」
主人公の森沢優の、普段着の胸元をフードの黄色と一緒に塗ってしまった。
「あちゃぁ、どうしよ……もうこのまま全部黄色にしてしまおうかな」
「だったらきいろより、チェックにしてみたら?」
「チェック?」
不思議に思う涼子と奈々子を尻目に、美香は服に赤色の横線を引いていく。少し太めに調整した後、今度は同じように縦線を引いていった。
「わあ、みっちゃんすごい。優がチェックのふくきてる!」
奈々子は嬉しそうに言った。塗り絵なので、いかようにも自由だが、模様を描くという発想が思いつかなったようで、奈々子は驚いていた。
涼子も――へぇ、なるほど、そういうやり方もあるんだ。と感心した様子だ。ちょっとしたアイデアではあるが、案外そういうものほど思いつかないものだ。
「わたし、マミちゃんに、ひまわりのふくきせるわ!」
奈々子は得意になって、別のページのクリィミーマミの衣装に向日葵の柄を書き始めた。
「かわいいね。ステキだよ」
美香も笑顔で興味深そうに奈々子の色塗りを見ている。涼子も側で一緒に見ている。
結局、いろんな柄の服を描く遊びになってしまったが、かなり盛り上がった。今度は美香がクリィミーマミを描けるというので、実際に描いてもらう。
美香はスケッチブックを持ってきて、涼子の塗り絵の表紙を見ながら、丹念にクリィーミーマミのイラストを描いた。
「やっぱり――みっちゃんは上手だよねえ」
奈々子は感嘆した様子でつぶやいた。
子供の描いた絵なので、程度は知れたものではあるが、涼子たちが描いたものに比べて、明らかにそれが何を描いているのかわかった。いくら模写でも、そう簡単には似せては描けない。現に涼子と奈々子の描いたクリィミーマミは、それには見えなかった。
「今日はクリィミーマミの日だよね」
本日、土曜日の午後五時にクリィミーマミが放送される。関東では金曜日が放送日なのだが、岡山では一日遅れて土曜日に放送されていた。
美香が時計を見ると、午後四時四十分頃だ。午後五時から放送される。
「ねえ、涼子、ナナ、クリィミーマミ一緒に見ない?」
「あ、そうね。それっていいアイデアだわ。まだ明るいし、そうしようよ。涼子」
「そうだね。私もそうする」
八月の午後五時はまだ昼間のようで、夕方とは思えないくらい明るい。いくら明るいといっても六時までには帰るように言われているが、見て帰っても十分間に合う。
三人は奥田家の応接間に移動すると、放送時間までおしゃべりをして待った。
途中、美香の姉が家に帰ってきて、涼子たちを相手に自慢話を始めるので、早く終わらないかな……と少し緊張した顔で聞かされていた。番組が始まると、それに気がついて終わってくれた。
見終わった後、涼子と奈々子はそれぞれ自分の自転車に乗って、美香に別れを告げてそれぞれの家に帰った。
楽しい夏の一日がゆっくりと過ぎていく。