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王平伝演義  作者: 阿雄太朗
漢中争奪戦
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辟邪隊

 杜濩と袁約が洛陽を離れる前日、益州から連れてこられた者だけを集めて酒宴を開いた。その中には何平がいて、朴胡もいる。反逆防止のため全員で集まることは衛兵に禁じられていたが、この日だけは特別に許してくれたのだった。

「この戦で劉備軍に勝てば、巴西は曹操様の領土となり、俺達は故郷に帰れるようになる」

 酔った袁約が大声で言った。何人かが、それを囃し立てた。

 杜濩は、その隣で静かに杯に口をつけていた。周りと違い、その顔は少しも笑ってはいなかった。

「杜濩様は少しでも故郷に近づけることが嬉しくないんですか」

 何平が聞いた。

「嬉しくないように見えるか」

「あまり喜んではおられないように見えます」

「嬉しいさ。しかし、故郷に帰るのは、戦に勝った後だ」

 劉備軍の戦いは激戦になる。勝って帰れることになったとしても、ここにいる者の何人かは欠けることになるだろう。できれば全員に故郷の土を踏ませたい。。

「新しく隊をつくるんだってな」

「はい。私の隊を裏と例えるなら、それは表の隊です。質の違う二つの隊が、互いに助け合って戦います」

「いい考えだ。俺もそんな隊があればいいと前から思っていた。お前は俺なんかよりずっといい隊長になるのかもしれないな」

 杜濩の横顔には、影があった。戦場が巴西となれば、同じ民族同士での殺し合いもあるだろう。騒いでいる袁約達は、そんな不安を吹き飛ばそうとしているのかもしれない。

「朴胡も、気をつけてな。いずれ向こうで会おう」

 朴胡が軽く頷いた。

 洛陽で何平が隊長となってから、朴胡の態度はよそよそしいものになっていた。後から軍に入って隊長になった何平に劣等感を抱いているのかもしれない。

 そう思いながらも、何平は朴胡に、前と同じように接した。

「洛陽での調練、がんばれよ」

 宴の終わりかけに朴胡は、酔って半分眠りかけた目で、何平の手を握りながら言った。

 夜が明けると、それぞれの隊は外へ出て整列を始めた。袁約は酒の臭いをさせながら隊の指揮をしていた。その中には、昨日まで何平の隊にいた者も少なくない。代わりに見送る何平の隊には知らない顔が混じっている。

 二隊は徒歩で出陣し、西へ向かって消えていった。杜濩も袁約も朴胡も、もう洛陽にはいない。何平の隊にいた山岳民族もほとんどが漢中へと行ってしまった。何平は急に悲しいものに胸を襲われて戸惑った。

 昼から開始した調練は、いつもより厳しくした。それで新兵の質を見極めようということだったが、何平の心根には仲間がいなくなってしまったことでの不安と苛立ちがあり、それをどこかで発散させたかった。三日もすると、隊から逃げ出す兵が出てきた。それでも何平は厳しめの調練をやめようとは思わなかった。調練に耐えることができる者のみ、戦場では生き残ることができるのだ。特に新兵には、杜濩がそうだったように、何度も言って聞かせた。

「隊長殿、こんな調練ばかりやってたら、いずれ死人がでちまうぜ」

 ある調練後に言ってきた王双を、持っていた棒で力の限り殴った。

「死ぬ者は、それまでだったということだ。戦場で仲間の足を引っ張って死ぬくらいなら、ここで死んでくれた方がいい」

「わかりました」

 従順に直立してそう答える王双の頭からは、血が流れていた。すまん、俺がやり過ぎた。喉まで出かかった言葉を、何平はぐっと止めた。この程度のことで心を揺らせて、何が校尉だ。

調練が終わると、城外に流れる川の畔に一人で行った。そして周りに落ちてある葉を拾い、船をつくって川に浮かべた。広く、力強さのある川だった。船は緩やかに水の上を走りだし、遠く小さくなるとやがて川の流れに飲み込まれていった。母はどうしているだろうか。句扶は、張嶷は。そのことばかりが頭の中に浮かんでは去り、川には幾つもの船が流れては沈んだ。寂しいなどと言える相手は、洛陽にはいない。

ここにいるのは皆知らない人で、顔のつくりも自分とはどこか違うように見える。向こうからも、多分そう思われているのだろう。

川辺で葉の船を作る時間が多くなっていた。洛陽の街に入る気にはなれなかった。前に街に入った時、字が読めないからと笑われたことがあるからだ。そんなことじゃあ騙されるぞ、と派手な格好をした年の近い男に言われた。

 巴西に帰りたい。戦に勝てば、帰れるのだ。そのための強さが必要だった。戦になれば巴西の同郷人をも殺すことができる強さだ。自分はそれに耐えることができるのだろうか。そのこと考えると、沈んでいく葉の船のように、何平の心も沈んだ。

「どうしたんですか」

 後ろから話しかけられ、何平はそちらに顔を向けた。若い女だった。その女が、自分の顔を見て驚いていた。それで自分が涙を流しているのだということに気づき、何平は咄嗟に川の中に顔を突っ込んだ。川底で泥が舞い上がり、川から出した何平の顔は泥だらけになっていた。

「何してるんですか」

 顔を拭う手の向こうで、女が笑っていた。その笑い声を背に、何平は顔を洗い直した。

「何か用か」

「葉でできた船がたくさん流れてきたから、なんだろうと思って」

 何平がつくった葉の船の一つが女の掌に置かれてあった。

「どうやってつくったんですか」

 女が何平の近くに座った。

「なに、簡単なことよ」

 近くにあった葉の一枚を女の手に、一枚を自分の手にとって船をつくって見せた。ぎこちない手つきで女も船をつくった。浮かべてみたが、女の船はうまく進まない。

「難しいんですね」

 言いながら、葉を拾ってまたつくり始めた。

「その切り込みが深過ぎるんだ。だから、船底に穴が空いて水が入ってきてしまう」

「ふむふむ」

 二個目の船はさっきよりかは幾らか進んで沈んだ。女は負けじともう一つの船をつくりだした。何平も手元を見せながら、船をつくった。

 二人で船をつくり続け、辺りが暗くなり始めた頃に女は帰っていった。何平も眠気に襲われ、自分の寝床へと帰った。

 久しぶりに長い睡眠を貪った。明るくなると、部下を城外に並べて調練を開始した。ひたすらに兵を走らせ、不満そうな顔をする新兵は、声を荒げる王双に張り飛ばされた。

調練が終わると川へと足を運んだ。周りを気にしてみたが、昨日見た女はいなかった。何を考えているんだ。何平はいつもと違う自分に苦笑した。そしてまた、葉の船を流した。しかし、やはり女は来なかった。

 夜目の訓練を終え、部下を帰し、また何平は川辺に座った。今度は朝である。いた。向こうもこちらに気付いたらしく、近づいてきた。

「葉の船、つくるの上手くなったよ」

 女の声は、何平の耳にとても心地よく聞こえた。

「じゃあ見せてもらおうか」

 確かに前よりは進むようになったが、沈んでしまった。

「もっと大きな葉を選んだ方がいい。葉が小さいと、すぐに傾いてしまうんだ」

 そして二人は船をつくり続けた。女の船は、五つに一つは何平のつくったものと同じくらい長く浮かんでいられた。何平の船が先に沈むと、女は嬉しそうに笑った。すごいじゃないか。何平も笑いながらそう言った。

「隊を二つに分ける」

 調練が終わった夕刻、王双を呼んで言った。既に、兵の見極めは終わっている。

「詳しい話がしたい。飯でも食いながら話そう」

「落ち着いて話がしたいんなら、俺の家にくるか」

 洛陽には城郭の内に住む者と外に住む民がいて、富裕な者は内に、そうでない者は外に暮らしていた。初めて訪ねる王双の家は城郭の外にあり、簡素であるが貧困というほどではなく、必要最低限のものはそこにあるようだった。王双は、そこで妹と二人で暮らしている。

「おい、客だ。飯の用意を頼む」

 中から女の返事が聞こえた。その声は、川辺で会った女の声のようだった。自分はどうかしている。王双から見えないところで何平は頭を振った。

「隊を分けるという話だがな、王双」

 女のことを頭から追い出すように何平は話し出した。

「山岳戦になった時に、連携できる部隊をつくっておきたい。その部隊は山中に隠れるのではなく、相手の目につく場所に出ることになる。そして常に、俺が率いる隊の部隊に合わせて動く」

「隊長殿は、その隊を率いないのかい」

「その隊を率いるのはお前だ」

「俺が」

 王双は目を丸くした。

「これからはお前の隊と俺の隊とで一つとなるのだ」

 王双は丸くした目を閉じ、少し考え込む顔をした。

「一つだけ正直に答えてくれ。それは俺が体を止めていられないから、お払い箱にするってことじゃないのか」

「洛陽に来てから分かったんだが、山岳戦には人によっての向き不向きがあるようなんだ。それで不向きな者をどうしようかと考えていたことは確かだ。山岳戦の部隊は、それだけでは非力だから、予め連携できる隊があれば良いと思った。それは、お前等が俺に気付かせてくれたことだ。決して、お払い箱にしようと考えているわけではない」

「そうか、それを聞いて安心した。俺が、隊長か」

 王双は笑みを浮かべながら、卓の上で組んだ手を震わせていた。今の何平には、王双のその気持ちがよく分かった。隊を受け持つ喜びと、部下の命に対する重責。王双なら、できるはずだ。

「おい、歓々。兄ちゃんは隊長になったぞ」

「あら、それはすごい」

 食事を卓に並べながら言う女の顔を見て、何平は驚いた。女も、こちらを見て驚いた顔をしていた。

「船の人」

 女は言った。

「誰が船の人だ」

「船の人って、葉の船を一緒につくったって話していたことか。嬉しそうに話すからどんな奴か見に行ってやろうと思っていたが、これは手間が省けた」

 王双がそう言うと、何平は自分の顔が赤くなっていくのを感じた。


 洛陽の街中は、嫌いだった。字が読めないからと馬鹿にされたことがあるからだ。夜目を鍛える調練を終えた後、街に行こうと言い出したのは、王歓だった。

「字なら、私が読みますよ」

 そう言ってくれるので、何平は行ってみてもいいかという気になった。

 城壁には破損している箇所が所々あり、足場の上で補修をしている者が少なくない。その中で、大きくて立派な一際目を引く巨象が二つ、門の脇に構えている。虎のような体を持ち背には翼があり口からは長い髭をなびかせて、一頭には角が一本、もう一頭には二本はえている。初めて洛陽に来た時は、この二頭の象がとても大きく感じられた。

「あのでかいのはなんなのだ、歓」

「あれは辟邪っていうのよ。洛陽の街を悪いものから守ってくれてるの」

 口には出さなかったが、そんなもの何の役に立つ、と何平は思った。あれが守ってくれるのなら、自分達が毎日苦しい調練に耐えているのは何のためだ。それでも楽しそうにしている王歓を見ていると、まあいいか、と思えた。

 辟邪の間を通って街に入り、しばらく二人はぶらぶらと歩いた。並ぶ家々はまだ簡素なものが多かったが、市場の人々は活気に溢れていた。そして何平は自分が字を読めないことを気にし過ぎていたということに気付いた。こちらから話しかけなければ、話しかけられることはない。話しかけられなければ、馬鹿にされることはない。それよりも、人々はものと銭の交換に忙しいようだった。

 何平は、ふと一つの店の前で止まった。何平が立ち止まったので、王歓も立ち止まった。店には、髪飾りが並べられてあった。目を細めながらそれを見つめ、王歓の顔を見た。一つを選んで掴み、懐から銭を出した。校尉の俸給として得た銭だ。

「これ、似合うんじゃないか」

 言いながら渡すと、王歓は吹きだすようにして笑った。王歓が本当に嬉しい時の笑い方だ。何平もその顔を見て嬉しくなったが、どこか恥ずかしい気持ちもあって顔を背けて歩きだした。王歓は笑顔で、その後を追ってきた。

 何平はこの洛陽という街を好きになり始めていた。以前は目を閉じるといつも故郷の巴西のことばかりを思い出していたが、今は調練による疲労があれば眠りを欲するままに眠ることができた。調練は、五日続けて六日目に休む。その六日目には必ず王歓と会った。もっと会いたいと、仄めかされることはあったが、それを率直に言われたことはなかった。何平ももっと会いたいと思っていたが、口には出せない。自分には、部下がいるのだ。王歓も、そのことはよく分かってくれているようだった。もしかしたら、王双が気を使って何か言ってくれているのかもしれない。

 ある日、王歓が一つの竹簡を手にしていた。史記、と書かれてあった。無論、何平には読めない。

「近くにすむ物知りおじいちゃんが持ってるのを貸してもらってきたの。これを読んで、字を覚えましょう」

 王歓はそれを髪飾りのお礼だ、と言った。

 二人は座り、王歓は手に持つ竹簡を音読し、何平はそれを聞いた。一人の男の一生が書かれた竹簡だ。時に自分の考えを口に出しあいながら、王歓は読み、何平は聞いた。

 次に会った時は、別の竹簡を用意してくれていた。違う男の一生が書かれてあるものだった。王歓は休みの度に竹簡を用意してくれ、読んでくれた。字を学ぼうということだったが一字も憶えることなくその話を聞いていた。それで、よかった。

 そうして、二年が過ぎていった。何平と王歓は、当たり前のように男と女になっていた。部下を鍛え、女を愛す。故郷のことを完全に忘れたわけではなかったが、ここでの生活は何平にとってかけがえのないものになり始めていた。

 洛陽に兵が集められていた。曹操軍による益州攻めが開始されるようだ。洛陽へ集められた兵は長安へと送られ、漢中へと向かう。ここでは兵の編成が行われ、山岳戦の調練をするという。つまり、何平の隊が相手になるのだ。

「腕が鳴るぞ、隊長殿。今まで地味な調練ばかりで、兵達も倦み始めていたところだ」

 王双も隊長として歩兵を率いていたが、まだ何平のことを隊長殿と呼んでいた。二隊の長は何平なのだと部下に分からせるためだ。王双は無骨な男に見えるが、意外とそんなところに気が回った。

 調練の場は、洛陽から西へ百里(約四キロ)行った所にある森の中だ。長安に向かう兵は、この森の脇を通る。その兵を急襲するのだ。もちろん、相手は我々がここに伏せていることを知らない。ただこの辺りは賊が多いから気をつけろとは言われているらしい。

「相手の持つ武器は実戦用の武器だが、我々の持つ武器は調練用の武器だ。気を抜けば、殺されるぞ」

「上等だ、やってやろうじゃないか」

 兵達はしずかな表情をしていた。こんな時は、指揮官の気迫が兵の士気に影響する。大言を吐きながら王双が、兵を上手く鼓舞していた。

 自分が育てた部下が殺されるかもしれない。そんな不安はあった。だが自分の隊に足りないものは、実戦だと思っていた。その経験を得るためにも、この模擬戦は有意義なものとなるはずだ。

 調練用の武器だが迷わず殺すつもりで行け、と部下には伝えておいた。

 何平隊が百名で、王双隊が二百名。合わせて三百名が森の中に伏せた。兵が来る予定よりも大分早い時間だった。緊張の中で待たせるということも調練になると思ったからだ。何平は木に登り、洛陽の方をじっと見つめた。二頭の辟邪がそこに悠々と鎮座している。来た。その辟邪と辟邪の間から、兵がぞろぞろと歩いて出てきた。前に歩兵、後ろに輜重。それを確認すると、何平は王双の近くに行った。

「予定通り、後続の輜重を襲え。そして森の中に誘いこめ」

 言い終わると兵と部下と一緒に森の中に伏せた。八人で一組である。前に二人ずつを二段に置いて、後ろに四人を並べる。敵と遭遇した時は前の四人が相手を威嚇し、敵がそれに気を取られている隙に後ろの四人が音も無く回り込んで包囲する。森の中は視界が悪く、前後から挟まれたと思わせれば囲む人数はたった八人でも敵は何人もの兵に囲まれたと錯覚して狼狽する。浮足立った相手ほど簡単なものはない。それを十三組つくった。その十三組を横に並べ、外側に位置する組には敵の横に回り込むようにして動けと伝えてある。十三組で、八人の動きを大きくした動きを展開させるのだ。それで二千までの相手なら潰走させられる自信があった。兵力差があろうと、見えない所から襲われる恐怖を与えてやれば、それは大軍でも全体に伝達していく。木々が生い茂る森の中では、目に見えない敵というのが一番怖いのだ。気付けば音もなく目の前で仲間が殺され、次の瞬間は自分ではないかと気が気ではなくなる。兵が果敢になれるのは、目の前に倒せる敵がいる時だけだ。

 喚声が聞こえた。森から出て行った王双隊が輜重にちょっかいを出して引き返してくる。程なくして何平達の横を王双隊が走り抜けていった。違う具足をつけた兵が遅れて森の中に入ってきた。後ろの方では、王双隊がその兵を挑発している。

「捕えて殺せ」

 隊長らしき者がそう叫んで兵を進めた。前列にいた何平は一歩踏み込んだ。攻撃開始の合図である。後ろから気配が音もなく消えた。何平を含めた四人は姿を見せないように動き回って木々を揺らし、相手を幻惑させた。ある程度動き回るといきなり相手の目の前に飛び出し、目を丸くさせた敵の喉を木製の短剣で突いた。相手は刃でやられたと思ったのか、両手で喉を押さえて蹲った。三人も、同じように兵を倒していた。狙うのは、具足の開いた喉。これも徹底して覚えさせたことだった。多人数に対する八人による包囲は不完全かに思われた。相手には後続がいたので後ろの四人が回り込みきれず、半円を描く包囲ともいえない包囲になってしまった。失敗か。そう思ったが両側前方から喚声と悲鳴が上がると、その動揺はすぐに相手の内側にまで伝わっていった。目の前にいた兵も、攻めるべきか退くべきかという迷った顔を見せた。何平は見逃さず、その兵を倒した。後ろからは王双隊も追撃に加わり始めている。潰走はすぐに始まった。追撃は森が続くところまでと決めていた。森を出ると、装備の薄いこの隊は脆いのだ。

 潰走していく兵の中にも、最後まで抵抗しようという勇敢さを持つ者も少ないながらいた。そういう者は、早めに倒しておくべきだった。その勇敢な者を中心にして兵が集まりかねないからだ。何平は倒すべき相手を見極め、一人二人と打ち倒した。次の相手に襲いかかろうとしたが、不自然さを感じて足を止めた。その男が手にしている武器は、何故か木でできた棒だった。どこかで見たことがある。許褚だ。兜の下に光るその眼と眼が合い、思わず何平は後ずさりをした。

「どうした、隊長殿。まだ森は抜けていないぞ」

 後ろから王双が追い付いてきた。

「待て、王双」

 言ったが、耳には入らなかった。王双は両手に木製の短剣を構え、許褚の方へと突っ込んだ。一合、二合。素早い打ち込みを許褚は防いだ。反撃しようとも棒の長さが邪魔なのか、思うように動けていない。そして攻められた許褚は、木を背にして動きを止めた。王双が勝った。そう思ったが、崩れたのはとどめを刺しにいった王双だった。突き出された棒に、自分から突っ込んだようだ。いや、そこに突っ込まされたのか。

 何平は追撃終了の合図を出した。

「やるではないか、小僧」

 許褚が、王双の大きな体を片手で抱え上げながら言った。そして一人の兵が、許褚の後ろから出てきた。

「良い部隊をつくってくれた、何平」

 曹操だった。驚いた何平はその場に平伏した。

「今日は全軍でここに野営だ」

 その声は、木の上から聞こえたような気がした。


 目を覚ました王双は、歯がみしながら悔しがっていた。あの人は親衛隊長だから、強くて当然だ。そう言ったが、煮え切らないという表情を消そうとはしなかった。

「今日はおかげで楽しかったぞ、何平」

 曹操の幕舎だ。今回は、王双も呼ばれていた。中央に座る曹操の近くには相変わらず許褚が侍り、その右には六人が並んで座っている。一人は模擬戦相手だった千人の隊長で、五人はその小隊長らしい。何平と王双はその六人と向かい合って座らされた。机の上には、温かい食事と酒が置かれてある。

「犠牲は、二十二名。全て漢中へ向かっていた兵だ。何平の隊は、一人も欠けていないな」

「申し訳ございません」

「なんの。調練用の武器で殺されるような兵は我が軍には必要ない。それにしても、こうも簡単に破られるとは」

 曹操が六人の方に目をやると、六人は俯いた。この六人も、曹操が付いてきていたことを知らなかったらしい。

「まさか、丞相自らおいでとは」

 何平が言った。王双は、隣で緊張しているようだった。

「自分の目で見るのが一番よく分かる。許褚には止めろと散々言われたがな。王双といったか、貴様もよかったぞ」

「はい、しかし負けました」

 急に話をふられて王双の声は上ずってしまい、曹操は大声で笑った。向かいの六人も小さく笑ったが、曹操がそちらを睨むとまた体を縮ませていた。

「許褚、手合わせしてみてどうだった」

「気絶したとはいえ、良いものを持っています。将来性はあると思います」

「よかったじゃないか、王双。こいつがこうやって人を褒めることなどなかなかないのだぞ」

 さっきまで悔しがっていた王双は、照れくさそうに笑った。負けず嫌いではあるが、根は人懐こい男なのだ。

「隊の名はまだ決まっていないのか。山岳戦の部隊などと、長ったらしくていつまでも言っておれんぞ」

 皆の前では言っていない。でも、心の中では決めていた。

「辟邪隊」

「良い名だ。二つの隊で、俺の国を守ってくれるか」

「はい、全力で守ります」

「では辟邪隊に命ずる。北から漢中へ向かう軍は、洛陽を通る。その軍を全て襲い、山岳戦とは何かを見せつけろ」

「はい」

 何平が両手を前で組むと、王双もそれに倣った。

 幕舎を出て自分の隊に戻ると、部下達はいい顔をしていた。辟邪隊。そう命名したと伝えると、小さな喚声が上がった。


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