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王平伝演義  作者: 阿雄太朗
陳倉の戦い
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陳倉の戦い

 過酷な山越えが終わった。寒さの中で死んだ者は一人もいないという報告に、諸葛亮は満足だった。厳しい行軍への備えは、周到にしておいたのだ。

 前回の戦は、言い逃れのできない負けであった。上庸は司馬懿に取られ、羌族には足元を見られ、馬謖が大敗した。そして最も手痛かったのが、趙雲の死であった。

 何よりも先ず、敗戦の穴埋めから始めなければならなかった。成都にいる蔣琬に補給を督促し、街亭で功のあった王平の位をあげて副官をつけ、羌族の名士である姜維に飾り程度の官職を与えて自分の近くに置いた。形だけは、なんとか整えることができそうだった。

 問題は、蜀国内の人心だった。劉備が存命だった頃は、戦に負けても不思議と将兵の顔に暗さが浮かんでこなかった。それが劉備の不思議な強さであった。だがその劉備はもういない。

 自分と劉備の違いは、よく分かっていた。劉備は下々の者に細々とした指示を出すことはなく、将兵の言葉をよく聞き、決断した。統率者はそうあるべきだと頭でわかっていても、諸葛亮は劉備のようにはできなかった。

 国という大きな仕組みを動かすには、一つの大きな意思が必要なのだ。その仕組みの中の一人一人が自分勝手な意思を持てば、国は分裂しかねない。自らが蜀の大きな意志となり、国をまとめて主導しようと心に決めていた。それでつい、細々としたことにも口を挟んでしまうのだった。

 こういう時、劉備ならどうしていたであろうか。劉備なら自分とは違うことをしていただろうと感じることは多々ある。やはり自分は、一国の宰相となる器ではなかったのだろうか。

 長安守備のために派遣されていた洛陽軍の三万が、対呉戦のため長安を離れたという情報が入った。それを聞き、諸葛亮は即座に再出兵を決めた。人心の分裂を防ぐためにも、負けたまま引き下がるわけにはいかなかった。成都には少なからず北伐に反対する者がいるのだ。このままおめおめと成都に帰ってしまえば、次はいつ兵を出せるかわからない。そうしている内に、魏の蜀に対する備えは万全なものとなってしまうだろう。兵を引き上げ油断しているこの機を逃すわけにはいかなかった。多分、劉備が生きていても同じことをしていただろう。再出兵の決定を下すと、周りの幕僚は機能的に動き出し、速やかに出兵の準備が整えられていった。

 取るべき道は、前回の北伐で趙雲が進んだ斜谷道。この道中にある陳倉という場所に魏軍が城を築いているのだという。斜谷道を完全に封鎖されてしまえば、魏に攻め込むための道は子午道か箕谷道の二つしか選択がなくなってしまう。長安を守る魏軍からすれば、こうして選択肢を狭めることで防備はぐっと楽になる。蜀としては、これは容認できるものではない。

 山越えを終えると、城が現れた。二千の小勢が籠る、まだ小さな城だ。この程度の城ならそれほど時をかけずとも潰せる。

 先鋒には、父の仇討に燃える趙統を選んだ。趙雲の後を継いでから初めての戦であり、城攻めの良い経験になるだろうと思えたからだ。補佐役として、前回の北伐で趙雲の副官を務めた鄧芝をつけておいた。

 句扶からの報せを受け、諸葛亮は眉をしかめた。城の周りには三重の堀と、その土を盛った土塁が築かれているのだという。一月前の報告では、まだ二つ目の堀が作られ始めたばかりだった。

 諸葛亮は、迷った。敵兵力が過少とはいえ、これだけ備えのある城を正面から攻めれば少なからずの損害が出る。素通りするという選択肢は諸葛亮の頭にない。勝てる戦を避けてしまえば、軍全体の士気低下に繋がりかねない。ただでさえ、前回の敗北で蜀軍の士気は衰えているのだ。

 諸葛亮は前回の北伐で得た、靳詳という降将を呼んだ。魏の軍人であった靳詳は、敵の守将である郝昭のことをいくらか知っていた。諸葛亮は投降を勧める書簡を靳詳に持たせ、陳倉城へと向かわせた。

 同時に、趙統と鄧芝に城を囲むよう下知した。交渉が決裂すれば、多少の犠牲がでようと、一息に踏み潰す。

 早朝に送った靳詳が、昼を過ぎても帰ってこなかった。諸葛亮は城攻めを決意した。その旨を前線に伝えるよう手配りをしていると、城から靳詳の従者が出てきた。

 城を明け渡すから、待って欲しいとのことだった。諸葛亮は胸を撫で下ろした。長安はまだ遠いというのに、こんな所で貴重な兵力を減らしたくはない。今回の北伐に、羌族の援軍はないのだ。

 しかし、いくら待っても陳倉城に変化はなかった。そうこうしている内に、日が落ちた。諸葛亮は苛立った。騙されているかもしれない。そう思いはしたが、夜になってしまえば城を攻めることはできない。趙統と鄧芝には、夜襲に備えておくようにと伝令を出しておいた。

 夜が明けたが、やはり陳倉城には変化がなかった。前線の趙統から、城攻めの許可を求める使者が来ていた。諸葛亮が戦闘開始を決意したのとほぼ同時に、陳倉城から郝昭の書簡を手にした使者が出てきた。

 城内には抗戦を唱える者が多数いて、それらへの説得に骨を折っているのだという。諸葛亮はその者らの首を送ってくるよう書簡を認め、使者を送り返した。また、一夜が明けた。

 翌朝、城から大量の戟と剣を乗せた太平車が出てきたと、趙統からの報告を受けた。降ることで話がまとまったのだという。しかし、陳倉城の門は未だ堅く閉ざされたままであった。どうも上手くはぐらかされているような気がする。だが陳倉城の防備を見ると、攻めることに二の足を踏んでしまう。昼が過ぎると、今度は城から兵糧が出された。これで抗戦を唱える者を黙らせることができる、という書簡も付けられていた。

 四日目、趙統の軍が夜襲を受けて潰乱したとの報告を受けた。潰走しそうになったところを趙広が助けに入り、何とか踏みとどまったのだという。諸葛亮は舌打ちをした。やはり偽りの投降であった。城から出してきた夥しい数の武器も兵糧も、時を稼ぐため事前から用意してあったものなのだろう。そして陳倉城の城壁には、靳詳の首が掲げられていた。

 たかが二千が守る城である。こちらは四万だ。諸葛亮は趙統に軍勢を立て直し次第攻めかかるよう指示した。そして後方の魏延と王平にも、戦闘に備えるよう伝えた。


 王双は三千五百の先頭に立ち、陳倉城へと帰還した。

 城内からは大歓声が上がり、王双はそれに手を上げて答えた。歓びの声を上げる者の中には郝昭もいて、一兵卒と変わらぬ姿ではしゃいでいた。これだけの絶望的な戦いの中では、指揮官であろうが兵卒であろうが、もう関係なかった。それでいて城内が乱れているわけではない。ここにいる全員が、なにがなんでもここで蜀軍を止めるのだという思いで心を一つにしていた。

 三日、我慢した。城の備えを前にして二の足を踏んでいると見た郝昭が、偽りの恭順を申し出たのだ。大事なことは、時を稼ぐことだった。目の前の敵を打ち払えるとは思っていない。籠城し、やがて長安からやってくる援軍を、ただひたすらに待つ。

 洛陽から長安に三万の兵力が移動中だということは、蜀軍が到着する直前に届いた曹真からの書簡で知らされていた。西から羌族が襲ってくることも考えられたため、これ以上長安の兵を移すことはできなかった。

 それでも曹真は、なんとか二千を捻出して送ってくれた。その二千は蜀軍に囲まれた陳倉城に入ることができず、外で伏せているのだということを黒蜘蛛が伝えてきた。

 王双は郝昭に夜襲を提案した。城外に到着した二千と、城内の千五百とでの挟撃による奇襲作戦である。夜襲で趙雲を討ち取ったことがある王双の提案に、郝昭はすぐに賛同してくれた。

 目の前にある趙の旗は、あの趙雲の子であるという。まだ若造だ、と黒蜘蛛の隊長である郭奕は言っていた。郭奕も陳倉城にいて、黒蜘蛛の指揮をとっている。

 滞陣初日は堅牢であった蜀軍の構えは、日が経つにつれて緩んでいる。蜀軍が郝昭の投降を信じているという証だ。奇襲は成功すると、王双は確信した。

 王双は郭奕に頼み、城外に伏せている援軍の二千に夜襲のことを伝え、滞陣三日目の深夜に決行した。

 率いる兵には、全て黒装束を身につけさせた。虫さえ寝静まった闇夜の中、王双らは城門から密かに抜け出し、盛られた土塁に身を隠しつつ蜀軍に近付いた。遮蔽物がなくなると皆を伏せさせ、地を這って進み、蜀軍陣地の前で王双が立ち上がるのを合図に全員が立ち上がった。相手からすれば、敵が突然地から湧いて出てきたように見えたはずだ。敵陣の篝火を蹴り倒し、大きな音と声を出して回り、蜀兵が浮足立ったところに埋伏していた援軍の二千が背後から襲いかかった。

 王双は混乱する陣の中で敵将の姿を探した。いた。幕舎からでてきたその若造は、何かを叫びながら馬に乗ろうとしていた。

 もらった。そう思った王双の肌が、一気に粟立った。その近くにいた小さな男が、冷たい視線をこちらに向けていた。その背後には、闇に紛れた者が何十人もいる気配がした。あれは、やばい。

 王双は撤収の合図を出した。敵将の首を奪らずとも、十分に成果を上げていた。引き揚げながら、王双はさっきの男が追ってこないかを気にした。追撃はない。敵は体勢を立て直すことで精一杯のようである。

 王双は、立ち往生していた援軍二千を城内に収容することに成功した。

「よくやってくれた」

 郝昭が王双の手を取ってきた。

「蜀軍恐るるに足らず。全軍にそうお伝えください」

 戦いの本番は、これからだった。これで城内の士気はかなり上がるはずである。蜀兵の大軍勢を前にして青くなっていた者も、生き返ったかのように喜んでいる。

 援軍を入れたことで、兵を昼夜交代させながら防戦できるようになったことが大きい。勝てるのではないか。そんな雰囲気が、城内に充溢していた。

「隊長殿。援軍を率いてきた者が、目通りを願っております」

 王生が伝えてきた。入城を援護したことへの礼でも言いたいのだろう。

「目通りなどと、俺はもう軍人ではないのだぞ。どこにいるのだ。俺から会いに行こう」

 会いに行ってみると、隊長が直立していた。その隣には、従者体のまだ背が伸びきっていない少年もいた。王訓もこれくらいだったな、と思うのと同時に、喉の奥から声が出た。その少年は、王訓そのものであった。最後に見た姿と同じように、王訓は口をへの字に結び、不安そうな顔をしていた。しかしその熱い目は、しっかりとこちらに向けられていた。

「私はやめておけと何度も言ったのですが、連れて行かないのなら死ぬとまで言い出したもので」

 隊長は困ったような顔をして、弁解するように言った。こんなことがあろうとは思ってもいなかった。王双は喜びと、この隊長を張り倒してしまいたいという気持ちに同時に駆られた。どちらかというと、喜びの方が大きかった。

「何をしにきた。ここは、お前のような者が来る所ではない」

 王双は吐き出すように言った。王訓は今にも泣きだしそうな顔で、への字となっていた口を開いた。

「私も、戦いたいのです。叔父上を見捨てることなどできませんでした」

 王双は、鼻の奥が熱くなるのを感じた。こいつも、まだ小さいが、男なのだ。王双はこみあげてくるものを誤魔化すため、向き直って隊長の体を張り倒した。

「よく連れてきてくれた。礼を言うぞ」

 王双は王訓を伴い自室に入り、部下に命じて飯の支度をさせた。馬上の旅は、まだ若い王訓には堪えたことだろう。先ずは、飯を腹一杯に食わせてやりたかった。

 穀物を炊いたものと干し肉がすぐに運ばれてきた。それを見た王訓は威勢よくそれを食い始めた。この辺りは、まだ子供だ。明日からは、厨房にでも預けて働かせればいい。

 一つ気になっていることがあった。聞こうかどうか少し迷ったが、やはり聞かずにはいられなかった。

「白翠は、どうしている」

 王訓はそう言われ、食う手を止めた。そして、俯きながら答えた。

「王双という人はいなかったのだと、そう言っていました。叔父上がいなくなったことを悲しむどころか、本当に何事もなかったかのようにしていました」

 それを聞き、王双は笑い声を上げた。強い女なのだ。やはり俺があの女に惚れたのは、間違いではなかった。これで思い残すことなく死んでいける。

「何がおかしいのですか」

「子供にはわからんことだ」

 怪訝そうな顔をする王訓の顔を、大きな右手で掴んだ。

「お前もいずれ、女を抱けばわかることだ」

 王訓は顔を赤くさせ、王双はまた一つ笑い声を上げた。所在なさげに飯を口に運ぶ王訓の姿を、王双はしばらくじっと見つめていた。

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