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無限転生 -転生勇者の魔王譚-  作者: ホモンロ
第一章 魔王レイヴン
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第五話 『帝国-01』

 魔王とは、存外に退屈なものだなと、ブレインは思った。

 勇者を屠った後、玉座に踏ん反り返っているだけの時間が、幾ばくか過ぎていた。

 この無駄な時間が暇に感じてしまうのは当然か。

 勇者だったブレインにとって魔王を討つための準備が、こうしているだけの状況に成り代わってしまっては原因も分かりやすい。

 他者との関わりを避けるように孤独に戦ってきたブレインには、当然これだけの配下は居なかった。

 他人に問う前に自分の目で確かめることを基調とし、行動一つが窮屈に感じることなどなかったと言える。

 よもや、何かをしようにも優秀な側近に命じてしまえば答えが返ってくるのだから、魔王としての行動に意味はない。


「リジェッタは、どうしている?」


「牢に留置してから、今は疲弊した状態で眠りについたまま起きる様子はありません。起こしますか?」


「……いや、必要ない」


 行動に意味がないのなら動くことは惰性になり、余計に暇になっていくのは当然のこと。

 彼女の言うところの起こすという行為が、暗に穏やかな目覚めを想像できない辺りに人間という種族への含みを感じる。

 人間と魔族の敵対し合う種族という先入観だけではないような、あるいは、この魔王の敵だからという理由以上の意味は無いのかもしれない。

 その最たる存在でもある勇者と、その仲間の一人。そう考えてみてもリジェッタに対する彼女の当たりが強くなるのは致し方ないのだろう。

 もっとも、ブレインとて大きい傷はつけずに生かせという以上の、丁寧な扱いまでは命じていない。

 ブレインもまた優しく扱ってやることまでを望んではいないからだ。

 今更、玩具を壊されてしまうくらいで泣き出す程の子供ではなかった。


 ブレインは倦怠感に気を取られ、玉座に踏ん反り返るだけという比較的楽な魔王の職務すら放棄し、だらしなくもたれ掛かった背を更に深い位置まで落とし込む。

 わざとらしく息を吸い込んでは鼻から嘆息を抜いていった。

 退屈だと、思ってしまうだけに、より退屈が伸し掛かってくる。

 あまりに怠慢な態度に側近からは怪訝の声が聞こえてきた。


「何か、御不満があるのでしょうか、魔王様……?」


「良い、気にするな。勇者を討った高潮から、この退屈との振り幅に少々面食らっているだけだ。だが……」


 従事する王に分かりやすく目を引く態度を取られては、原因を聞き出すこともやぶさかではない。話すだけでも多少気を紛らすことはできて、側近の行為自体には救われた。その上で白々しい答えと本音の中にブレインは引っかかるものを覚える。


「ですが?」


「……いや。それこそ、気にしないでくれ」


 思わせぶりに思考を切り上げた。

 違和感の原因がブレインの中で完結したからだ。そしてそれは、側近に話したところで意味のあることとは思えない。

 側近は怪訝を深めることはあっても、深くまでは追及しなかった。王が必要ないと言うなら、彼女の中でもまた必要がないことなのだ。もとより、詮索してしまう無礼以上に代わる理由は彼女の忠誠の中には無い。


 千度の人生を経て、ブレインは勇者から魔王に成った。魔王には成ったが、その立場を受け入れることに違和感を覚えるのは必然でもある。

 千度も、よもや魔王とは真逆の立場で居続けたブレインには、そう呼ばれることにむず痒さがある。

 それを素直に受け入れさせてくれるほど、千という数字に染みついた業は簡単に消えてくれない。

 魔王の魔王らしさたる行動も一つとて果たしていないことは起因の一つだろうか。

 ブレインの中でしか片付けようのない気持ち悪さを、再び大きく息を吸い込んでは嘆息に乗せて吐き出す。


「……暇、だな」


 ブレインはそれとなく呟いた。思考よりも先に口が動いた呆けた言葉だ。


「魔王様が素晴らしい御力を持って彼の勇者を討ち取ってしまったが故、しばらくは暇を持て余すことになるのかもしれませんね」


 安易に同調するだけでなく、そこに魔王への賛辞が付いて来るのは流石と言うべきか。

 忌憚なく言ってしまってそれが気持ち悪さの要因でもあるのだが、口にして気まずくなるのも面白くはない。

 無論、気にすることなく平然と王たる態度を取っていればいいのだろうが、やはり魔王に成りきれていないブレインの未熟さなのか。


 暇に乗じて、考えてみる。

 漠然と、長くも短いこの先の人生。

 この魔王の成すべきこと。

 ブレインの思考は変わらず退屈に呑まれていく。



 ◆



 勇者にとって人生を掛けた最大の目標とは、間違いなく、魔王を討ち取ることだろう。魔王の消滅こそ即ち世界に平和をもたらすからだ。

 ともすれば、ブレインの中でその思考の逆転に至るまでの発想は早い。

 魔王にとって最大の目標とは、勇者を討ち取ることなのか。そうだとしたら既に勇者を討ち払ったブレインには関係のないことだ。千度魔王と戦い、その度に準備を繰り返したが、準備も無く屠った。

 旅の中で準備をすることに退屈を紛らしている部分はあったのだろう。あるいは、千の人生に気を狂わせまではしなかったことは、勇者としての確固たる目標があったからなのかもしれない。少なくとも、更なる退屈があるものだとは思わなかった。もっとも、気が残っていることに退屈を思っているとも言えるのだが。

 勇者として抱えた目標と、魔王として既に果たしてしまった結果に、退屈を感じることは必然なのだろう。


 ただでさえ倦怠感が付きまとった理不尽な転生。

 今はまだ、勇者から魔王に成り代わった目新しさに身を持たせている。

 魔王としての人生における最大の目標を終わらせたブレインには、倦怠感こそ大きな敵だ。

 勇者が生きていない事実に、退屈ばかりを噛むことしか出来ないのか。

 否、魔王にとって勇者とは、所詮覇道を邪魔する者の一人に過ぎない。


 例えば、世界征服を望むのなら、勇者とはそれを阻止する者。

 ブレインの勇者としての旅路はいつからか魔王を討つことにのみ注力していたが、こう考えてみると目的と結果が入れ替わっていたようだ。それに気付かず盲目に千度も旅していようとは、勇者らしさたるや何と眩しすぎることか。

 魔王を討った後の世界のことなど興味がなかった。ならば勇者を討った後の世界は、必然的に興味も薄くなる。

 それは勇者として魔王を討つような、魔王としての確固たる目標というものさえも曖昧なことが、ブレインを傍若無人に振る舞わせるのだ。


 気まぐれに勇者を殺し呪いを掛け、気まぐれに聖女を捕らえる。その気まぐれと気まぐれの間にある退屈がブレインには耐え難かった。

 今も同じ、気まぐれとその次の気まぐれへの間が退屈を呼び込むのだ。

 そして愉悦は向こうから訪れてきてはくれない。

 千度の人生で立ち向かってきた魔王のように、彼らに習って世界征服でもしてみようかと、ブレインは退屈の中で次なる遊びを考えていた。

 勇者として戦い続けたブレインの中にふと生まれた膨大な暇こそ、魔王としての思考を研ぎ澄ませるのだ。


「……近くに、帝国があったな」


 暇な時間というものはブレインを記憶へと没頭させる。

 細やかな地形こそ曖昧だが、広く言えばこの魔王の拠点へと隣接する大国の存在が頭を過った。

 千という数字を経験しておきながら覚えていることの方が不自然か。曖昧な記憶が二度目以降の世界の記憶に上塗りされない、というよりも、記憶へと没頭するごとに不自然に思い出せる。魔王の力の使い方をこの肉体が教えてくれたように、魔王の記憶がブレインの中で混同しているような感覚である。


「はい。ユークリッド帝国のことであれば、確かに」


 ユークリッド帝国。

 魔力を付与した武具、『魔具』の生産が盛んで栄えた長い歴史のある大国。魔王の拠点とされる場所と隣接する国だけあり、他国からの補助も得て堅牢な武力を要する。

 人々に恐れられる魔族、魔王の存在ではあるが、大陸で見ても魔族の要する土地というのは僅か一部だ。帝国との国境際における防衛の戦線は押し上げることも下がることも無く、膠着した状態が続いている。

 その国の名を指して、ブレインはおもむろに口火を切った。

 勇者の死を持って、それは齟齬をきたすことになる。


「落とせ」


「……は?」


「帝国を滅ぼせと言っている」


「御言葉ですが魔王様、それは本気で仰っているのですか?」


「お前が冗談の通じる者なら冗談だったのかもしれんな。残念ながら俺は本気だよ」


 愕然としたまま呆けた側近にブレインは重ねて嘯いて見せた。不躾極まりない態度は暇の中に生まれたとは側近が気づくはずもないだろう。厚かましく、図太く、主観のみを主張する。

 暇つぶし以上の意味を持たない理由に建て前を肉付けて、ブレインは冗談を真意へと昇華させるのだ。


「勇者ブレイン。彼の者を討ち取ったことで、この魔王の脅威となる存在は居なくなった。人類におけるちっぽけな希望をへし折ってやったさ。長らく魔族の弾圧されてきた時代は、ここに終わった。手始めに帝国を落としてやろうじゃあないか」


「しかし、僭越ながら意見を述べさせていただきますが、帝国へ攻め入ることにどういった意味があるのでしょう」


「勇者を討ち取ったことを知らしめ、世界にこの魔王の名を教えてやる。今こそ魔王の支配する時代を作るための蜂起に、分かりやすく人類への恐怖と絶望を植え付ける手段として丁度いいだろう。それなりの権威のある帝国を滅ぼされたとあらば世界も無視は出来ない。帝国の滅亡を持って、魔王の存在を更に誇示するのだ」


 それは、勇者としてブレインが初めて殺されたとき、最も大きな心残りだった。勇者が討ち取られた後の世界を想像し、魔王に支配される時代が来ること。

 魔族に対して、人間の数の多さと勇者の存在により保たれていた世界の秩序。勇者という存在が欠けたことで均衡が崩壊することも想像に容易い。人類が人類の権威のために戦い、魔族に対する弾圧と迫害は一概に正義と言えた行為ではないだろう。逆もまた、魔族は魔族の権威のために、勇者の死を持ってそれは覆される。


 勇者と魔王、その両者が存在したことにより争いの均衡は続いてきた。

 勇者が死んだ世界は人類と魔族の権威が入れ替わることになるだろう。

 弾圧と迫害に耐え忍んできた魔族がその権利を放棄するはずがない。

 今正にブレインは、勇者として戦ってきた矜持を魔族の王たる存在として捨てようとしている。


「帝国を占拠する。手段は問わない。全魔族を結集し、進軍しろ。抵抗する者は皆、殺し、蹂躙しても構わない」


 ブレインは淡々と告げていく。勇者として守ってきたものを、壊そうとしている。

 それはかつての自分自身の扱いと同じく、積み上げてきたものを自らの手で崩すのだ。そこに勇者を殺した時と同じ快感を求め、勇者としての記憶と決別する。

 勇者として志半ばに散った後悔、世界を救えなかった心残りを、魔王の凄絶な力で壊す。勇者個人と世界の大きさに規模の差はあれど、ブレインの中でその天秤は平行した価値を表していた。

 消し去りたい過去という意味において、これほどまでに視界の邪魔をしてくる後悔は他にない。

 どれだけブレインの精神が廃れていようと嫌でも幻影を見せつけてくる。

 手の中にある後悔を潰したいという衝動は、赤子のように、されど節度を持って丁寧に蓄積されていく。

 どんな拍子でぱんっと叩きつけてしまうかもわからない、寂れた精神の中に沸き上がる自分自身でも制御できそうにない衝動。

 かつての自分を自らの手で嬲り殺したという事実は、一度犯してしまった罪悪感に対する後ろめたさを忘れさせていた。


 歯止めを失ったブレインの思考は独り善がりに我を誇張する。

 自己犠牲ばかりを求められた勇者の身とは違い、魔王という立場はそれすらも許した。

 玉座に踏ん反り返っていることが、魔王の役目だった。


「勇者の首を討ち取った、その挨拶代わりだ。この魔王が座すべき玉座を、空けてこい。そこが新たな魔王の居城となる」


 帝国の首都、つまりは帝都ユークリッド。

 城で偉そうにしているだけの王の顔を思い浮かべながら、ブレインは命令を下す。

 王自身への恨みはないが、偶然、帝国の王であるということだけに矛先は向く。


 勇者という存在がこの魔王を保守的にさせてきた。

 勇者亡き今こそ、魔王から出向くには格好の機宜である。

 魔王の魔王たる有無を言わさぬ威厳に、側近はその命を受け、身を震わせていた。感動していたのだ。

 魔王の秘めた胸の内を知らずに、知ったところで変わりもしない、絶対の忠誠が打ち震える。


 従事する王が、覇道を唱えている。

 そこに尽くせぬ忠義なら身を震わすことはなかっただろう。

 しかし、側近は側近としての忠義のために、王の命へと背いた。

 王が覇道を唱えるのなら、多角の意見を添えることも側近の使命だ。

 よもやその王の意志がただの暇つぶしの思い付きとあらば、慎重な意見があるに越したことは無い。


「ですが、魔素の奔流たるこの地を離れることは得策と言えるのでしょうか」


 人間、魔族を問わず体内に魔力を生成する素養である、魔素のその奔流。

 以前、魔王の拠点が漠然としていたかそうでないかと、考えたこともあったか。

 勇者として臨んだ相手の事情など興味も無かったが、特に人間以上に魔素の恩恵を受けれらる魔族ならばこそ、この地は拠点として相応しい。

 この場合魔王の力の誇示を目的とし、城という相乗も得られるのなら、側近の進言は魔王の意思を阻害するほどの理由にはならなかった。

 というよりも、それはブレインにとってこの凄絶な力を窄めさせる要素とは思わせないだけの、甘美に酔いしれているだけだった。


「関係ない。それともお前は、その程度のことで魔王の力が衰えるとでも思うか?」


「……滅相もございません」


 やはり、ブレインの有無も言わせぬ威厳は、側近の中でより強い忠誠を育むだけだ。

 余計な憂慮による無礼を胸に手を添えながら首を垂れて詫び入れる。

 流麗な作法にドレスは優雅に舞った。

 手のひらに押さえつけられた胸の内は、確かな高揚に満ち足りていた。




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