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無限転生 -転生勇者の魔王譚-  作者: ホモンロ
第一章 魔王レイヴン
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第四話 『戦況-02』

「聖女が操る神聖魔法と私の魔法の性質上反発しあうため、直ぐに魔王様の手で制裁を下すことは出来ませんが、聖女が張り巡らせた結界を視認できる場所までは、私めの転移の魔法でご案内いたしましょう」


「……ああ。頼めるか」


 魔法とはそんなことまでも可能なのかと、ブレインは呆然と聞き入れた。

 否、魔法の得手不得手には個人差があり、聖女リジェッタが神聖魔法を得意とするように、魔導士マーリンは炎の魔法を得意としていたことをおぼろげながらに思い出す。

 試してみない限りは分からないが、魔王の肉体にはそれすらも可能にさせるような力を感じる。

 実際には、千度の人生で合理性や排他性に凝り固まった思考には、魔法で移動する手段を思いつかせるだけの想像力に欠けていただけなのだろう。無論、勇者という身体が魔法を得意としないことも所以している。

 いずれにせよ、側近がそれを得意とするなら、わざわざその手を使わないことに意味はなかった。


「準備はよろしいでしょうか」


「構わん」


 取り立てて見繕う物など無い。

 簡略的に様式のようなやり取りだけ、面倒なことを避けたがる魔王の意思を汲み取って魔法を唱える。

 やはりというか、魔王の思考を読み取ることに長けた側近の能力は、彼女が側近たる所以だろう。

 不思議とこの関係性がしっくりくる。魔王としてこの肉体に宿ったブレインの意識は始まったばかりのはずだが、それすらも受け入れるような、魔王に対してのみ寛容な心。

 勇者に見せた敵対の意思は、この魔王が勇者ブレインであることなど勿論知るはずもない。

 魔王が魔王であることに向けられた忠誠が、ブレインは妙に居心地が良かったのだ。


「少々浮遊感がございますが、足元を取られぬようお気を付けいただけますか」


「ああ」


「それでは、御立ちくださいますよう」


 玉座に座したまま粗雑に受け答えするブレインの傍らに寄り添う。

 この場合、玉座に踏み寄ることの無礼以上に、ブレインの立ち上がるだけの倦怠感は作法を損なう理には適っている。

 ブレインが自ら提案したことまでも無気力なのは、千度という長い人生が愉悦に対する感度を著しく落としてしまったことに他ならない。

 ほんの気まぐれさえも持て余す自分自身が不憫でならなかった。

 老人のように重い腰を上げては、側近への目配せが命令になる。

 側近からも返ってくる視線があり、それが合図だった。


 暫時、訪れる浮遊感。

 決して気持ちがいいと言い切れるものでもないが、不快感までにはならない感覚。

 空間を超越し、また足の底が地に付くとき、視界は一気に明るみを増す。

 洞窟状になった魔王の拠点、洞窟と洞窟を繋ぐ剥き出しになった一本道の渓間に立つ。暗に一本道とは言っても、幅の広さは皇族の住まうような城の廊下のようにだだっ広くなっている。

 果てしなく、澄んだ青空。魔族の好む場所に噴き出す瘴気すら関係なく、空は魔王を照らした。

 こんなことの感覚ばかり鋭敏になる。陽の光のありがたみ、当然直接的な感謝などないのだが、年寄のように五感へと与えられる情報が心地良く感じる。魔王という立場をも無関係に老け込ませるほど、千という数字は伊達ではないのだ。


 拭き渡る風が身に纏った深淵のローブをはためかせ、その行方に大きな光状の壁を見せる。

 聖女が作り出した結界だ。結界がだだっ広い道を一杯に塞ぎ、そこに骨の姿をした兵たちが膨大な数を群がっていた。

 骨屍族こつしぞく。骨の剥き出しになった身体に剣と盾を持ち、理性を持たない兵士。その筋力は人間の一般的成人男性を凌ぐと言われている。彼らが剣で結界を叩き続ける甲高い音が耳に届いた。

 しかし、結界はひび割れるどころかその兆しすら一向に見せることは無い。力任せでは壊せそうにそうにないらしい。


 聖女の力を括目したことに懐かしさを感じるのは、やはり千という時間がブレインをこの世界から切り離していたからなのだろう。悠久の時の中を彷徨い、今再び相まみえ、そこに郷愁を感じてしまうことは不自然ではない。

 聖女の力が健在であることにどこか安心を覚えてしまうのは、勇者の性か。

 敵という立場ながら、心の中で聖女の持てる力に賛辞を贈る。

 変わらないな、という感想は、この力を持って乗り込んできた聖女からすると時間から切り離されていたのはブレインだけで、間違っているのだろう。

 改めて結界へと身を直し、目標を見据えた。


 結界が塞ぐ道。群がる骨の兵士たちが、どちらが道を邪魔しているのか分からなくなる。

 骨の兵士たちに囲まれた聖女の姿は、見えなかった。

 そこに結界が張られている以上、半球体になった結界の内側に聖女が居ることは間違いないはずだ。

 骨の兵士の膨大な数が、聖女との謁見を拒んでいるようだ。

 無気力だったブレインも、こうも焦らされると不思議と面白くなってくる。

 この魔王が、試されているような、そんな感覚。

 そしてブレインは、結界の中心へ向かって一歩ずつ踏みしめていく。



 ◆



 ブレインが一歩刻む度、骨の兵士たちが左右へ波のように割れていった。傍らには連れ添うように側近が居て、彼女もまた骨の兵士たちにとって上の者であるように、これだけの数が押し合う中で触れることすらしない。

 結界に向かって真っすぐ歩く魔王の邪魔にならぬよう、理性を失くした兵士たちは忠誠を尽くす。

 次第に結界を叩き続ける甲高い音も減っていき、やがて結界との距離が数歩にもなる頃、肉感の無い骨の軽い音だけを耳が拾う。骨の擦れるような音だ。

 骨の海も終わりを迎え、ブレインの前に光状の壁が佇んだ。

 半透明なその内側には、ブレインも良く知った顔。

 内側の彼女もまた魔王を見据え、整った顔立ちは一瞬にして絶望に変わった。


 聖女リジェッタ。

 傷を癒し、魔を払う神聖魔法を得意とし、勇者と共に冒険した一人。

 千という時間を超えた今に見ても、綺麗な女性だ。あらゆる世界を見てきたブレインが、廃れた精神と肥えた目を持ってしても純粋にそう思わせるだけの魅力がある。

 その美貌だけでなく、数少ない神聖魔法の使い手として、勇者に選ばれる実力。

 神聖魔法とは天性の素質がなければ扱うことも出来ない能力だ。

 その上で、彼女は百年に一人と謳われた存在だった。


 ブレインは彼女の作り出した結界に手を触れる。

 魔王の力を持ってしても、物理的な力で壊せそうにない硬度。

 ブレインが真似しようとしても、あるいは、似たようなことまでは可能かもしれないが、再現には至らないとすら思わせる。

 その感触を確かめるように手を滑らせ、撫ぜていく。

 輪郭に沿って指先を這わせながら、返事も期待せずに内側の彼女へと語りかけた。


「良く出来た結界だな」


 無論、それに返ってくる言葉は無く。

 少しばかりの寂しさと、ある意味期待通りの応えに、ブレインは失笑を浮かべた。

 少なくとも、二人の距離を遮る壁があっては会話もままならない。

 ならば。かつての仲間と偲ぶこともさせてくれないその壁を取り除くだけだ。


 ブレインは結界に掌をかざす。

 魔力の流れが、淡く暗い輝きを放った。

 ブレインの掌の中で、結界は泡が弾けるように容易く消滅する。


 この世界に帰って来て、初めて対面するかつての仲間。

 あまりにも容易く結界を破られたことに、彼女の表情は一瞬戸惑いを浮かべ、また直ぐに悔しさに歪み、やがて穏やかなものになる。

 諦念が、その心を支配しているのだ。

 だが、勇者の仲間は、魔に屈しない。


「気分はどうだ、聖女リジェッタ――リジェッタ・ロサリオ」


「……貴方に、その名前を呼ばれたくはありません」


「寂しいことを言ってくれるじゃあないか」


 リジェッタ・ロサリオ。

 かつて仲間だったという意識を押し殺し、魔王として、その名を呼んだ。

 かつて仲間だった者から名前を呼ぶことすら、拒まれる。勇者の仲間という誇りを掛けて気丈な言葉を紡ぐのだ。想像していても、存外に心苦しいものだ。

 勇者としてこの世界で戦った記憶を否定されるようで、自分が何者だったのか、分からなくなる。

 自分が勇者ではないのなら、千度の人生とは何だったのか。意味も無い業に憑りつかれ、無駄に戦ってきたというのか。

 勇者という矜持すら失いかけていた心に、リジェッタの言葉は深く刺さった。

 勇者の誇りと魔王の信念が入り乱れて精神を蝕んでいく。

 だが、リジェッタに拒まれたことで、ブレインの中で初めて何かが吹っ切れる。

 もう。勇者でなくても良いのか、と。


 リジェッタはふと何かに気づいたように、周囲を見渡し始めた。その表情は焦りと混乱、同時に全て悟り、その上で何かを探している。

 この場に居るのは無数の骨の兵士と、魔王とその側近、そして彼女自身だ。

 ブレインはリジェッタが何を――誰を探しているのか、既に察しがついていた。


「――ブレインは? ブレインは……どう、なったのです……?」


 その名が、ブレインを呼んでいないことなど、最初から分かっていた。

 先ほどまで、その名前を呼んでくれることに何かを期待していたが、もはやブレインにとって期待に値する価値を持たない。魔王の目を見つめながら、その名前を紡ぐのだ。かつて、信頼し合った仲間でさえ、ブレインをブレインとは呼んでくれない。

 恐る恐る、結果を知りながらも尋ねてくる、彼女にとって希望の名前。

 ブレインは、義理以上の意味を持たずに答えてやる。


「この魔王が今こうしてここに居る。それで答えになるだろう」


 言葉足らずで、だがしかし、状況を語るに足る言葉。

 リジェッタは魔王の言葉への理解を否定しようと俯き、頭を振る。

 そんなことをしたところで状況は、ましてや理解さえも変わりはしない。


「そ、そんな。そんなはずは、ありません……」


「首の一つか、あいつの剣でも差し出してやれば、あるいは証明してやることも簡単だったかもしれないな。生憎と、丁度どちらも捨ててしまったところだ」


 魔王の力をその身に浴びせ、僅か二つほどこの世界に残った勇者の忘れ形見。

 つい、ブレインの気まぐれで、ほんの先刻に捨ててしまった。

 無論、残してやる義理こそないのだが。


「ド、ドルカスは!? マーリンは!?」


「ああ、死んだ。残ったのはお前だけだ」


「嘘ですっ!」


「嘘だと思うのなら自分の目で確かめてみるしかない。こちらも本当のことを教えてやる義理は無いからなあ」


 せっかく告げてやった事実を否定するのなら、実際に目で確かめてもらった方がブレインとしても手っ取り早い。

 義理や不義理はブレインが勝手に考えていただけのことだ。

 かつて仲間だった者へのせめてもの心遣いを無下にされようなら、ブレインとてそこで張り合うつもりはなかった。

 それこそ、その目で確かめさせてやる時間を与えるか否かも、同じではあるが。


「まあ。もっとも、問題はお前独りでこの状況から逃げ出せるか、だがな」


 魔王の言葉に同調し、骨の兵士たちは顎を打ち鳴らしてけたけたと笑いだす。

 自分たちの存在を主張するように、不気味に、気づけばリジェッタの背後へと回って取り囲むように逃げ道を塞いだ。

 リジェッタがハッと振り向いたときには既に遅く、抵抗する気力すら、ままならなかった。

 そのまま地面に膝をついた勢いでぺたりと腰を落とし、絶望に項垂れる。

 骨が打ち合う音の中、傍らから聞こえてきた声はその処分を尋ねていた。


「如何いたしましょうか」


「殺しはするな。生かしたまま捕らえろ。そうだな……大きい傷はつけるなよ」


 これで魔王の役目は御免だ。これ以上、リジェッタを相手にこれと言って執り行うことはない。

 結界を打ち破られただけでも彼女の中では十分な効果になった。

 殺させまではしないことに昔なじみの覚えではないが、ブレインの指示に義理や情は働いていなかった。

 それこそブレインの気まぐれに利用してみるだけの価値を見出し、生きながらえさせるだけ。

 リジェッタからの抵抗がないことに、魔王の手を煩うほどの意味がないだけだ。

 こんな会話を目の前で聞きながら、立ち上がろうともしないことが即ち諦めを表している。


 彼女自身に罪はないが、千という人生を苦しみ抜いたブレインからしてみれば、この程度で絶望に項垂れていることに、何か嗜虐性を掻き立てられる。この魔王と敵対していることが、罪と言えば罪になるのだろうか。

 かつて苦楽を共にした仲間だからこそ、本当の絶望というものを教えたくなってしまう。

 何をしてほしいか、なんて尋ねるほど無粋なことも無いだろう。

 大きい傷を付けないことは彼女の美貌に対するせめてもの敬意か、あるいは、それ自体に利用価値を見出した下卑た想像だ。

 これだけ見目の整った女が、よもや虜囚になろうという意味は、多少卑しい扱いを受けることは避けられない。


 もはやブレインは勇者ではないのだ。かつて仲間だった者でさえ、今のブレインを勇者と認める者は居ない。

 ならば、人々にとって英雄や人格者であることを続ける必要はないということだ。英雄のように何かを守るための振る舞いも、人格者のように人々を救う行いも、必要ない。

 ブレインは勇者であり続けたことに疲れている。

 かつて仲間だった者でさえ認めてくれないのなら、そこに遠慮はいらない。

 魔王のように振る舞って見ても良いのではないかと、ブレインはそう思う。

 ブレインにそう思わせるだけの言葉を、他ならぬリジェッタが告げた。

 魔王が魔王であることは誰も咎められないのだ。

 そこに逆らう意思があるのなら、魔王たる振る舞いを見せるのみ。


 かつて仲間だった者との決別。

 それは勇者を屠った時と同じように、興味を失くしたように踵を返す。

 一歩ずつ離れていく度に背後の骨の音が一か所に集っていく。

 どうやら抵抗の意思はないらしい。否、魔王を背後から撃つだけの覚悟を失くしただけだ。

 やがて骨の音が耳から遠くなってきた辺りで、魔王は側近に告げる。


「ついでに、ドルカスとマーリンの死体も回収しておけ」


 あるいは、死者を冒涜した言葉。

 動きもしない屍に何の意味があるのか。

 リジェッタへと見出したほどには満たない利用価値を、ブレインは想像していた。

 例えば、動きもしない屍を動けるようにしてみようなんて、それこそこれ以上に冒涜した思考も無いだろう。

 それがブレインにとって魔王のような思考であるならば、稚拙でかつ、何と魔王らしいことか。


 かくして、勇者と魔王との戦いは真に幕を閉じた。

 魔王の勝利という、やはり変わることの無い結果。

 だが、ブレインだけは、その勝ち負けに皮肉めいたものを感じるのだった。



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