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無限転生 -転生勇者の魔王譚-  作者: ホモンロ
第二章 鳥籠の姫君
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第十七話 『来訪者-01』

 今は変わり果てたユークリッド帝国の街並みに、骨だけの肉体と腐った肌の異形の人々が闊歩している。

 そこにユークリッド帝国の住民だった本物の人間の片影が見えることで都市に歪な景観を描いていた。


 かつてユークリッド帝国一の将とまで称された騎士、ハワード・ストラトスもまたその歪な都市に佇む一人である。

 彼の場合、未だ物陰に息を潜めていられる立場が奴隷同然に扱われる彼らとは違っているのだが。


「フン……魔族共め、人間の生きた痕跡を断つつもりだな……」


 帝国の中でも郊外に当たる身を隠す場所には困ることの無さそうな密集した住宅地。

 鼻で笑い息を殺したまま忌々しげに呟くその口元には無精髭を蓄え、安っぽい衣服を纏う姿はかつての威光を地に落としている。ユークリッド帝国が魔族の手に墜ちたあの日の甲冑のまま居るには何分も便が立たず、そこらの家屋から火事場泥棒のような真似までして手に入れた服はすっかりと薄汚れていた。

 もっとも、そんな落ちぶれた姿も貧相な布一枚ほどしか与えられていない彼らと比べれば幾分もましなのだろう。


 その武勇の限りに帝国を守り通してきた栄光と名誉は遥か過去の遺物、ハワードの輝かしい実績はもはや人々の記憶から忘れ去られている。

 魔王の偉大なる魔法に直面した一人であるハワードは、人々の間では既に死亡したものと考えられていることの方が自然だった。

 ハワードが魔王と対峙した時、彼の者が狙っている獲物がアイゼンフォート城であることは感付いた。勘や想像の云々を絶する膨大な力を前に、品性までも捨て逃げ隠れることに迷いはなかった。その末に命からがら生き残ったのだ。

 今やみすぼらしい姿に成り果てようとも、誇りに恥を塗ってでも生き延びていた事実は魔族を含めた誰一人が想像していないだろう。

 あるいは生き残っていたとして、戦乱に乗じて亡命していると考えるのが妥当である。


 そんなことよりも、魔族の手による都市の取り壊し作業が物陰に潜むハワードの目先にて行われているこの現状、今正に都市の末端にまで取り壊し(塗り替え)に着手し始めていることになる。

 帝国が滅亡した日から早くも数日が経過した。ハワードが自分が全てを失ったと自覚するまでにそれほど多くの時間を要することは無かった。誉れ高きハワードの自尊心がその事実を容易く受け入れさせた要因は、他でもない魔王の存在である。

 彼の存在がその気になれば今ハワードが居る場所までの一帯を一瞬にして更地にすることも可能だろう。それを想像させられた時点でハワードの中に矜持は無くなっていた。

 魔王の偉大なる力に直面した、恐らく唯一の逃げ延びた人間だからこそ、栄光や名誉というものが如何に馬鹿馬鹿しいことか理解させられてしまったのだ。


 魔王が力を出せば数刻で片が付くはずの彼らの作業が、しかし魔王自身が表に立たないことで刻々とユークリッド帝国が塗り替わっていくような、世界への支配の縮図を眺めている錯覚さえ覚える。

 それがハワードの考え過ぎなのだとしても、そう遠くはない将来にユークリッド帝国以外の各国まで触手が伸びていることは誰もが想像に容易いだろう。


「そろそろ潮時、か……」


 ハワードは崩れ落ちていく帝都の街並みに機宜を睨む。今となっては見る影もないかも知れないが、かつて帝国一と謳われた将の審美眼は衰えてはいない。

 馬車馬の如く働かされる彼らには想像もつかないだろう。同じ人間として、ハワード・ストラトスという強者だからこそ出来る究極の選択。


「――待って居ろよ魔王。今このハワード・ストラトスが、そちらに向かおうじゃあないか」


 慣れ親しんだユークリッドの地。今や栄えた街並みは変わり果てようとも、かつてハワードが仕えたアイゼンフォート城の佇む在り場所までは変わっていない。

 ハワードはアイゼンフォート城が君臨する方角を睨みながら、不敵な笑みを零している。



 ◆



 玉座に肘をつくのは魔王の姿。脚を組み、くるぶしの先をぱたぱたと揺らす居ずまいから嫌に機嫌の良さがうかがえる。

 それは目下に四人の忠臣が数日ぶりの集結を果たしたことからだろう。


「ガーネット、サファイア、ファントマ、クロノス。それぞれ己が役割によくぞ務めてくれた、ご苦労。やはり、こうして仲間たちが集うというのは良いものだな」


 レイヴンはわざとらしく嘯いて見せる。四忠臣と、適当な選出をして勝手に名付けた彼らの間に微妙な亀裂が存在していることは理解している。

 仮にも勇者として戦ってきた千度の人生が、魔王の意思の中に眠る勇者の意思を思い出させたのだろうか。否、かつて仲間だった者たちへの扱いぶりがもはやセンチメンタル的な成分を否定する。

 それはやはり、所詮レイヴンの戯言に過ぎないのだろう。


 それぞれの強すぎる個性が故にぶつかり合う(主に騒がしい二名の)関係性は傍から見ていて愉快にまで思うことがあった。

 勇者としての人生に廃れた精神が、魔王の肉体から見る世界へと変わることで忘れていた感情を思い出しているのだろう。

 特に、そんな安っぽい台詞に虫唾を走らせる者が彼らの中に居る事も知っている。

 案の定というべきか、狼の姿をした彼は大げさに煙たがって見せた。


「はっ! 勘弁してくれよレイヴン様よぉ……。前も言ったような気もするが、好きでまとめられてるわけでもねえのにこんな連中とお仲間ごっこなんて気持ちわりいぜ。ってか、仲間・・なら仲間・・の性格ぐらいいい加減理解してくれい」


 皮肉交じりに疎んじるファントマ。

 そこに真っ先に噛みつくのは相も変わらずサファイアだ。


「うるっさいわよ犬ッコロ! せっかくレイヴン様からお褒めの言葉を頂いたのに、アンタの所為で台無しじゃない!」


「あぁ!? 誰が犬だよチビてめえぶっ殺す!」


 喧嘩っ早いことだけは共通するらしい彼らをなだめるのは凛とした佇まいを変えることの無いガーネットだ。

 既に互いに拳を作っている間から冷静な声を投じる。

 綽々とした態度は渦中の者たちの内その片割れに油を注ぐだけだった。


「サファイアもファントマもそこまでにしておきなさい。レイヴン様の御前で醜い争いをするのははしたないですよ」


「ぐ……くっ! ……はしたないのはどっちよその下品な胸でレイヴン様を誘惑しているくせに……っ!」


 そう言われてしまっては引き下がるしかないサファイアは尻すぼみに語勢を落としていく。小高い双丘を眺めながら小刻みに震える握り拳を抑え込み、代わりに感付かれない程度に息を潜めてやり場のない怒りを暫く独りでにぶつぶつと呟いていた。


「おい。んなこたぁ俺には関係ねえんだよ。今すぐぶっ飛ばしてやっから歯ぁ食いしばりやがれ」


「……ったく。キャンキャンうるさいわね……クロノス! アンタからも何か言ってやりなさい!」


 静観を極めていた、というよりも、露骨に関わりを避けていたクロノスも指名を受けては口を開かざるを得ない。

 長い沈黙の後、クロノスはついぞ口を開く。


「……仲が宜しいことで」


 何もかも真反対な二人もこればかりは口を揃えるのだった。


「仲良くないわよ!」

「仲良くねえよ!」


 矛先が全て別の方向を向いた強すぎる個性。

 まとめ上げられる存在はやはりレイヴンの他に居ないだろう。

 愉快な寸劇でも見終えた満足感を抱えながら、レイヴンは今一度副官たちへの賛辞を贈る。


「――ファントマ、クロノス。特にお前たちは遠征をこなしてくれた。またいずれ戦ってもらうことになるだろう。今はゆっくり休んでくれ」


 両名とも、時をほとんど同じくして帰還を果たした。片や物足りなげに、片や遠征以前と変わらぬ様相のまま、今こうして健全にレイヴンの前に佇んでいる。労わる気が空に溶け消えてしまいそうな頼もしいばかりの面持である。

 レイヴンからの労いの言葉を彼らは謙遜と慢心の対照的な反応を見せた。


「有り難き御言葉。レイヴン様の配慮だけで、このクロノス地の果てまでも駆け抜けましょう。また如何なる時もお申し付けください」


「同調するわけじゃあねえが、俺も同じだ。俺はただ戦える場所があればそれでいい。まだまだ、こんなんじゃ満足できねえよ」


「そうか。それは、頼もしいばかりだな」


 相も変らぬ各自の思想の強さにレイヴンも呆れかえる。ゆっくり休んでくれと発言した立場としては逆に過剰な力を感じる彼らを敢えて宥めることも出来ない。それぞれ持ち寄った一つの確固たる意志を挫くことほど無粋な真似も無いだろう。


 差し当たっては、次にサファイアとガーネットの順だ。

 彼女らもまたレイヴンの気まぐれという思想の下にその役割を全うした。


「サファイアも、勇者の仲間だった者とは言え下賎な者にでも任せておけばいいような役目は自分の望んだところではなかったろう。我がままに付き合わせてしまったな。それはガーネットもだ。お前たちが付き合ってくれたおかげで愉快なものが見れた。礼を言おう」


「そんな、恐れ多い御言葉ですレイヴン様。私はただ、鞭を打っただけですよ。本当にあの女に絶望を教えたのはレイヴン様の功績です。まさか、あんな形で精気を奪うだなんて。私ではとても想像できない方法。あんなトラウマを植え付けられたら、あの女はもう一生立ち直れませんね」


「私めはただ御下命を賜っただけ。レイヴン様が御口を汚すようなことではございません」


「謝礼くらい、素直に受け取れよ。お前たちが俺をどう思おうと好きにしてもらって構わんが、卑下するまでの必要はない。従属関係はあってもそれ以上の序列はないからな。お前たちが互いや自分を否定するのなら、それはお前たちを選び迎え入れたこの俺への否定ということになる」


 その選抜方法こそいい加減ではあるが、レイヴンとて彼らを選び迎え入れた自らの審美眼が曇っていたことにしたくはない。

 彼らの中で魔王という存在の強さ、壮大さに従事してしまう忠誠心は拭えるものではないだろう。絶対の忠誠心、あるいは強さへの服従が、主君の存在を思考の起点へと植え付けているのだ。

 だからこそ遜った振る舞いというものが彼らの中で自然な思考となっていた。

 それを敢えて咎めることも無いが、序列関係を求めていないことを彼らに吹き込んでおく。

 もっとも、若干一名その例には漏れるのだが。


「分かりやすくて助かるぜ。つまり、強い奴だけがレイヴン様の目に適ったってことだろ? ならその立場は当然平等だ。この世で最も強い存在が言ってんだからな」


「……好きに解釈してくれ」


 多少極端な考え方であることも否めなくはないが、しかしそのファントマもまた、レイヴンの魔王たる絶大な力に主従を誓っているのだ。血の気の多い彼もその主君に見抜かれた者が決して弱者だとは思っていない。ならばレイヴンの意思にわざわざ反発する必要もない。

 他の三人が忠誠心に従うなら、ファントマは力に従う。

 魔王の言葉が持つ抑制力というものが、ファントマの狂気を操縦していた。


「――……時にレイヴン様。もう、気づいてっか?」


 おもむろに、ファントマが尋ねてくる。

 耳を上げ、その毛並みを多少逆立たせながら。

 見ればファントマに続いて三人がそれぞれ鋭く表情を変えている。


「大方、言わんとすることは知っているが、申してみよ」


「さっきから鼠が一匹、城を駆けまわってるぜ」


「うむ。やはりいらぬ勧告だったなファントマ。勿論気づいていたとも。しかしお前たちの中でも逸早く嗅ぎ付けたその鋭利な嗅覚、賞賛しよう」


「……何だよ。気づいてんならそれらしく振る舞えばいいじゃあねえか」


 呆れたように肩を下ろすファントマ。他の三人もまた彼に続いて緊張を解く。しかし鼠の一匹に対する警戒は続けたまま、君主の変わり映えしない振る舞いにその真意を推し量る。

 気づいていながら何も発言しなかったその意味。

 何時になく機嫌の良い君主の様相に、会話の流れからファントマが指示を仰いだ。


「で、どうすんだ?」


「駆除して来い、とでも言ってやれればよかったかもしれんが、俺たちがこの国を占拠して以来初めての来訪者じゃあないか。鼠が一匹迷い込んだだけだとしても、来客には手厚く扱ってやらんとな」


 そう言っているレイヴンの口角は緩やかに吊り上がっている。鍵盤でも奏でるような手元の仕草もまた、その機嫌の良さを表していた。


「まぁた面倒そうな企みか? 付き合ってらんねえな」


「いや、今回はファントマに出迎えてもらおう。彼の者をここまで案内してやれ」


「あ? なんで俺が。こちとら遠征の疲れが有んだよ」


「まだまだ元気そうじゃあないか。満足できていないんだろう? ゆっくり休んでくれと言った言葉は訂正させてもらおう。有り余った力を少し抜いてこい」


「……勘弁してくれ」


「くれぐれも、初めての客人を殺してくれるなよ?」


 有無を言わせぬ言葉の強さ。

 数分前の会話まで持ち出され言質に取られていた以上、ファントマに拒否権は無かった。

 もとより、レイヴンの言葉を無下にできる選択肢は四忠臣たる彼にはない。




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