84杯目 僕とタナカとミラクルと
「ふぅん・・・俊也は負けたんだ?」
期待外れだ。
見るからにそういった顔で彼女が言う。
腕を後ろで組み口をとがらせて見せて。
わかりやすいほどに分かりやすい。
わざと、だろうか。
わざとだとしたらどういう意図があるんだろうか。
気になる。
もっと気になるのは誰の意図か。
ルインか?エーデルガルドか?
「なぁにぃ?まぁた・・・・無視?」
甘ったるい声に最後だけ芯が通る。
その声への返事にはにはこれでもか、と言わんばかりの強い芯。
「無視ではないさ。なんと返そうか迷っていただけだ。ルインよ」
「ふぅうん・・・まぁ・・・話す気はないってことね?それならぁあ・・・・質問を変えようかしら」
甘ったるい声としっかりした声の声が切り替わる。
「なぜここがわかったの?ほとんどヒントは出していないはずだけどぉ?」
あれだけ蝙蝠の案内とかまでしといてヒントがないだって?
そう思う僕だが、僕の体は別の声を発する。
「ふむ。確かにここに入ってからはヒントが満載だったがそれまではほぼノーヒントだったな。」
「そうなのぉ。だからわた、私待ちくたびれちゃって・・・まち?まってて?私待ってな、みつけてほしくななな?私見つけてほしかったの?みつけてほしくなな?かくれてなな?はちきゅぅ・・・じゅう?じゅうってなぁに?」
支離滅裂な言葉を発しながら両手を握りしめて頭に当てて。
典型的な考えていますのポーズ。
わざとらしいが、ルインの精神年齢はどうやらかなり低い様子なので、其れなら納得か。
いや、でも本当に小さい子供はかえってあんなわざとらしい反応はしない気がする。
どうなんだろうか・・・って。
考えることぐらいしかやることがないから考えすぎているなぁ。
しかし僕が考え事をしていても勝手に会話は続く。
「ふむ。これは私も意外だったんだがね。ルインは本当に見つからなかった。矢撃たちは人間を使うのに慣れているようで何百人という人間が探していたんだよ。意識的に参加している人間もいれば気が付かないうちに利用されているというのもいたがね。」
そう、本当に彼女は見つからなかった。
以前まともな時にもショニエッターは追跡できていたのにエーデルガルドは見つけられないということがあった。
彼女は隠れるのがうまいのだろう。
「あそ、そそそそそ・・・・んん。それはそうよ。私は眷属を使って近くに来る者がいないか見張っていて、近くに来るたびに場所を変えていたわ。それに少しばかり力が使えるようになった時に私を見つけられないようにするため私がここにいることを破壊したわ。」
・・・どうやら体の状態に波があるらしく突如として茫洋とした金の目から、澄んだ菫色の瞳に戻るエーデルガルド。
話す内容も正常になる。
まぁ正常とはいえ破壊とか言われても僕にはよくわからないけど。
「破壊、かね?」
「あら、さすがにご存じないのね」
嘆息。
仕方なく、といった様子でエーデルガルドは口を開く。
「ここでいう破壊は概念的な破壊よ。物は何も壊していないわ。この私がいるという事実を破壊するとね、居るということが壊れるのよ。そうすると私自体には何もしていないから私は当然|《屋上》ここにいるわ。でも屋上にいるという概念は破壊されているから屋上にはいないの。」
だいぶ混乱してきた。
僕にはよくわからないレベルの話だな。
そもそも概念的な破壊とyらがよくわからない。
そう思っていると僕の体もそう思ったのか声を出す。
「少しばかり回りくどい言い方過ぎないかね?」
「せっかちね。会話を楽しみなさいよ。いつまでできるかもわからないんだから。ならば簡潔に言うわ。」
一度言葉を区切り軽く目をつむる。
再び開いた眼は菫色。
「私は居るわ、でも屋上にはいない。屋上にいないのにいる、という条件を満たすために世界は屋上を増やすの。通常ではたどり着けない、破壊された私の居場所を作るのよ。」
まぁ私もやってみて初めて知ったんだけどね。と付け加えるエーデルガルド。
「ふむ。はっきりわかるわけではないのだな。そういう予想、ということか。」
「そうね。でもおおむね当たっていると思うわよ。さて、話を戻すけれど、私のことはそう言った理由で見つけられないはずなんだけれど。どうやったの?」
そこでわずかに僕の体は身じろぎする。
痛いところをつかれたというか。
「あー、なんだね。我々もこれは予想外だったんだがね。」
歯切れの悪い僕。
いや、僕は理由をわかっているけれど。
「んぅんん?なぁに?」
それでも尋ねるエーデルガ。。。いやこれはルインか
少し目線をそらして観念したように僕の体が声を出す。
「あー少年の。シュンヤのクラスメイトにタナカという少年がいるのだが。」
「…え?なんの話をしてるの?」
瞬間虚を突かれたかのようにルディからエーデルガルトに戻る。
菫色の瞳が怪訝な表情で細められている。
「まぁ、聞くのだ。その彼タナカはなんというかそう、引きが強いらしくてな。」
そう、わがクラスメイトにはやたらと引きの強いタナカというクラスメイトがいる。
ノブを握ればノブが取れ、道を歩けばたらいが落ちてきて、遠出をすれば異常気象、コンビニによれば強盗に会う、といったことに勿論毎回ではないものの常識的な確率を明らかに逸脱して遭遇するのだ。
テストで印刷ミスの白紙の紙が配られたり、蛇口を開けようとしてもげたりといった有り得なくはないが珍しいことに遭遇しすぎる、そんな彼。
誰が呼び始めたのか。
田中の奇跡、タナカミラクル。学校でも有名な男だ。
ちなみに坊主頭の野球部員。
現在の悩みは頻発するイレギュラーバウンドへの対処法。
「待ちなさい。いえ、むしろ進めなさい。話が見えてこないわ。」
田中の説明をすればするほどエーデルガルドは、ますます困惑していく。
「言いたいことはわかるんだがな、タナカ少年の説明をしないと話が進まないのだ。安心しろここまで理解すればもう終わりなんだ。」
少しばかりつかれたように話す僕に困ったような目を向けるエーデルガルド。
「矢撃の協力者の中には学生もいてね。その学生もタナカ少年の引きの強さを思い出したらしく、ダメもとで聞いてみたそうだ。こんな外見の女の子がどこにいるかわかるか、と」
「……え?」
核心に近付いてかえって深まる疑念。
「タナカ少年はこう答えたそうだ。わっかるわけないじゃん、これでもしここの屋上とかテキトーに言ってもしいたら当たってたらマジすごくね、と。」
「……え?嘘でしょ?」
呆然とつぶやくように声を上げるエーデルガルド。
それにヴォルフは一つうなずき、
「うむ、そうだな。たしかに適当、というのはちょうどいいという意味であってこのような使い方は嘘と言えなくも…冗談だ。」
このタイミングで日本語の誤用に対して解説をした。
返事は本日一番の敵意のこもった菫色の目だった。
「まぁ、我々も探すところがなかったのでな。数日前矢撃の調査団が念のため確認に来たのだが何もなかった。」
「そう…そうよ。数日前ならもう私は破壊の力を使って校舎からここへは来れないようにしていたわ。だからもしここまで来たとしても何もない新しく世界が作った屋上に連れていかれるだけのはず。」
ほんの少しの動揺を声に乗せながらも話すエーデルガルド。
「ああ、何もなかった。しかしなさ過ぎた。この世のものではないエーデルガルドとシュンヤが話すためにレディ・ハラエたちが結界という超常現象を使った現場であるにもかかわらず、な。」
「……何もない証拠、か」
「そういうことだ。違和感に気が付いた矢撃たちがレディ・ハラエを連れてきてこの場所が重なっていることが発覚。」
「それでもここには入れないは…ず・・・そうか。だからあなたの体から神の力を感じるのね。」
「まぁ体にではなく懐のこの勾玉に力が込められているのだがね」
と胸元から青緑色の勾玉を彼女に見せる。
そのまま胸元に勾玉を戻すと僕は説明を続ける。
「ここはレディ・ハラエの祭っている土地神が納める地。さすがの神でも苦労はしたようだがないはずの二か所目の屋上がある、と分かった。わかったならばそこに行けるようにするぐらいならばどうにかできる、そうだ。」
最も同じように新しい世界を重ねて作るなんてマネはとてもじゃないができないとも言っていたがね、と付け加える。
「えぇぇ…じゃあ何。その田中?のせいで?本当に?」
「あぁ、君は我々に負けたのではない。タナカ少年に発見されたのだよ!!」
やけくそのようにそう宣言する僕。
人知れず、ミラクルタナカの伝説がここに生まれていた。
きっとエーデルガルドはこう考えているはずだ。
同時に彼女が口を開き思った通りの発言をする。
「どうしてこうなった…」
僕もそう思う。
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