82杯目 僕と敵と戦。
「ルールは簡単だ、というよりルールなどない、と言った方がいいか。勝った方が勝ちだ。」
ヴォルフが僕をみたまま説明を始める。
「腕力、体力なんてもので比べるわけではない。ここで比べるのは意思だ。シュンヤ、君が私に勝てるという、意思の力で勝負だ。」
口を大きく開けたままの矢撃を無視して僕らは話し続ける。
その話しを遮る声。
「ひとつ質問がございます。」
今まで沈黙していた祓が声を上げる。
「あなた方は決闘といって、今ある意味仲間割れをしようとしていらっしゃいます。今なのですか?今、この危機的状況で為さなばならぬ事でしょうか?努努良くお考えください。」
「意味ならあるのさレディ・ハラエ。」
即答。
「まず、我々は今のままではエーデルガルドをどうにもできない。元に戻せない、などではなく本当に何の影響も与えられない。それだけ彼女は化け物になっている。化物の中の化け物だ。」
仮にも好きな人間がここまで言われると、何と反応していいのやら。全面的に同意ではあるけれど。
「つまり、もしも本当に何かどうにかなる可能性があるとしたらなにか突飛な・・・そう、飛躍的手段がいる。」
「飛躍?」
そうだ、と一つ頷き。
また、ヴォルフはこちらを見る。
「シュンヤ。化け物になってもらおうか。なに、大した事じゃない。今までの世界が変わり理不尽と理不尽と理不尽に満ちた日陰者の苦痛の日々が始まるだけさ。」
僕の返事は。
「わかった。」
即座の一言。
悩むことじゃない。
悩むとこじゃない。
その即答具合にか。
ボソリ、と開けっぱなしだった矢撃の口から声が漏れる。
「あんた達・・・どうかしてる。どうかしてるよ。私は今の今まで俊哉はまともだと・・・普通だと思っていた。違う。違った。可笑しい、異常だよ・・・家族も、友達も何でそんな簡単に切り捨てられる?私たちが努力してあんたみたいな人間を平和な世界に残しているのに・・・」
なんでだよ、と消え入るように声を押し殺し彼女は俯く。
そんな彼女に僕は話しかける。
「あなたが悪いわけじゃない。悪いのは僕だ。好意を、行為を不意にしているのは僕だ。」
ヴォルフに向けていた目を矢撃に向ける。
「悪いのは僕だ。悪いのは僕だ、が。」
が、を強調した物言いにこちらを向く矢撃。
「彼女を助けるためにそれが必要ならば僕は悪で良い。悪が良い」
ポトリ、となにか滴が畳に跳ねる音がする。
圧し殺しされた嗚咽が聞こえる。
発生源は目の前。
それでも話しかける言葉を僕は持たない。
資格も、ない。
「・・・・ヴォルフ。」
「・・・・紳士たるもの、女性に涙させながら話すべからず、と思うがね。いいだろう。話を進める。」
ずずっとなにかをすする音。
そのまま矢撃は振り向き後ろを向く。
それは顔を見せたくないからか。
僕らの顔を見たくないからか。
その疑問を最後に矢撃を僕の頭の中から消し去る。
心配なんてしない。
資格もなければ余裕もない。
「やることは簡単だ。私の力を吸血鬼としての能力を君の体に移す。何もないところから我々のような化け物を作るには儀式や知識が必要だが、すでにあるものを移すだけならばそのようなものは必要ない。ただ、同意だけがあれば良い。」
つまり、
「エーデルガルドがやったように、ってことか?」
「その通り!あれもすべてまとまり完全になりたいルインと招き入れるエーデルガルドの同意があったからできたのだ。ある程度力を持つバケモノならばできるものも多い。これに関してはやったことこそないが失敗は恐らくない。」
イメージとしてはホースを繋いで蛇口を開ける、この程度のことだ、と補足が入る。
まぁ、それなら確かに失敗はないな。
「で?」
「ふはは。いいぞ、怯えが全く見えん。震えていた、弱々しい少年がよくぞ・・・・」
「そ、れ、で。」
催促の言葉。
「くくく・・・・なので力の移行は問題ない。そうすると始まるのは意思の主導権争いだ。いや、体と言う領地争い、がふさわしいな。」
上機嫌な声に続けて説明。
なるほど。主導権だけ渡して生きるわけではなく、滅ぼされる、のか。
「・・・・そうして、どうなるのですか?10の力を他の容器に移そうとも、依然として10のままだと思いますが。さらに申し上げれば人一人消えてしまえば力はともかく手が減りますがどうお考えですか。」
再び祓の声。
それだけ聞けばもっとも、なんだけどね。
「・・・・まぁ、それも色々理由はあるのだがな。」
ちらり、と僕を見てなにかを確認。
少し驚きつつも僕はわずかに顔を動かして否定を示す。
「まず、私の体は本来寿命を迎えている。幾度となく破壊され、修復されている。つまり、本来死んでいるのだよ。」
ヴォルフが説明する。
「しかし生きている。何故か。先ほども言ったが、やはり世の中には理由があってな。バケモノの力だ。その力で私は生かされている。」
「なるほど。体を保つのに使っていた分の力も戦闘力、に回すことができる。そういうことですね?」
「そういうことだ。本来は吸血行為によってバケモノとしての力を高めることで年を取ればむしろ強化されるらしいが。ワインではどうやら強化はされないらしくてな。」
吸血鬼、では無く亜種。
それなりの弊害はあると。
「その程度の強化で届く相手でしょうか?」
「普通なら無理だ。無理だが。今よりは可能性は出てくるさ。」
嘆息。
祓はゆるりと手を追い払うように振って話を終わらせた。
私はこれ以上なにも言いません、といった顔をしている。微笑も消えてちょうどそう、亜矢のような顔だ。
・・・・実は彼女も怒っている、かもしれない。
「さて、概要は理解したか。」
「ん。わかった。」
「心の準備はできているか。」
「当然だ。」
「・・・・心残りは、ないか。」
「祓、いや、亜矢もいるし。泰樹も・・・・平気だ。」
矢撃をチラと見て僕は言う。
「よろしい。・・・・よろしい!!大いに結構!!ならば!」
立ち上がる大男。
負けじと僕も立ち上がる。
「なれば!!決闘だ!!!化け物になる覚悟はあるかぁ!!!」
「受けて、立つ!!!望むところだ!!」
先ほどのやり取りを繰り返し、意思を付け加える。
意思の強い金の目にニヤリと歪めた唇。
目は爛々と輝き、歓喜を示した表情。
シュンヤよ。
脆弱で愚かなる貴殿に。
最大級の尊敬を。
声にならない、そんな音が聞こえた気がする。
それと同時にヴォルフは。
僕の敵は。
塵となり。
僕の口へと流れ込み。
決闘が、始まった。
ご無沙汰しております。
生存しております。
読んでいただきありがとうございました。
状況落ち着きましたので執筆再開いたします。
読んでくださるかた、ありがとうございます。
精進いたします。




