80杯目 僕と誓い
40年前。40年か。長いのか?短いのか。
20年も生きていない僕からしたら長いのは間違いないけれど。
伸びた手と浮かぶ茶碗。
運ばれた口元に消えるお茶。
カタリとかすかな音をたて茶碗は受け皿に戻る。
一息ついてヴォルフは話す。
「と、まぁそんなことがあり彼女は封印されたんだがな。その後も当然穏やかな毎日とはいかなかった。」
それはそうだろう。彼女が封印されて話が終わりならば今には続いていない。
「ルディの体が組織に運ばれていたのは先ほど話したな。しかし暫く前にも言ったが基本的にルディは危険すぎたし現代には過剰すぎる存在だった。だから封印しておけばいい。しかしまぁ人間の欲は度し難い。支配欲、なのか。組織は安全な運用のために、などと言っていたが・・・。」
「ルディを操作・・・エーデルガルドを実験体にしたってことか?」
「まぁ、そこまでひどいものではなかったんだがね。」
私がそんなことは許さんよ、と言わんばかりの声色でヴォルフがいう。
「そうして彼女の封印は解かれてどのような時にルディの精神力に支配されるのか、などを観察していた。」
・・・ん?それはなんかおかしいような。
「おぉ、気が付いたか少年。あっているぞ。可笑しいのさ。暴れたから危険だと封印したのに、わざわざ封印を解いてまで暴れさせたわけだ。」
「それはまた何と言えばいいのか。」
「はっ。世の中そんなもんだよ。5年もたてば過去のことさ。」
思い当たることでもあるのか。顔を背けたままだが矢撃が嘲るようにいう。
「そういうことだ。人間なんてものは同じ失敗を繰り返すようにできているんだ。そう何度も、失敗をな。」
「ってことは・・・」
「想像ついたか?そう、再び自我喪失状態になって暴れた。そうしてどうにか押さえつけて封印。また処分という話が出たが私が止めに入って封印になった。」
「あーだんだんわかっていた気がするよ。」
「ああ、わかりやすいな」
「察しが良すぎるのも話がいがないな。恐らく予想通りだ。細かいことは省くか。彼女は何度も封印から解放された。実験のため、戦力補強のため。人道的に見てかわいそうだったからや、愛ゆえに、といったこともあった。」
「・・・何度も封印から開放されるためには、封印される必要があるね。」
「そう、シュンヤの言うとおりだ。彼女は何度となく封印され何度となく勝手な理由で解放され何度も何何度も破壊をもたらし何度も殺されかけてきた。」
「何度も、とは言うが。随分多そうだなぁ?」
矢撃の声。
「ああ。20回を超えた後は数えていない。しかし今まではどうにか方法があった。限りなく確立が低くてても、奇跡が起きなければ不可能でもどうにかなる術があった。彼女は生きていたし、最悪でも封印だった。今回はもう無理だな。解決法がない。皆無だ。」
「・・・結局さ、ヴォルフは何言いたいのさ?」
「シュンヤ。私は君を評価している。君は弱い。貧弱だ。だが私にはない確かな強さを。評価すべき意志を感じる。」
ヴォルフが目をふせこちらに体を向ける。
そして何時かのように再び僕のことを目で射貫く。
「だが、シュンヤは主人公ではない。いいか、英雄ではない!」
「・・・」
僕は無言
「シュンヤ、お前にとっては物語の山場かもしれん。少年にとってはやっと始まった物語、最初の山場始めてきたクライマックス、これからが見せ場、そういう場面かもしれん。」
ヴォルフが一度声を切りすぅ、と息を吸う。
僕はその音に目を閉じただ、無言。
「自惚れるな!!これは何度も何度もどうにか戦ってきた彼女の、私の生きざまだ。その最後に、最後の数か月に少し関わった少年が諦めるな!?私を侮辱しているのか!!諦めたいと思うのか!!考えないと思うのか!!彼女に生きていてほしいと思わないと、思うか!!!!」
怒号。
身体を乗り出し。叫び。
全身でヴォルフの声を聴く
「私が!!私が・・・どれほど・・・!!」
声にならない叫び。
何度も文字では見たことがある表現だが、実物はこういうのを言うのだろう。
ヴォルフが言葉につまり、何も言わなくなってもビリビリと。
響く。
そこでふと彼女、エーデルガルドの言い回しを思い出す。
思い出した時にはもう口に出していた。
「・・・・・・僕はさ、本を読むのが結構好きでね。いつも思っていることがあるんだ。」
「あぁ?どうしたんだ?」
そう疑問気な声をあげる矢撃。
「矢撃、静かに。シュンヤが話している。」
すかさず響く声。
何時かの焼き増しのような状況
思わず口元が緩み先ほど閉じた視界にいつかの情景を幻視する。
「何十年何百年もの間生きてきたり仲良かった集団に、主人公が混ざっただけで急に物語が進みだして、不幸な状況も改善してハッピーエンド。可笑しいよね。」
瞼を閉じたまま僕は言う。
「そう、ポッとでの人間がそんなにうまくできるわけはない、何十年も苦労してたことをそんな簡単に解決できるわけはない。それができるのは物語の中だけ。現実は甘くない。そう、思う。そう・・・思っていた」
すぅ、と息を吸う。
「今はわかる。あぁ、わかった!!やれる、やってやる!!ヴォルフ!!僕はあんたとは違う。あんたにはできなくても僕にはできる!」
叫ぶと同時に開眼。
驚いた様子の矢撃と、動じていないヴォルフ。
「・・・・叫ぶだけならサルでもできる。根拠は何かね?」
「根拠なんてない。僕には知識も力もない。」
「・・・・では、なぜ君にはできると?」
「僕には意思がある!!彼女を救おうとする熱がある!!」
「意志だけでどうにかなるならばとっくにやっている!!!!!」
「能力があっても意志が無ければ解決できない!!!!あんたは諦めていたし諦めてきている!!!」
「私が・・・誰よりも彼女を思う私が!!?諦めているだと!?」
再びの怒号。
何か超常の力も働いているのか。微かに風が吹き僕の髪が浮く。
僕はそれに負けじと身を乗り出す
「あぁ、そうだ諦めている!彼女の封印それを何度も許してきたそれはあんたを弱くした。」
「それ以外に手段はなかった!!当時も知らん奴が何を言う!!」
奴の目を見る。
「もし!もし本当にそれしかないならばあんたはそんな見っともない言い方はしないだろう!?」
金の目が揺れる。
「・・・」
「・・・」
「ヴォルフ。僕もあんたを尊敬している。正直今でもあんたが味方かと言われると分からないけれど、ヴォルフは矜持があるのが分かる。筋を通しているといってもいい。ひたすらに諦めてきた僕にはないもので本当に・・・・本当に尊敬してる。」
万感をこめて伝える。
「そんなあんたが諦めるしかないという状況ならばそうなんだろう。普通に・・・いやよく考えても諦めるしかないんだろう。戦って戦って擦り減ってきたんだろう」
再度、息を吸う。
叫べ。
僕のこの覚悟を少しでも。
伝える。
「ならばその意志は僕が継ぐ!!摩耗していないこの意志は!洗練されてはいないかもしれないけれど・・・・」
にやりと口を歪めて
「強固さだけはあんた以上だ。」
力や知識はないけれど。
意志の刃は僕が振るおう。
読んでいただきありがとうございます。
亀更新卒業できるよう努力します。




