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79杯目 僕と彼らの過去。

「さて、私がどのように作られたか、は以前話したな。ドクター、という男が私を強化兵として作り出した。その結果私はワインを飲まないと数日で死に至る、神の血の鬼(ワイン・オーガ)になった。」




改めて聞くと実年齢百歳越えのじいさんがワインオーガ、とか言うのは確かに少し思うところがあるかもしれない。

そんな風に関係ないことを考えているとヴォルフは続けて話す。




「まぁ、細かいことは良いか。自分で言うのもなんだが、呪式による存在変化の直後はそれはそれは荒れたものだ。」




まぁ、それでも軍人らしく国には逆らえなかった辺りに私の底は知れているがね。と、自嘲しながら付け加える。




「そして戦争は終わり、研究はしばらく継続されたがいずれ消え行く化け物の我々は先がない、として研究は終了。すべての資料とほとんどの実験体は処分された。全くもってあっけないものだったよ。」




ため息をつき、一口お茶を飲む。




「このときまでにはっきりと成功といわれたのは私だけだった。他のものはまともな代わりに能力がない、能力があっても理性がない、両方あっても外部から補給を必要とするものが入手困難で餓死する、などだった。」




「…入手困難って?」



「人体の一部、臓器が大量に必要なものや、概念的なものとしては世界的発展に関与できるような知識、物質系の中にはバケツ一杯の虫なんてのもいたな。どの検体も戦争後の世の中で秘密裏に管理、というのは難しかった。」




まぁ、虫等は能力上昇が高ければ残されたかも知れなかったが。所詮はかもしれない、だな。



「そうして俺の前に作られたやつらも俺の後に作られたやつらも居なくなって、研究所もなくなりドクターも気がつけばいなくなり俺は一人だった。」



淡々とはなすヴォルフ。

表情に変化はなく苦しいのか楽しいのかもわからない。

こういう表情を見ると、老獪さを感じる。



「その後の私の行動は想像に易いだろう?」



「ごろつきになって組織に入った、そんなとこ?」



「まぁ、近いが。まずは軍部で働いていたが、たいした仕事は貰えず、地位だけあげられ大してない書類の処理をさせられた。扱いに困ったんだろうな。残しておくには危うい。消してしまうには惜しい。だが、国際情勢だのなんだの考えるといずれは私は殺されるだろう、と思った。」




再び茶碗を手にしようとして、そこでヴォルフは手を引く。

飲みすぎている、と思ったような手の動き。

まだ茶碗のなかにはお茶が見えるが、恐らく3分の1以下。

確かに、多少早い。




「そこからはまぁシュンヤの予想通り。軍部から私は抜け出し、黒という、組織にはいった。…いや、これは見栄だな。正直に言えば私は引き込まれた、なのだろう。この頃にはもはや何をすればいいかわからくなっていて、軍部に死ねと言われれば死ぬ気でいた。もはや孤独に耐えられなかったのだ。」




「…」

それは、なんと言えば良いのか。

いままでのヴォルフからすると予想外。

そんなことになるぐらいならまず軍部に殴り込むなり、何時ものように皮肉をはいたり、支配しようとしたり。何かしら攻撃の方法をとりそうなものだ。




あぁ、でも現在(・・)のヴォルフはそうかもしれない。

ちょっとしたことで枯れて折れてしまいそうな。

大きな大きな古木、といった印象がある。




「そこへ組織がやって来て、私を黒の一員にした。黒は化け物の自浄組織。私は一人ではないと知った。色々な奴がいた。あのときが私の絶頂期だろう。」



懐かしむような言い方のヴォルフ。

しかし表情に変化はない。

だから感情が読めない。


死んでしまった仲間をどう思っているのか。僕にはわからない。





「…暫くはそうして黒として生きた。そして彼女にであった。言うまでもないな。エーデルガルドだ。」



「彼女は見た目通りの年齢だといってたっけ?と言うことは十数年前の話ってことかな?」



「本人の自覚としてはそうだな。しかし私が見たとき彼女は眠っていた。密閉されたホコリの積もった地下室で、美術品のようにガラスケースに入れられて。」



「ガラス、ケース。」

ガラスケース。硝子と書いてもいいが。

ホコリの積もった地下室?

それは人が入らない、と言うことか?




「その部屋には入り口はなく、私が入ったのも気がついたのも偶然だ。黒魔術を行う、と言って住民を消費(・・)していた呪術結社を解体していた時に反響音による探索を行ったところ見つかった。」



「偶然?そいつらが作ったものではなかったのか?」



「それはないな。やつらの技術では作れないほど高度に隠蔽された空間だった。それにやつらの最終目標は私のようなもの(バケモノ)を作ること。完成形を見もしないとは不自然だ。」



「じゃあ彼女は封印されていたってことか?」



「…ふむ。私は安置されていた、と思ったがなるほど。生きていたからな。封印、というのも間違いではないな。」



「で、それをヴォルフが開けたってことか?」




「そうだ。ただし、開けたときの彼女の外見年齢は10歳程度。しかし精神年齢としては自分の名前以外は言えない程度で、せいぜい三、四歳と言ったところだった。」



「発達が遅れていた?」



「いや、その後は急速に習得、進歩していったからな。恐らくシュンヤのいう封印の副作用だろう。それまでのこともうっすらとしか覚えていないようだった。彼女の家族の話は聞いたか?」



「いや、聞いてない。あ、ちがう。聞いた。嘘なのかなんなのかわからなかったけど。」




「おそらく、幼さと事情のわからない事による恐怖とによって記憶を書き直しているのだろうな。彼女は一人で寝ていたし、過去を示すものはない。記憶にも残っていないようだから、彼女の家族の記憶は殆どが改編された記憶だろう。」





だからあんな風にはぐらかすような言い方を。

恐らく、彼女は自覚していない。自分の記憶の不確かさを。

それでも話さないわけにはいかない場面だったからそう作り出した、のだろう。




「私は彼女を見つけたとき、瞬間的に私の同類だと感じた。これは呪術的に繋がったからそうだ、ともいえるし硝子ケースに設置されていたプレートのドクターの後継者を名乗る字を見つけたからそう思ったとも言えるが。あえて言おう。一目見てわかった。彼女は私が守らねばならぬ、と。」



「…それって…。」

いままで黙って話を聞いていた(はらえ)がポツリと声を出す。


ヴォルフは聞こえなかった…いや、聞こえないふりをしたのだろう。話を続ける。





「まぁそうして私は彼女の親の振りをすることにした。まぁ、あまりにも外見が違ったのかなんなのか私がやった行動を親の行動として記憶に残し、私自体はたまに会うおじさん、という親戚になったようだが。」



そこからもヴォルフの話は続く。

黒にエーデルガルドを育てることを認めさせたこと。ドクターの後継者を見つけ出したが組織として排除できないと囲い混むことになったこと。ルディが運び込まれ、エーデルガルドの作られ方を聞いたこと。

組織と子育ての両立、敵から子を守る難しさ、などを話続ける。

彼女が自分の能力、眷属に命令する能力に気がついたとき。



彼女の半生を語るヴォルフはそれでも表情は変わらず。

いや、よく見ると僅かに微笑んでいるようにと見える。


そしてその口はまもなく真一文字に引き絞られた。




口の上鼻梁。挟むようにある金色の目。




「そうして私はエーデルガルドを育てた。育て上げてしまった。そう、ルインとともに。」



ギラギラとした瞳。




「…何かあった、訳だ。」


返事もせずヴォルフは語る。

勢いに任せて。吐き出すように。



「ある時彼女は私の不注意により、敵に接近された。しかしそれでも私は間に合う、平気なタイミングだった。

しかしその時の危機的状況で彼女は自分の中の存在を見つけた。競争や攻撃に対して異常なまでに執着する存在を。そしてその存在の記憶を覗き見た。そこで彼女は自我を見失った。自分が何百年も生きてきた化け物(ルディ)なのか、ただの少女(エーデルガルド)なのかわからなくなってしまったんだ。そのとき彼女は周辺にいた者を吹き飛ばし、肉片と骨と土が混ざりきるまで殴り続けた。」



無表情。だがギリギリと握りしめた左手から骨のきしむ音が聞こえる。

それはまるで自責の念を込めた矢を、引き絞っているかのように聞こえた。




「暴れるだけ暴れたあと、彼女は力尽き意識を失った。そこを保護…いや、捕獲された。

その後彼女は危険視され、協議にかけられた。結果は封印。ルディの危険度を知っているものからしたら当然だな。無論、私は抵抗したが、このままでいるよりは解決法がわかるまで封印する方がいい、と言うことは理解できた。だから封印を認めた。」



そこでこちらを見るヴォルフ。



「先程の質問に答えよう。何年前なのか、だったな。」



淡々とした無表情の中で目だけが、金の目だけがギラギラと光る。





「彼女が再封印された、このときが今から40年前だ…!!」





彼女は思ったより年上らしい。




お久しぶりです。読んでいただき有り難う御座いました。

見捨てないでくださっている方々の、感謝の気持ちで一杯です。


暫くは執筆時間がとれそうです。

最後まで、お付き合いいただければ幸いです。

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