76杯目 僕と僕の勇気の出どころは。
哭いて哭いて哭いて。
哭き叫んでしばらくたって。
僕は吐いた。
最初は何が起きたのかわからなかった。
叫び声をあげている喉に生じる異物感。
何が、と思った時には口腔内に到達。
「・・うぶっ!!」
慌てて唇を引き結ぶが、その隙間から飛ぶ吐瀉物。
パタタタ、と飛んだ吐瀉物が地面に着地する音がどこか他人事のように感じる。
唇は全力で吐き気を抑えるが、胃と喉は僕の意思に反して律動。
めいいっぱいの口腔内にさらに押し込んでくる。
当然、唇は決壊し。鼻にまで逆流する。
「ヴぉ・・・ぇえ・・・!!」
ドボドボドボ、と塊のように落ちていく。
吐き気はとどまることを知らず、戻して戻して胃の中身がなくなっても筋肉の痙攣は続いた。
「うっ・・・うぅぅいいい・・・ぎぃ・・・」
筋肉が引き絞られ痛みを発するが、もはや胃の中身は何もなく唇の端から粘着き酸味を超えて苦みのきつい液しか出なくなる。
そうしてしばらくたつと僕は吐瀉物の真横に倒れ込み、祓に背中を擦られていた。
いつ倒れたのかはもはやわからないが、収まらない不快感と胃の痛み。焼けたのどの痛みと鼻の痛みに土と草の匂い、吐瀉物のすえた匂いが鼻を刺す。
それに反して柔らかく優しく擦られる背中に安心を覚えて、僕はどうにか体を起こす。ぐらり、と地面が揺れるような感覚があるが気合で耐える。手のひらを祓に向けてもう大丈夫だと示す。
吐いたことにより涙がたまりぼやけた視界の中で、祓はその腕を見ていつもの柔らかな微笑をたたえたまま懐から白い布を出し、僕の手をぬぐう。
・・・自覚はなかったが吐いたときに反射的に手で抑えた、のだろう。汚れた白い布に申し訳なさを覚えるが、祓は気にしなくていい、というようにゆるゆると首を振る。
その微笑は変わらないが、どこか心配げで。彼女のやさしさが身に染みる。
しかし僕はその優しさにつかってなんていられない。
「・・・ヴォルフ。」
今僕がほしいのは優しい夢じゃない。厳しくとも現実だ。
腕を組んで立っている大男。
地面に膝をついたままの僕からすれば普段より大きく見える。
いや、見えるはずなのに
「・・・・・あぁ。わかった。はなそうじゃぁないか。」
そこにいたのは姿が大きいだけでひどく小さい大男だった。
あのあと祓の仲間が集まって倒れていたショニエッターを回収。
ヴォルフ曰く、能力は依然として低くはないがもはや体はボロボロでそこまでの脅威にはなりえない、そうだ。
ショニエッターは逢魔が討ちが捕獲、しておくそうだ。
まぁ、どうでもいい。
はじめは僕たちの共通の敵だったけれど、今はもう何でもない存在だ。
問題はほかにある。
泥まみれになった黒のドレスの少女を置いて僕らは歩き出す。
少しばかり移動して道路につくと黒いワゴン車が止まり、扉が開く。中には巫女装束の人間が乗っていて祓たちの集団、逢魔が討ちの車だとわかる。誰も何も言わずにその車に乗る。
運転手と扉を開けた一人が中にいて助手席に祓が座り、僕らは後ろの席に乗る。
祓が静かな声で神社に向かうように言い、答えることもなく滑るように車は走りだす。
矢撃は何も言わずに遠くを見ている。
普段隠している顔が見えている。その顔はやはり泰樹に似ている。似すぎている。
顔だけではない。戦っているときの声まで泰樹そのものだった。
ヴォルフは腕を組んで黙ったまま座っている。
今は話す気はない、そういうことだろう。
再び矢撃のほうを見る。僕がそちらを見ったのに気が付いたのだろう。外を見たまま矢撃が口を開く。
「・・・わかってる。後で話してやるよ。」
その言葉に僕も追及はあきらめ、軽くうなずくままに目をつぶる。
数分、しかし今は貴重な休憩時間だろう。僕は体の調子を整えることに専念した。
そうして神社の中。
汚れた服を着替え口を漱ぎ、身だしなみを簡単に整えた後、僕らは一つの部屋に集まり座布団の上に座る。
畳張りの部屋に異国の大男、というのは違和感があるが普段のヴォルフならば違和感はあってもぶつかっている、そういう印象だっただろう。
しかし今はなぜかヴォルフはとても小さく弱く見え、和の空間に飲まれ潰されているように見えた。
「んん・・・・・さて、では話そうか」
「ああ。洗いざらい、お願いしたい。」
「私から、でいいのかな?」
ヴォルフが矢撃のほうに尋ねるが、矢撃は虫を払うような動作で手を振る。
「ふむ。・・・では、話そうかね。」
何度も話す、と言いながらなかなか始めないヴォルフ。
そのらしく無さににそれだけ重大なことなんだろうと感じる。
だが、今僕は余裕がない。
いいから早く話せよ!!
「・・・くく。いいぞ少年その目だ」
僕の視線を受けて普段通りのにやりとした笑顔を浮かべるヴォルフ。
「っ!あんたふざけて」
「今回私は彼女の眷属ではなくなった!!」
ふざけているのか、そう問いただそうとした機先を刺す言葉。
思わず黙る。
畳みかけるようにヴォルフは話を続ける。
「理由は何か、それは彼女が、エーデルガルドがほかの何かになったからに相違ない。彼女は私たちの種族、何らかの欠陥を持ち、それを他者、食物などから補う一種の吸血鬼という存在のうち呪式で生み出されたものの親だった。遅れて生み出されたにも親だった理由は、我々とは比べ物にならない欠損の量とそのに存在強度、呪式の源点への近さ、がすべて私などをうわまっていたからだ。」
そこで僕らを見回す。
「親であれば眷属として命令が可能となる。そして眷属は親の不利となる情報を話すことはできなくなる。しかし今は話すことができる。」
見渡していたアイツの目が僕で止まる。
「シュンヤ。彼女は、エーデルガルドは吸血鬼の亜種から変わってしまった。彼女はもういない。いるのは」
まっすぐに僕を見る金の目。
「ルイン。ただのルインだけだ。」
その言葉に対して、僕は動揺していなかった。
なぜならば、というか誰でもそうだろう。
あんな状況、あの様子。エーデルガルドのセリフ。それを鑑みれば予想なんて容易にできる。
彼女はルインになった、またはルインになりかかっている。そう考えるのが自然だ。
だから覚悟はできていた。
察しが悪い時の僕でもそのぐらい理解できただろう。
そう、察しが悪い時でも、だ。
今ならなおさらわかる、ということだ。
そう、今は察しが悪くなくなった。
今まで察しが悪くされていたということだ!!
一切ぶれることなくヴォルフの目を、金の目を見つめる。
「・・・・いぃ、目だ。うむ。本当に良い目をしている。」
絞り出すように、感じ入るように。
あるいは疲れ切った老人のようにヴォルフがいう。
「シュンヤはもうわかっているようだな。覚悟も決まっているようだ。だがあえて聞こう。」
瞬きを一回。話を続けるようヴォルフを促す。
「シュンヤ。先ほどはなぜ吐いた?」
「当然、恐怖で。」
「ん?」「・・・?」
怪訝な顔をする矢撃と首をかしげる祓。
「恐ろしさ、死への恐怖。そのによる吐き気さ。なっさけない話だけどね。」
矢撃が口を開く
「それはおかしくないか?あんだけ危険な役目をやって?そもそもあの立ち向かっていくのはとてもじゃないがビビってるやつの動きじゃできないぜ?」
答えるのは僕ではなくヴォルフ。
「そう、おかしいんだよ矢撃。ただの少年があんな勇敢なわけがないんだよ。おかしいこと、には理由があるよな。」
そこから先はほかの人間に言われたくはない。
僕が自分で言わせてもらおう。
「そう、僕はおかしくなっていた。勇敢にされていた。そして今、エーデルガルドが存在変化した、元に戻った!」
「おい・・・・おいおいおいおい。それって・・・」
凍り付いたような表情の矢撃。
「そう。」
「僕はエーデルガルドに感情を操られていた!!!」
彼女はやはり、悪なのか。
読んでいただきありがとうございました。
亀更新申し訳ありません。生きてます。




