75杯目 僕とできないこと。彼女と選んだこと。
どうしたものか。
どうしようもない。
そんな風に感じる。
いや感じた、のか?
後から思い出した時に考えたということにしたのか。
今となってはもうわからない。
正直この時の気持ちは覚えていない。
だから覚えていること、わかることだけ記していく。
あの時事実として僕たちはどうしようもなかった。
ヴォルフ、矢撃、祓。
僕たちはショニエッターに対してできることはない。
ヴォルフは動きを止めていただけでまだ行動可能ではあったが、矢撃と祓はもう動けないだろう。
矢撃の銃からはプラスチックや人毛が焼けた時の異臭がしていて矢撃自体も顔を真っ青にして浅い呼吸を繰り返している。
祓は逆に顔を真っ赤にして尋常じゃない汗を流している。
一瞬一瞬に珠のような汗が吹き出し、それでいて目の周りだけが落ち込んで暗く見える。
そう見ても動ける状態にない。
動けたとしても先ほど以上のパフォーマンスは期待できないだろう。
先ほどの攻撃でも僕たちは役に立たなかった。
だから僕たちにできることはなかった。
そう、ただし。
ただし、僕たちの中にはエーデルガルドは含まれてはいなかった。
彼女は僕たちとは違って。
彼女にはどうにかする方法があった。
「・・・ざがっぇえ・・・・」
「・・・ん?なんか言った?」
ボロボロの手足すら満足に存在しないエーデルガルドから声が聞こえた。
「ひゃ、がっぇえ!」
そして彼女の顔を見て。
僕が感じた気持ちはどう表せばいいのか。
血にまみれ
噛み締め過ぎた歯は砕け。
手足は骨が露出し、涙や鼻水なども意志とは関係なく流れていた。
そんな彼女を見て僕が感じたことは、何だったか。
心配?
まぁ、少しはね。でも不本意ながらもっと他の感想が勝ってた。
恐怖?
確かにホラー映画のようなありさまだったけれど彼女にその感想を思うことはあり得ないね
気持ち悪い?
とんでもない。ありえないね。
どうせ答えは出ないだろう。わかるわけがない。
ただただその菫色の瞳を見て、僕は『尊敬』という言葉を理解した。
尊び、敬う。
「さばぁ・・・え!」
「・・・下がって?」
うなずく彼女。
ここに至って突然僕は血|泡≪あぶく≫を挙げて話す彼女の言葉を理解できるようになった。
「ばだ、、じが・・・ヴぁおず。(私が倒す)」
「はぁ!?」
「ぢびぃがら・・・ざばっで(いいから下がって)」
「倒す?立ち上がれない、どころか手足の肉すら削げ落ちているっていうのに!?」
「んんー?わた、私何してたっけ?て、ててて敵を倒す??てきてきる?てきるたのはルインたで?」
バキバキと異常な音を立てながら人体に可能なのかと思う角度まで腰と首をひねっている|ショニエッター≪ルイン≫が声を上げ始める。
そう、声であって言葉ではない。言語ではなく意味はない。よって今、いつ僕たちに向かってきても可笑しくない、そういう状況だ。
「ばだじ、ヴィヴぉぇ・・・・がはっ・・・・ビ、どぉりなば、ぼうぼうば、ある(私ひと・・一人なら方法はある)」
「無理!!立ち上がれもしない状態でそれも無傷で三人がかりでこのざまになった相手に今の君が一人!?正気じゃない!!」
そう叫びながらも僕の内心は変わっていない。
そう、『尊敬』
なぜそんな感想を抱くのか。
わからなかった。
「ヴぁたしは・・・げっじべぇにヴぇでぎたんじゃ・・・ばい。(私は決して逃げてきたんじゃない)」
「逃げてない?」
「いぎのごるためにやっべぎた(生き残るためにやってきた。)」
「生き残る・・・?ならばなおさら逃げなきゃダメじゃないか!!」
「だ、ば!!それよりもばいじなごドがある(だが、それよりも大事なことがある)」
「大切なこと?」
「あぁああああ!!おも、もももも、ももいだしたた!!おも、した!!あれあいつル、ルルイン!!ルイン探して擂り潰す!すり、すりつぶぶ・・・擂り潰した?・・・ち、ちが。すりツウぶすの、これから。まだ、まだ大丈夫。私人。ルインぐちゃぐちゃ・・・・」
ぐりん、とこちらを見るショニエッター
それと同時。
妙に明瞭な声が聞こえた。
「好きな人を、犠牲にする気はないわ。」
「・・・・え?」
「ヴォルブ・・・おうぐぁ!!ばだじいがいを、づれでさヴぁっれ!!(ヴォルフオーダー!私以外を連れて下がれ!!)」
今まで不自然なほど、静かにしていたヴォルフが動く。能力の使い過ぎにより動きを止めていた祓と矢撃。それに僕をまとめて抱え、信じられないことに跳躍。
少なめに見積もって150㎏。自身の体重を入れれば200㎏オーバーの物質がはっきりと放物線を描きながら実に目測で10メートル。一息に飛びずさった。
「・・・・ぐっ・・・・ぜは・・が、はぁ・・・はぁ・・・エェェエデルガルドオオオオ!!」
激しく荒い呼吸。のヴォルフ。
まるで今の今まで呼吸を制限されていたかのような。
そう、口を利くのを止められていたかのような呼吸。
仮に何らかの方法で発言を止めていたとすると?
・・・なぜ、話させなかったのか?
ヴォルフは、何を知っている!?
「やめろ!!そんな風にして問題を先延ばしにするだけ、いや!!悪くなるだけだ!!!」
叫ぶヴォルフ。
体はいうことを聞かず、命令通りに下がろうとしているようだが、意志の力で今より後ろには下がっていない。しかしそれが限界なのか、ぎりぎりと僕たちをつかむ力は抜かれない。
「そんな、方法は何のためにもならんはずだ!!!」
「びがだないじゃない(仕方ないじゃない)」
這いつくばった状態から背筋だけで彼女が体を起こし言う。
「ヴぉれたよばみっでやづヴぇ(惚れた弱みって、やつね)。」
瞬間駆け巡る予感ではない確信。
なにか、何か良くないことが起こる!!
「エ、エーデルガルドォォォォォ!!!」
「んんっ。べんじば、まば・・・今度。」
「あなあなたがルイ、ルインだっぁあああああああああ!!!」
叫び声。
どたどたと先ほどとは異なり僕にも見える速度でショニエッターが彼女に突っ込む。
それに対して彼女は抵抗せずにただ、言葉を発した。
「えぇ、そうよ。ばだじがルイン。今断片うぉあつめこのびをさざげ、ほろびのヴぉんげどならん(私がルイン。今断片を集めこの身を捧げ、滅びの権化とならん)」
そう唱えた瞬間ショニエッターの体から黒と金の混じったチリのようなものが、猛然と吹き出しエーデルガルドに向かう。
そして彼女の口腔を犯すかのように猛烈な勢いで、上を向き大きく開けられた喉をえぐるように吸い込まれていく。
気が付けば僕は叫んでいた。
ヴぉぉおお、だかぐぁああ、だかわからないがとにかく叫んでいた。
この僕をつかんでいる腕を引きちぎらんと全力で暴れた。
結果は当然、何にもならなかった。
ヴォルフの腕力の前に僕はただ無力だった。
叫びは宙に消え、腕は離れず、僕は一歩も動けなかった。
そうして一瞬か。しばらくか。数分か。
とにかく金と黒の塵が消えたとき。
エーデルガルドがゴホゴホと軽くえずくようにむせ、その口元を左手で抑えた
そうして口元をぬぐうと何事もなかったかのようにすくっと立ち上がりこちらを一瞥。
「俊也楽しかったわ。さよなら。」
一言そういうとドン、という音を最後に彼女は消えた。
・・・・凡人の僕にはどの方角に消えたのかさえ、見えなかった。
ただ僕は叫んでいた。
いつしか叫びは、哭く声となって。
三人に見守られながら僕はただ哭き叫んだ。
答える声は、終ぞなかった。
生きてます。
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見捨てないでいただけてうれしいです。
読んでくださった方ありがとうございます。




