72杯目 僕と悪
遅くなりました
ヴォルフの打撃の威力がどのぐらいなのか。
実は僕はよくわかっていない。
しかし、エーデルガルドを砲弾代わりにブロック塀を砕けることや、人間を吹き飛ばせる矢撃の砲撃を叩き潰せることからして、まぁ尋常な威力ではないのだろう。
ではその大威力の打撃が、エーデルガルドよりもさらに小柄なショニエッターに対して振るわれた時に体に拳が突き刺さった、というのを僕が見たとしてどう考えるか。
そう、ダメージが、とかの話ではない。
拳が突き刺さっているのを僕程度が見える、というこの状況。
それがまずおかしい
エーデルガルドが吹き飛ぶ威力を食らって、より軽いショニエッターが吹き飛ばないわけがない。
吹き飛ばないわけがないのだがそれは何もしていない場合。つまり、吹き飛ばない状況もある。
・・・・僕がなぜこんな風に状況整理をしているのか。
そう、それは落ち着いて考え直すためだ。
この状況は自分の勘違いでそんなわけがない、と
ショニエッターが巨大斧を掴んでいるから吹き飛ばない、なんて!!
ヴォルフの打撃力より、ショニエッタの握力の方が強い、なんてそんなことがあるわけがない!!
身体がくの字に折れ、ピンと伸びた腕が斧を掴んでいる。
その状況から微動だにしなかった。
だが、やがてグリンと勢いよく背後、ヴォルフの方を向く。
にたぁ・・・。
僕からはその解けた髪によってほとんど表情を見ることはできなかったが、彼女が不気味な笑顔を浮かべた、ような気がした。
そして顔を後ろに向けるために動いたため、ヴォルフが動かない理由もわかった。
ショニエッターがヴォルフの拳を掴んでいるのだ。
だから動けない。
それはそうだろう。単純筋力的にはショニエッターの方がヴォルフより上なのだ。
体格から見ればどう見ても逆なのだが、彼女が軽々と振り回している巨大斧をヴォルフはようやく振るえる、といった程度なのだから。
では、なぜ僕がこんなにも恐れ戦いているのか?
彼女の左手は吹き飛ばされないために巨大斧を握っている。
では、ヴォルフの腕を抑えている右手は。
先ほど切り飛ばされた右腕は、なんでそこにある!!!?
「ぐ・・・」
ビチビチパキッ
柔らかく湿った塊をつぶし中心部分にある固いものを砕く音。
固く食いしばった口から洩れる声。
それが何の音なのか理解する前に声が響く。
「我が配下に命ずる!小を捨て、大をとれ!!」
その言葉に一回りヴォルフの体が大きくなった、ように見えた。
瞬間掴まれているのとは逆の、つまり左腕を振り上げる。
空中で一瞬静止した手の形は手刀。
それも指を軽く曲げ最も力が入るようにした形。
「ガッ!!!」
一気に息を吐きだしながらの豪速での手刀。
でも渾身の拳が通じなかった相手に今更手刀なんて。
そう僕が思って。
しかし次に僕の視界には断ち切られた手首が見えた。
自由になったヴォルフが飛びずさる。
そしてわずかに呼吸を乱し何かに耐えるようなヴォルフ。
押さえるは右腕。
手首が断ち切られたのが見えた。
そう、ヴォルフの右手首が断ち切られたのが!!
「・・ぐ・・・はぁ・・・・うむ。エーデルガルド。感謝する。」
痛みに耐えつつも一点、ショニエッターから目を離すことなくヴォルフがそう言う。
答えるように僕の右側の草が揺れる。
「いいえ。大した手間ではないしね。俊也から聞いていたけど本当に眷属扱いなのね。死力を命ずが聞いたってことは。」
「・・・あぁ、ひ孫のような年齢の親、という・・・のも違和感がひどいもの・・・・だがな。」
これは後から聞いた話だが。
このときエーデルガルドが行ったのは上位種から眷属への命令という呪術儀式の一環ならしい。
今回でいえば全力を出して状況をどうにかしろ、という命令だった。
まぁ、実際にはもう少しイメージを伝えることができるらしく腕を捨てて逃げろ、的なニュアンスだったらしいが。
この方法による全力、とは本人が本来できる能力を超えて力を発揮できるらしい。
ありきたりだが脳のリミッターを外す、といったような方法で。
身体にかかる負担も当然大きいがヴォルフの太い手首を手刀で断ち切るにはそういう強化がなければほとんど不可能だろう。
これは当然無制限にできるわけではなく、上位種から眷属にしか命令できない。
そして通常は上位種が眷属を作る。
しかしエーデルガルドたちは関係性が異なり、同じ人間が同じ方法で生み出した存在でありながら、化け物としての格は圧倒的にエーデルガルドの方が高い、らしい。
ちなみに格、というのは戦闘能力などと直接的に関係があるわけではないらしい。
大抵は年を経た化け物が作るのが眷属なので、眷属より弱い上位種なんてほとんどいないのだが。
まぁ、そういった理由で後から生まれたエーデルガルドの方が上位種であり、いわば親にあたるらしくヴォルフが眷属にあたる、らしい。
再びショニエッターが静止している。
しかし誰もうかつには動けない。
先ほどの爆発的疾走を見ているのだ。
突っ込んだつもりがばらばらに、なんて可能性は十分すぎるほど考えられる。
ギチギチベキ・・・パギッ・・・・
ショニエッターの右腕からヴォルフの右腕が握りつぶされていく音だけが響いている。
僕がその音に気分が悪くなり始めたころになって。
エーデルガルドが口を開いた。
「・・・うん。やっぱり間違いじゃない。」
「え?」
「あなた、ショニエッターとか言うらしいけど。違うわね。私はパルバム・フォン・エーデルガルド。貴方の名前を名乗りなさい。」
「・・・・・」
ショニエッターは下を向いたまま動かない。
いや、右手が握りつぶすように動くことだけは変わらない。
「・・・・・名乗らない、というなら当ててあげましょうか。貴方、臭うのよ。私の大嫌いな大嫌いな。破壊臭いがプンプンと。」
バキン、とヴォルフの右手が砕ける音。
「ねぇ、もうあなたなんでしょ。破壊の権化。破壊の悪魔。」
目を見開き、菫色の瞳で射貫くように見る彼女。
「ルイン!!」
「・・・だぁいせーーーいかぁああい!!」
手首を握りつぶした右手についた血液を舐めとりながら、ショニエッター、ルインはそういった。
恍惚とした、一目でわかる異常な様子で彼女がにちゃり、と笑った。
僕はこのとき始めて悪、というものを理解した。
そう、これが。
こいつこそが。
悪だ!!
読んでいただきありがとうございます。
更新がひたすらに遅れていまして申し訳ありません。
精進いたします。




