66杯目 僕と組織人の全力とは
世界が滅ぶ、と言われても。
正直僕はあまり何も感じなかった。
現実感がない、と言ってもいい。
今までのヴォルフや矢撃の異能は僕の常識からは外れていたけれど、想像の範囲内だった。あるいは妄想の範囲内だった。
しかしルインの力は余りに異質。
状況は想像できる。
ともすれば吐き気を催すほどに細かく想像することだってできたが。
実感はわかない。
あるいはこれは僕の想像力の限界を超えてしまったのかもしれない。
世界、とは言葉では知っている。
大陸の名前だって言えるし、外国があるのは知っている。
でも僕は海外を自分の目で見たこともない。
地球が青く、丸いことは知っている。
知っているが見たことはない。
実は情報操作で隠されているだけで地球は滅んでいて。
空は天井で。
直径何百キロもある巨大ドームの中で僕らは過ごしていて、もう人類はここにいる人間しかいなくても。
僕にはわからない。
少し思考が逸れ過ぎた。
結論は、そう。
僕の世界とは、この目に見えて触れて話せる、ここまでが僕の世界だ。
つまり・・・
「『そんなの関係ない』わ。そう、その話によって何か私たちに変化はあるのかしら?」
そう、関係ない。
「ないわよね?私たちの目標は?勝利条件は?変化ないわ。彼女を倒す。ただそれだけよ。」
僕の内心を代弁するようなエーデルガルドの声。
「話を進めましょう?おじさま?」
「・・・・ふむ。いや、私とて意味なく話したわけではないのだよ。そう、少年とエーデルガルドにはあまり関係ない。しかしなぁ?聞いておいてよかったろう?ヤゲキ?レディ・ハラエ?」
そういうヴォルフの声に矢撃や祓を見る。
すると矢撃は腕を組み、祓は体の前でそっと手を重ね、二人とも微動だにせず何か考えている様子だった。
「・・・祓?」
そのとき軽く目を瞑っていた祓の体から白い光がぼうっと立ち上がる。
攻撃的な閃光ではなく纏うように柔らかな光だった。
そう思うのもつかの間、始まるのと同じぐらい急に光が収まる。
神秘的な光景に何も発せず様子をうかがっていると。
袖から白く薄い紙を出し、指で素早く流れるように一筆描き、それを素早く背後に放つ。
その紙は落ちる、どころか加速し、まるで燕か何かのように素早くドアの隙間から抜けていく。
「・・・・今、土地神様より神託が下りました。詳細は神をもって不明。されど世界に比肩しうる力があるということとは間違いない、と。されば全力で挑めと。」
「・・・ふむ。」
「我らは神に仕える身。命が下れば否はございません。我ら逢魔が討ち全力をお見せいたしましょう。」
「なるほど。先ほどのは連絡か。ならばあれがうわさに聞く式神か。」
「いいえ。あれは写し身。より正確に言うなら神の残響、といったところでしょうか。私は式神なんて高等技術は行えませんよ。土地神様のお力です。」
「・・・ってことはなんだ?本気ってことだな?本気で奴は世界を滅ぼすような奴ってことだな?」
そこまでじっとしていた矢撃が声をあげる。
「ああそうだ。」
「わからないわ。わかるのは強大な力を持つこと。我らはただ、土地神様に従うのみ。」
肯定のヴォルフとどっちつかずの祓。
「だーーもう。わかった!わかった。・・・・・『青』防衛士矢撃。非常事態宣言。コードネーム「フェイクフェイス」安全装置解除。」
フードの上から頭をかきむしるような動作をした後、矢撃は窓際に向かい胸元からあの青い結晶のついている銃を取り出す。
言葉に合わせながら銃を操作。ガゴン、という音とともに銃口が大きく開く。
ガラリ、とあまり開かない窓を開け隙間から手を出し空に向け発砲。
「我が血に伝える。『伝撃』」
ダァアン!という音と友に胸の中心に振動を感じる。
普段とは異なりあの青い光は発しない。
しかし胸に響く音。
総員に次ぐ、戦闘態勢。本部招集。可及的速く。
なぜかその破裂音にはそういう意味が含まれていることが理解できる。
数瞬置いて返答。
パァンと遠くからの音に了解の意志が含まれることを感じ取る。
「ふむ。今度は信号弾かね?無色無音の発砲とは?」
「え?音がしたじゃんか?」
ヴォルフの質問に僕が尋ねる。
「んん?少年には何か聞こえたのかね?」
「あぁ。了解、とかも聞こえたろ?」
範囲内ならばかなり細かい声も拾えるらしい祓に尋ねるが、祓は首を振ることで否定。
「無駄だ。この音は血縁関係のあるものにしか聞こえない。そういう系統の伝達魔術だ。俊也にも聞こえないはずなんだが・・・ん?あぁ、すっかり忘れてた。俊也胸のそれだ。」
言われて僕も思い出す。持っておいて損はないと言われ毎日首から下げている矢撃から受け取ったキーホルダーを改造したネックレス。
つまりは矢撃の血液!
「それがアンテナの役割をしたんだろう。そんな少量じゃ本来影響ないはずだがなぁ。」
不思議なこともあるもんだ、という矢撃。
「では、矢撃たちも全力で挑んでいただ蹴る、ということで間違いないかな?」
ヴォルフが尋ねる。
「致し方ない。我らは民を防衛する。そのために戦力を残し明日のための勝利とせねばならない。しかし、強大な敵。最悪民に危害が加わらないならば撃退やダメージを与える、それで構わないそう思っていたが。あとで、が通じない可能性があると聞いちまったらな。・・・確認するが、今が最後のチャンスなんだよな?」
「あぁ、間違いないだろう。いや、遅すぎるかもしれん。彼女は現在ルインとなじんでいっているところだ。彼女の理性の理性などは削られていくかもしれないが、間違いなくルインの、破壊という力は強まっていく。今が・・・いや、もっと早くするのがベストだった。しかし後に回して先はない。今がベターだろう。」
「ならば仕方がない。隠し玉だ。貴様ら化けモン、特にその親玉の大妖怪からどうやって俺たちが土地を守ってきたか、見せてやるぜ。」
「頼もしいことだ人間。」
にやり、と返すヴォルフ。
そのままショニエッターへの攻撃方法、攻撃順を決め、相手の反応方法、迎撃時の優先順などを簡単に話し合う。
矢撃や、祓ができることを言い、それに対しヴォルフやエーデルガルドが否定や肯定をしながら作戦ンを立てる。
僕も数回発言して、採用されたりされなかったりする。
暫く話し合ってこれ以上詳細を決めることは返って互いに悪影響があるとしてほどほどの概要だけ決め解散になった。
各所への連絡があるという矢撃、祓があわただしく帰って行ったあと、エーデルガルドがポツリ、という。
「・・・なるほどね。祓たちに全力を出させる。そんな意味があったわけね。」
「ふはは。ヤゲキ、ハラエは組織の人間だからな。組織の力まで使う、そのためには確固たる理由がなくてはな。まぁ、実際余裕なんぞないしな。」
にやにやと小さな声で話す。
「で?勝算は?」
そのエーデルガルドの質問にヴォルフの笑顔が消える。
無言で1本と5本、指を出して並べる。
「51%?半々か・・・」
世界をかけるにはあまりにも心もとない数字。
しかしそれに対して首振るヴォルフ。
「いいや、並び順が逆だ。」
「え?じゃあ15%!?分が悪すぎる!!」
大体七回に六回は滅ぶってことだぞ!!
しかしヴォルフの言葉に僕は言葉を失う。
「いいか少年!!15%じゃぁない!0.15%だ!!」
「・・・・は?」
「・・・・ふぅん。それはまた素敵な数字ね。」
余裕気な声。しかし頬を伝う汗まではごまかせない。
「しかし!それでも!」
ハッキリと覚悟の滲む声色でヴォルフが言う。
「やらねばならないのだよ。勝たねばならないのだ。」
ごくり、となったのは僕の喉。
絶望的な状況の主人公。
よくある話ならば逆転するに決まっているけれど。
現実は厳しいことをいやというほど体験している僕には。
余りにも心もとない、小さな小さな。
小さすぎる勝算だった。
正直、思う。
いくら何でも小数点以下はないだろ・・・・・
遅くなりました。
読んでいただきありがとうございました。




