62杯目 僕と声の訳
翌日からも僕はランニングと右ストレートの練習を続けた。
ランニングは地味だが、まだいい。少しずつとはいえタイムが縮まったり、息切れしにくくなったり変化があるから。
いや、今まではその程度では全く進歩している気がせずに辛かったのだが、ストレートの訓練はそれに輪をかけてひどかった。
まず、進歩が分からない。
やっと拳を放つ練習をできるようになっても、拳を傷めるからと空中に向かって延々と拳を放つ。
数回も行うと脇が開いている、握りが甘い、拳がまっすぐに出ていない、腕を伸ばすのが遅い早い・・・
本当にキツイ。
自分が現在完成に近い未熟なのか、話にならないレベルなのかもわからない。
それでも泣き言を言わない、という約束だけは破らまいとただただひたすらに拳を放った。
ヴォルフの指示により学校は休んだ。
どうせ数日休んでしまっていたし、今更エーデルガルドに言われた学校に通うように、という指示を聞く必要も感じなかったため僕は学校を休学することにした。
その手続きは意外なことに祓が行ってくれたうえ、エーデルガルドにばれないよう隠す手伝いまでしてくれた。
祓・・・話した時は亜矢か。亜矢曰く
「別に大した手間でもないし、私はあんたを嫌いなわけじゃないの。ま、友人が頑張るなら手伝ってあげよう、ぐらいには思うわ。」とのこと。
全く、いい友達だよアイツは。
「そうしてっ!!僕はッ!!拳を!!放ってる!!わけ!!だ!!」
過去の回想をし少しでも気を紛らわせながらの右ストレート。
もうすぐ一週間。
再生力を高める札を矢撃からもらい受け全身に張っての修練。
正直この札の金額はどうせとんでもないんだろうが、今は意識からシャットアウト。
再生力を高める札のお陰で筋肉のつき方が普通とは明らかに異なりかなりのペースでついている。
とはいえ元がそこまで筋肉質ではなかったので、まだまだ細いが。
しかしそれは同時に常に筋肉痛との戦いということ。
正直初日の翌日。朝僕はベッドから手ちあがれずにそのまま崩れ落ちた。
一周回って筋肉痛というのは人間にここまで牙をむくのかと、本気で感心したほどだ。
今ではもう慣れたもので。
痛みなんてもうほとんど感じない。
「フグッ・・・ぬぐっ・・・・うがッ・・・だぁッ・・・」
・・・訂正。まだまだ声が出る程度には痛い。
ただ楽になってきたのは本当だ。
それに今日の午後からはとうとう拳で打つ、修練に入るらしい。
ヴォルフがいらない大きな布はないか、と聞いて祓が神社でもう使わない古い布団がある、というのでそれを取りにヴォルフは向かったのだ。
「ちなみにっ!!現在地はっ!!神社の!!境内のっ!!端ッ!!ヴォルフは!!反対側の奥!ま!!でぇ!!布団を!!とりに!!いって!!る!!」
とうとう叫ぶことがなくなってきたので現在の状況を何とはなしに叫びながら行う。
すると後ろに気配。
慌てて振り返る。
そこには腕組み頷いているヴォルフ。
肩には丸めて筒状になった布団を乗せて、縛ったひもを組んだ手に握りバランスをとっている。
「うむ。やってるな少年。さぼらなかったようで何より。しかしあれだな?」
「なにさ?」
「もう少し声は何とかならんのか?」
「あんたが叫べって言ったんだろ!?」
そう、この叫ぶのは何も勝手にやっているのではなくヴォルフに言われてやっているのだ。
意味は・・・なんなんだ?
「それはそうだが別に会話でなくていいんだぞ?気合の声でいい。」
「いや、気合の声を上げ続けるってのも気恥ずかしいんだけど・・・」
小学生ならともかく、高校二年にもなってうおお!とか、はぁ!とか言いながらやるのはなかなかに厳しい。
勿論空手や剣道などしっかりやっている人間ならばそれもいいと思うが・・・
「ふむ・・・その変な気合の声の方が十倍恥ずかしいと思うがな。」
「・・・そうかも・・・な。・・・そもそもこれは何で声をあげるんだ?」
声を出さずに歯を食いしばった方が力出ると思うんだけど。
「ああそれはな。中国拳法の奥義、声を出し体内のエネルギーを爆発させ、爆発的な威力の突きを行うという。」
「そ、そんな大それた技なのかこれ?」
右ストレートと言いつつこれが奥義・・・。
そりゃ確かに変な声でやってるとか突っ込まれる訳・・・・
「と、いうそんな技とは全く関係はない。」
「ないのか!?」
「あるわけなかろう愚か者め!!」
「なんで逆切れなんだよ!?」
「少年は素直すぎるな本当に。少しは疑うことも覚えた方がいいぞ。」
何やら以前にも言われたようなことを言ってくるヴォルフ。
ただの冗談ではなく、僕に対して本気で諭しているようにも感じる。
・・・いや、騙す方が悪いけど。
「さて、発声する意味だったな?」
「うん。あ、本当に意味はあるのな。」
「ある。まぁ実のところ威力でいうならば声はださずに食いしばった方がいい」
あ、やっぱりそうなんだ。
「しかし俊也に関しては発声してつくことを勧める。」
「理由は?」
「少年が臆病だからだ。」
「臆病・・・?」
「そう。今までの少年の動きや反応を総括すると、おそらく殴らなければならない環境でも硬直すると思われる。」
「あ・・・」
そう、確かに言われてみればそうだ。僕はいつだって震えて立ち止まってきた。
確かにそうなる可能性は高い。
「しかし、君はそんな状況でも曲りなりも回避などして今まで生き残った。どうして動けたのかね?」
「あ、声。そうか。」
自分を奮い立たせる叫び声。
警告の矢撃の声。
確かに僕は声をきっかけに体を動かしてきた。
「そう、つまりきっかけになるのだよ。その声を出しながら突く、ということを習慣にしてつけば、いざというときに突きを行える可能性が上がる。」
まぁ、声を出す以上不意打ちはできそうもないが、そもそも君の跳びかかる速度なんて我々からすればスロウリィにもほどがあるからな。大した差もないだろう。
と付け加えるヴォルフ。
まぁ確かに。
「さて・・・・ではそろそろ休憩は終わりだ突き1000回!」
「え?午後からは実際に何かつくんじゃ・・・」
「ふむ。もう暫くその妙な叫びを聞きたくなったからな。1000回終わったら考えてやる。さぁやれ!!」
このッ・・・
「畜生!!いつか!!覚えっ!!とけ!!絶対!なぐっ!!て!やる!!ぜった!!いだ!!」
「ふはは素直でいいぞ!残り990!!」
近い将来!!絶対にぶん殴ってやる!!!
僕はそんな覚悟を決めながら大気をひたすらに突いた。
読んでいただきありがとうございました。




