60杯目 僕と夢のありか。
大変遅くなりました。
そうして僕は走ってここに着いた。
乱れた呼吸、逆を言えば乱れただけの呼吸。
以前のように吐き気を覚えるほどではない。
以前比べれば鍛えられた。
以前の僕ではない。
進歩はしている。先へは進んでいる。
・・・しかし彼女へと。
彼らへと。
僕のこの努力は届くことはあるのだろうか。
例えば今から修練を重ねて、世界記録を更新するほど足が速くなったとしよう。
例えばボクシングに目覚めて世界チャンピオンになったとしよう。
そこまで行けば彼らと対等になれるのか。
「・・・無理だろ。」
そう、無理だろう。
わかり切っている。
何度も自分に言い聞かせたじゃないか。
人間は速く走っても、視界から消えるほどじゃない。
人間は拳を極めても、石塀を破砕するほどじゃない!
さらに言えば。
「今から急に人類最高になれるわけもない。」
人類最高にもなれないのに、人類の限界を越えよう、と。
「そりゃぁ、まぁ。みっともないよな。」
大きずぎる不可能な夢は、児童が言う分にはほほえましいが。
僕のような半分大人が言うそれは失笑を買うだけだろう。
エレベーターのスイッチを押して13階へ。
この時僕は何も考えずに走っていっただけだった。
結果たどり着いたのがここだった。
ただそれだけだったのだが。
後から考えれば僕どこかで期待していたのかもしれない。
減速。
表示は13階。
ヴォルフのいるマンション。
走ってたどり着いた先は暗くなってきているマンションだった。
ドアが開き僕は踏み出す。
そこで右側に気配
「ふはは。どうした少年。負け犬の顔をしているぞ。」
突然聞こえる声。
もはや突然聞こえるのが当然になった奴の声。
「んん?ほう。・・・どうした少年?おやおやおや?」
大きな体を曲げて下から覗き込むように僕を見るあいつ。
ヴォルフ。
おちょくるような口調。覗き込まれる僕。
思わず僕は顔をそらす。
勘弁してくれ今はそういう気分じゃないんだ。
そうしてふと気が付く。
下から覗き込むように見てきたヴォルフと目が合うということは。
「負け犬と言われて、煽られて。無反応とはなるほど、こっぴどく言われたようだな。」
僕はそれも無視。
体を起こして僕の視界の端から消えていったヴォルフ。
ヴォルフがいなくなった先に見えるのは。
13階の廊下の床。
「・・・・少年、よくある言葉ではあるが今の君に丁度良い言葉を思い出した。君に送らせてもらおう。」
「・・・・なにさ。」
あくまでもあいつの顔は見ない。
しかしそれでも先ほどまでとは違う。
低く落ち着いた声。
不思議と無視できない、強い意志を感じる声。
「幸せは足元には落ちてはいない。」
「・・・ッ。・・・・じゃあどこにあんのさ?」
「さぁな。・・・・ただ私が思うに。」
「思うに?」
「いつだって何だって、望むものを手に入れる人間は前を向いてひたむきに進んでいる。」
「ひたむきに。ただ前に。」
「だからな。私が思うに幸せや夢ってものは正面か上空に浮かんでるものだと思うのだよ。なぁ!少年!!」
徐々に強くなり最後に叩きつけるように、叩き潰すような声。
その声に跳ね返るように僕は顔をあげる。
「ヴォルフ頼みがある。」
「いいだろう。」
「ってまだ何も・・・」
「言ったろう?ショニエッターを倒すまでは君の味方をしよう、と」
疑っていたその言葉をここでいわれるとは思っていなくて。
僕はとっさに返す言葉はなかった。
「・・・・」
「くくく。少年は本当に隠し事が下手だな。」
「ぐ。」
しまった。これを理由に協力を拒まれても仕方ない。
ミスった。
「くくく・・・で、何をすればいいのだね?」
そんな葛藤など知らないとばかりにヴォルフは話を進める。
最もにやにやとした眼元からこちらの葛藤なんてお見通しなんだろう。
聞かなかったことにしてやる、そういうことだろうか。
いや、もはや間違っていてもいい。
「僕を強くしてくれ。」
「いぃぃぃだろう!!泣き言言うんじゃないぞ?シュンヤ!」
こっちだ。
そう言ってバサリとコートを翻してエレベーターホールから廊下へと出るヴォルフ。
慌てて僕もついていく。
「やるからには本気でやってもらうぞ!今からすぐに開始だ!!ついて来い!」
そう言って奴はひょいと手すりを乗り越えた。
「・・・ん!?」
乗り越えた!?
ドォォン、と地鳴りのように響く音。
考えるまでもなく大男の大地への衝突音だろう。
少したって遠くからサイレンが聞こえてくる。
近隣住民が通報したんだろう。
うん。
こんな奴に僕は鍛えてもらうわけだ。
泣き言は言うな、か。
頑張るけど。
早まったかなぁ・・・・
現場から逃げるために反対側の階段へと走りながら僕はそう考えていた。
読んでいただきありがとうございました。
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