4杯目 僕とヒロイン
「ふむ。何が何だかわからない。そういう顔をしているなシュンヤ。」
なぜ僕はこいつを呼び込んだ・・・?いや、そもそもなぜ猫をヴォルフと呼んだ!?
「いいだろう。説明してやる。この目にはな弱い催眠作用があるんだよ。猫を呼ぼうとしたときに聞いたことある名前を誤って呼んでしまう、程度のな」
庭に出るサッシをつかむ大きな白い手袋の手。
殴られれば、蹴られれば、僕は死ぬ!ブロック塀と人間ではどちらが強いか。僕じゃ一発でばらばらだ!!
「う、うぁあぁ・・・・!!」
よたよたと部屋の中に逃げ込む。震える声で精一杯叫ぶ
「で、でてけ!!お前なんか招待していない!」
「無駄だ。一度招待した以上、俺が出ていくまで古い決まりの効果は表れんよ。それも聞いていないのか?」
あきれたような声。そのときヴォルフの目が彼女をとらえる。
「おやおやぁ!エーデルハイド嬢!!今度は眠れる森の美女か!?そういう歳ではもうなかろうに。」
彼女はそれでも目を覚まさない。
「・・・ふむ。消耗してるな。これも運命、か」
「ど、どういうことだ・・・」
「どうもこうも言葉のままだ。少しは想像力を働かせろシュンヤ。」
消耗・・・
「察しが悪いな。彼女は化け物だ。それはいいな?化け物はなぜ化け物か。人とは異なるエネルギーを、食事を必要とするからだ。まぁ、例外も多いが古典的モンスターとはそういうものだ。」
「彼女にはそれが足りていない?」
「その通り!付け加えるならば餓死しかねない、そういうレベルだな。」
「な、なにが彼女の・・・」
食事になるのか聞こうとしてハタと気が付く。俺は今誰と話している?
「おいおいおいおい。シュンヤ?俺の敵よ?お前は俺の敵だよな?敵になったんだよな?」
ぶわっと汗が噴き出す。ちょっとま・・・これ死・・・
「敵が教えるわけがねぇだろぉが!!」
右足が後ろに下げられる。はっきりと見える。これは間違いない。俺は今極限状態、つまりは死にかけてる!!
「う・・・・うわぁぁああああああああ!」
一秒でも早くと飛び込んだ先は彼女の寝ているソファー。彼女の上にダイブするような形で突っ込んだ。世の中の主人公たちなら絶対にやらないであろう情けなさ。守るといった女の子の負担も考えず飛び込む。情けないったらありはしないが、
「い、生きてる!手も足もある!!」
蹴りが当たり吹き飛んでいったテーブル。轟音と多くのものが破砕される音がするものの自分は無傷。テーブルの上にあったカップに残っていたコーヒーをかぶっただけで!生きている!!
「うぅ・・・マシロ・・・?」
背中の下で彼女の声がする。
「エーデル・・・ガッはっ・・・」
彼女を呼ぶ途中で首を片手で捕まれて持ち上げられる。
「よくぞ躱した。ご褒美だぞほら食うがいい。」
ネックハングツリー!?どんな腕力してるんだよ!?俺をつかむ左手。右手には・・・
「インスタントコーヒー・・・?」
「ほらよ。」
バキン、と瓶を割りながら蓋が外れて口に迫ってくる
「口を大きく開けな。歯が折れるぜぇ?」
掴んでる左腕の指か?見えないが口を開けてこようとする。やめろ!くっダメだ全く外せない!!うぉっ
「・・・・おごっ・・・うぼっぉ・・・ごぼっガッ」
「うはは、ひどいざまだぜシュンヤ。さっき被ったのと混ざってどろっどろだな!!」
「ぐぉ・・・・」
言葉なんて話せたもんじゃない!口の中はコーヒーと血でどろっどろ、息が・・・できない!!
「むぉおおお!!む・・・・ぐぉおお!!」
滅茶苦茶に暴れる。あいつを力いっぱい蹴る
「はははどうした。もっと頑張らんとコーヒーでおぼれ死ぬぞ!!」
ダメだ・・・はずれ、な・・・びくともしねえ・・・・視界が白く・・・
ガシャン!ヴォルフの顔にものが飛んでくる。
「これは・・・?」
大したダメージはないだろうがヴォルフはあっさりと俺を地面に落とした。
息が!!できる!!
「おごっ・・・ゴホッ・・」
ヒューヒューと変な音が鳴るようになったが息ができる。
極限状態だったからだろうか?普段ならビビッて言えないこんなタイミングで軽口が口から出てきた。
「がへっ・・・そいつは僕特製のカルボナーラだよ・・!コーヒーのお礼にごちそうしてやるよ。うまいかい?髪が伸びたみたいでなかなかいかしてるよ!!」
口から血やらコーヒーやら流しながらもきっちり親指を突き出して全力で褒めてやる。
「そんな・・・余裕があるなら・・・・こっちに来なさい・・・」
半分身体がソファーから落ちて、食用カツラを投げただけで動けなくなっているエーデルガルトからそんな声が聞こえて僕は半分這うように彼女のもとによろよろと向かう。
そのとき背後から音がする。
「・・・・ふむ。ングッ・・・・うむうまい。料理屋ができるほどではないが一般男子としてはそれなりではないかと思うよシュンヤ。」
暫く呆然とした様子だったがヴォルフは一口食べてそんなことを言う。
「だが私の髪は栗毛色だし、この通り十分な量もある。カツラとしては不要だな」
地面に捨てられるカルボナーラ。
表情は完全に真顔。
「では、殺すか。」
再びの悪寒。
吹き出す汗。
振りかぶられる足!!
もう一度!!・・・避ける・・・?彼女を置いて?
「う、うぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおお!!!」
掛け声は同じ。しかし今回は回避ではない。
彼女を抱きかかえるように飛び込む。
その衝撃でソファーは倒れる、と同時にとんでもない加速。遊園地でもない限り感じないような大加速、天井が落ちてくる、いや僕らが飛んで、考えられたのはそこまで。
大加速の後は大回転。
うまい具合にソファーがクッションになったのかひっくり返ったソファーの下で僕は目の前の美しい菫色の瞳に向かって言う。
「おい見ろよ、僕生きてるよ・・・ははは、不思議でしょうがない」
「ええ、見てるわ。大したもんよ」
眼の下にクマがある弱った様子の彼女がうっすらと笑う。
「ご褒美、あげなきゃね。」
視界一杯の彼女の瞳。見惚れている間に短い接触は終わって。最後に唇をなめられる感触。
「今日だけで二回助けてもらっちゃった。安心して、あとは任せて。もう大丈夫」
最後にあの強い瞳でこちらを見る。
「私が助けてあげる。」
僕が助けられる方かよ。
ドン!!というソファーが真上に飛ぶ音。
天井にぶつかって落ちてくるソファーを吹き飛ばしたエーデルガルトの細腕がたやすく捕まえる。
僕はあおむけにその状況を見届けた。
そして彼女に抱えられて天井に二度衝突を果たした革張りのソファーにそっと置かれる。
「ちょっと待っててね」
そういうと彼女は腕まくりしてヴォルフに向かっていく。
そこで俺はだんだん意識が遠のくが、どうにか彼女の行く末を見る。
「覚悟しなさい。さすがに頭に来た。全力ってやつを見せてあげる。」
「回復したか。」
「ほんの少しね。でも。」
あんたぶちのめすのには十分だから。吹っ飛べ。
たぶん彼女はそう言った。なぜはっきりわからないか?言葉と同時に殴りかかった彼女の拳で、引っかかった窓枠ごと平均を優に超える大男が吹き飛んでいった轟音で何も聞こえなかったからだよ。
そして安心して僕は気を失った。
読んでいただきありがとうございました。
ご意見感想、歓迎いたします。